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小さい頃、TV アニメの『ジャングル大帝』が大好きでした。 真っ白でころころっとした小さなライオン、 レオがとても可愛かったのですが、 一方、同じ手塚アニマルでも、マンガに出て来るふさふさしたしっぽで 長い背中の曲線の美しいオオカミのお兄ちゃんもあこがれでした。 話は暗くて幼児にはよくわからなかったのですが、 普段は人間で月夜にオオカミに変身するトッペイ兄ちゃん、 まんまるいものを見るとところかまわず可愛い小オオカミに 変身しちゃう弟のチッペイ、悪女なオオカミ女ルリ子さん等 狼人間達が活躍する少年漫画、タイトルは『バンパイヤ』。
Vampireと言うと、今では昼は墓に眠って夜に人の血を吸う東欧の 伝説の怪物を思いますが、日本ではヴァンパイアという言葉はおそらく このマンガのヒット(1966年〜)で一般に知られたのでしょう。 普段は人間の姿で日常生活を行っているものの、 何らかの刺激で獣の姿に変わる変身種族の事を このマンガでは「バンパイヤ」族と呼んでいます。 ネズミから馬、ワニ、ワシ、吸血コウモリまで、種類は問いませんが、 変身すると姿と能力のみならず心も獣になるので、知能は人間のまま 本能の赴くままの行動を取るようになる恐るべき種族。
例によって中学生になってからおこづかいで 『バンパイヤ』を買って読み直しました。 主人公は正義感が強いオオカミ少年トッペイだと思っていたのですが、 物語にはもう一人、真の主人公が居ました。 手塚キャラ中最大の美形悪役、黒髪黒メガネの奸智に長けた少年、 間久部緑郎・通称ロック。 人間社会の掟を破り、他人を意のままに操る事を楽しむ悪魔の申し子は バンパイヤ族の事を知り、彼等を利用して社会を転覆させる事を目論みます。
この物語ではロックの本名が「間久部」となっていて、手塚先生は 邪悪な手段によって王位を獲ながらもやがて予言された敵に滅ぼされる 『マクベス』のイメージを悪の主人公に与えたようです。 自覚的な悪の美学と魅力に満ちたロック本人のキャラとしては、 周囲に惑わされて悪事に手を染め自滅するマクベスというよりは、 同じシェイクスピアキャラの中でも自らの頭脳に恃み、 権力を目指し悪を極めて華々しく散るリチャード三世そのものです。 マクベスとしてのロックが印象深いのは、占いの三婆に 未来の栄光と存在する可能性のない敵の予言を与えられ、 心おきなく悪事に突き進んで行く場面と、親友殺しの場面でしょうか。
「バンクォー」を彷佛とさせる剛勇で生一本の親友は 間久部が唯一大切にし続けているものでした。 世の中の全ての秩序の破壊を楽しみながら、どうしても 断ち切れなかった友情を、彼は苦悩の末破壊します。 この手塚的解釈を『マクベス』に差し戻して見ると、友を手にかけた マクベスの辛苦と畏れの深さが幾倍にも増して感じられます。 さすがは手塚先生、勉強になるなあ。
その手塚先生、ご自分の作品にチョイ役では頻繁に登場しているものの、 本格的に主役級で活躍されているのはこれぐらいではないでしょうか。 いくら心正しいトッペイ君とはいえ、彼は月の夜には獣の姿になり 獣の心に戻るいわば悪党のロックと同じ闇の世界の住人なのです。 闇の世界の住人達が破壊しようとしている、 ごく普通の日常社会の住人代表が、人気マンガ家で マンガ映画制作会社『虫プロ』社長・我らが手塚治虫氏。
満月の夜、美しい姿をした獣と悪魔の申し子が、ビルの谷間を跳梁する。 窮屈な社会規範に従う事を望まない者達を獣に変身する人々になぞらえ、 四十年前の東京に破壊と混乱を描き出した少年漫画『バンパイヤ』。 現代の『ハリー・ポッター』ファンなら「アニメーガス」になってみたいでしょ。 誰しもできるならば、足の疾い毛並みの豊かな獣になって夜を走りたい。 (ナルシア)
『バンパイヤ』 著者:手塚治虫 / 出版社:秋田書店
2002年10月09日(水) 『調理場という戦場』
2001年10月09日(火) ☆古本屋巡りをしても、読みたい。
2000年10月09日(月) 『血のごとく赤く』
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管理者:お天気猫や
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