HOME*お天気猫や > 夢の図書館本館 > 夢の図書館新館
前作『審問』から、3年。 待ちに待ってやっと届いた新作は、主人公ケイ・スカーペッタと共に、 年月を重ねてきた読者にとっては、困惑する作品だと思う。 長く続いてきたシリーズだから、それなりの変化・変節は しようがないと分かってはいるが、いろいろと驚かされてしまった。
『業火』では最愛の人を失い、今は検屍局長の座も追われ、 バージニアを離れ、病理学者としての日々を送るケイ・スカーペッタ。 しかし、バトンルージュの連続殺人鬼や狼男シャンドンの影が ケイに迫る。
作者にも出版社にも、このシリーズへの色んな思惑があるのだろうけど、 スカーペッタの年が46歳(シリーズの流れでは60歳前後)に 再設定されている。 文章のスタイルも変わった。 物語を多角的に展開していく意図もあろうが、人称が一人称から 三人称に変更されている。 これからの物語への新たな可能性と広がりを持たせるためかもしれないが、 ストーリーの展開上、将来、得るかもしれないものよりも、 失ったものの方が大きいとしか思えない。
一番の喪失はケイ・スカーペッタ自身だと思える。 年齢の再設定は、単に年齢の読み替えではなくて、 ケイの刻んできた人生の年輪を否定することのように感じられるし、 老いの訪れは確かに、小説の登場人物でも、寂しいことだと思うが、 老いの否定はケイの人生の深みや円熟を奪い去ることのようにも 思えてくる。 確かにいつまでも年をとらないヒーロー、ヒロインは存在するのだから、 ケイにもずっと生き生きと若々しく活躍して欲しいと、 それを望んでのことだろうけれども。
とはいっても、残念なことはまだ続く。 文章のスタイルを変えてしまったこと。 一人称には、物語を展開していく上で、 さまざまな制約があっただろうけれど、 一人称を捨てたことで、ケイの心の中の繊細なゆらめきまで 捨ててしまったのだ。 その揺らぎこそが、このシリーズの魅力で、 猟奇的な殺人犯と冷静で理知的な検屍官の対決を ただセンセーショナルなだけのミステリに終わらせずにいた 大切な要だったのに。
物語は、まさにオールスター・キャストだが、 シリーズとしての整合性やら継続性とは何なのかと、 そんなことまで、悩ましく考えさせられてしまう。 色々と考え込まされる物語ではあるが、 今までのような濃密さ、緻密さはなく、淡々と読み終えてしまった。
とは言っても。 事件はすべて解決したわけではなく、次へと繋がっていくのだ。 きっと、次作も待ちかねて手に取るのだろう。 (シィアル)
『黒蠅』(上・下) 著者:パトリシア・D・コーンウェル / 訳:相原真理子 / 出版社:講談社文庫2003
2003年01月09日(木) 『魔女ファミリー』
2002年01月09日(水) 『青い瞳』
2001年01月09日(火) 『キリンと暮らす、クジラと眠る』
>> 前の本 | 蔵書一覧 (TOP Page) | 次の本 <<
管理者:お天気猫や
夢図書[ブックトーク] メルマガ[Tea Rose Cafe] 季節[ハロウィーン] [クリスマス]