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前回も書いたけれど、『銀のいす』を、 シリーズ中の最高傑作とする読者も多いと聞く。
タイトルになっている「銀のいす」が、いったいどのような 椅子なのかを知れば、そらおそろしくなってしまう。 なんとなく宝ものをイメージしてしまうところが恐い。 タイトルだけでも、シリーズの他の本とは趣が違うのだが、 神話的(「さいごの戦い」より宗教的とも言える?) でありながら、人間の弱さを常に旗印に掲げ、さらにその先端を アスランの炎であからしめている。
この作品には、二人の『だます女』が登場する。 一人は、主人公のジル・ポール。 巨人たちに捕らわれたジルは、赤ん坊のふりをして 寒気のするような甘え方を上手にしてみせる。 演技の甲斐あって、逃げ道を見つけるのだ。 そういうことは、女の子のほうが男の子より得意なのだと、 語り手(ルイス)は書いているが、まさにその通り。
もう一人は、夜見の国の女王様。 地底の支配者たる美姫は、その正体を知られたにもかかわらず、 ポロンポロンと弦楽器をつまびきながら、捕虜たちを 惑わす甘い声で魔法をかける。
「お気の毒に、病気が重いのですね。どこにもナルニアという 国は、ありません。-略- そんな世界は、なかったのです。 この国のほかに、世界はなかったのです。」(引用)
…もう少しで、その手に乗りそうになるではないか。
年老いたカスピアン王を見てしまった悲しみも、 シリーズの読者は共有することだろう。 そして最後には、アスランによってカスピアンの 真の姿もまた、見ることになる。 それは、人間の、と言い換えてもよいのだろうし、 アスラン自身もいつかは死ぬのだと子どもたちに答える。 「死なないものは、きわめて少ない」と。
アスランのさりげない一言が、ルイスの神学者としての声に変わる。 「あの者たちは、わたしの背中だけしか見ないだろう。」
まだまだ書きたいことはあるけれど。 魔法によって意に反して奴隷とされたリリアン王子の苦悩、 一見頼りないナイト役の泥足にがえもんの大奮闘、 人の子らがかいま見た、臆病な地霊たちの本当の世界。
ルイスの、新時代の男女共学スタイルへの批判も興味深い。 まぜこぜ学校と呼んで、教えるべきことは何も教えないと 随所で揶揄している。
それはさておき。 ナルニアのシリーズが、あまたの名作ファンタジーの父(であり母)と なっていることは周知のことだが、『銀のいす』もまた、 イマジネーションの泉となっているようだ。 最後に現れる火竜のイメージは、魔法使いと竜の世界アースシーへ、 しばし翼をはばたかせてくれた。 (マーズ)
『銀のいす』 著者:C・S・ルイス / 絵:ポーリン・ベインズ / 訳:瀬田貞二 / 出版社:岩波書店1966
2002年09月17日(火) 『ねずみ女房』
2001年09月17日(月) 『イラストレイテッド・ファンタジー・ブック・ガイド』
2000年09月17日(日) 『警告』
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管理者:お天気猫や
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