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その前衛的な舞台がドイツで評判を取ったミラノ・スカラ座のマクベス、 東京引っ越し公演です。会場はお馴染み東京文化会館。 舞台上には巨大な中空の立方体が立ち上がるのみ、 一切の装飾はありません。 この虚ろな立方体がある時はマクベスの居城の王の寝室に続く階段に、 ある時は魔女の洞窟に、ある時はスコットランドの野になります。
そしてこの舞台で印象的なのは鮮烈な原色に統一された衣装と 照明のみで表現するシンプルでインパクトのある情景描写。 惨劇を象徴するかのような第一幕の深紅、 王の栄光を表しているのか第二幕の輝く黄色、 夜と魔法を描く第三幕の深い海の底のような青、 そして自由と解放の象徴でしょうか、第四幕の緑。 それに全ての光を吸い消す刺客の黒のヴェルヴェット。 古典的に着飾った正統派コスチューム・プレイではありませんが、 スピーディな劇進行と現代的な心理描写には 端的で個性を明確にした表現が合うのでしょう。
「しかし。ダンカン王弱そう」 王は歌わないので体格の良い歌手達と並ぶとひよわに見えます。
『誰も思うまい、あんな年寄にあれほど血があろうとは』
と、 マクベス夫人が言うくらいですから、
ダンカン王って小柄な老人なんですね
「あれだったらついつい殺して王位を取りたくなるかも」
「‥‥」
そこが演出の手際というものでしょうか。
純白の衣装で台詞のない王はもの言わぬ事によって見せ場を作ります。
歌手はもちろん歌う事で見事に役を演じますが、この舞台ではまた、
オペラでありながら歌を歌わない「亡霊」達が重要な役割を担います。
心の弱ったマクベスにしか見えない、このもの言わぬ亡霊達がまた怖い。
逆説的ですが、「無言」そのものが際立つのは、
台詞劇以上に声が主役となるオペラならではかもしれません。
「ところで、第三幕の魔女の体操、何だったの?」 「体操?‥‥あれはバレエです(汗)」 フランス式のオペラ公演では普通バレエの場面を入れるのです。 とはいえ、確かに前衛風というかモダンな踊りでした。 「魔女の薬草はベラドンナやヒヨスといったアトロピン系の麻薬ですから」 「なるほど、あの動きはアトロピン中毒症状のイメージかも」 第一幕で魔女達を見たバンクォーが原作と同じく
「ヒゲがあるが、女なのか」
などと言っていましたが、 演じているのがなにしろミラノ・スカラ座コーラスガールと ダンサー達ですから、こちらの魔女集団は見るからに若くて美しい、 どちらかといえば軽やかな精霊のようです。
「マクダフ、歌上手かったね〜」 「美声でしたね。華麗なるテノールですし、 役柄上思いっきり歌い上げてオッケー、というのもあります」 まるまるとした体格に緋色のローブと黒光りする鎧の胸当て、 黒いチョンマゲがまるで力士のようでいかにも強そうな武将です。 同じ衣装で、マクベスの剛胆な友人であり、 後に暗殺されるバンクォーは存在感のあるバス。 恐るべきマクベス夫人を演じたソプラノは、カーテンコールの度に 長いドレスの裳裾をふんづけそうになってお茶目に笑ってました。 「あの‥‥マクベス歌った人」 不安に震える主人公は繊細なバリトン。 「カーテンコール、なんだか恥ずかしそうにしてましたね」 「いやあの。髪‥‥カツラなんだ」 「そりゃ舞台ですから。あの赤い髪、雰囲気ぴったりでしたけど」 (パンフの写真を見せられる) 「‥‥‥‥。髪ないと、優しそうですね」 公演終わったら、あのお似合いのカツラ貰って帰ると良いかも。 ちなみに開演午後六時、全幕終わったのは十時を過ぎていました。
後日、世界のマエストロ、ミラノ・スカラ座音楽監督ムーティが TVインタビューに出演していました。 滞在中に体調を崩したそうで、折角のハンサムがやつれていたのが お気の毒でしたが、熱心に今回公演について語ってくれていました。 「教養ある日本のみなさんにベルディが教養ある人であった事を 理解していただきたくて、今回の公演はシェイクスピアにしました」 ‥‥(笑)。 恋愛と激情の物語が多いからといって、情熱と策略が巧みに計算された イタリアンオペラを馬鹿っぽいとは思いませんよ。(ナルシア)
ミラノ・スカラ座日本公演『マクベス』/ 指揮:リッカルド・ムーティ / 演出:グレアム・ヴィック
2002年10月08日(火) 『ミス・マナーズのほんとうのマナー』
2001年10月08日(月) 『トラフィック』
2000年10月08日(日) ☆ どちらの“ライス”?
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管理者:お天気猫や
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