こんなに好きでもいいですか? すみれ 【MAIL】【HOME】
- 2003年02月07日(金) 逢いたかったょ・・・。
私は何度も何度も彼の頬に自分の頬を押し当てながら、そう呟いた。
水温と気温の温度差が激しくて、
車の回りは厚い靄掛かりで私達だけが別世界に居るようだった。
目を凝らして良く見てみると、
さっきまで輝いていた三日月も靄で見えなくなって、
側にある筈の川のせせらぎも、もう耳には届かなくなっていた。
「ねぇ〜すみれ・・・何だか・・・幻想的だよね・・・」
さっき彼が呟いた声は、
もう別の擦れ声になって私の耳に届く。
「そうだね・・・ずっと・・・逢ってなかったもん・・ね・・・・」
私の下で吐息混じりに呟いた彼の言葉が、
同じ気持ちで居てくれたようで嬉しかった。
今日も又彼は午後から遠出していた。
何時もより遅い出発だったから帰ってくるのも深夜だと思っていたら、
私が家で夕食を摂る頃には街の近くまで来ていた。
「もう眠くて駄目かも・・・」
私が今から夕食だよと言うと同時に、
彼は疲れ果て駐車場の片隅で仮眠すると言う。
誘ったのは私からだった。
「夕食が終った後、ちょっとだけドライブに連れて行って?」
終ったら又電話するからと約束して、急いで夕食を食べた。
彼は正直な人だから、本当に疲れ果てて限界だったら、
素直に私の誘いを断るだろうと思った。
天邪鬼な私は・・・断られたら断られたで又それを嘆くのだろうけれど・・・・。
「もう向ってるよ?10分後には着くからね?」
暫くして掛けた電話の答えが不意を突かれた様で、
私は飛び上がるほど喜んだ。
逢えないと思っていたのに、逢える時の嬉しさは、
まるで神様からの御褒美の様に満面の笑みを齎せてくれる。
「あのね・・・もしかすると取締役になっちゃうかも・・・・」
それは帰りがけの運転席で彼がポツリと漏らした言葉だった。
そろそろ会社がどちらに転ぶか、社員の皆は痺れを切らしている様だ。
今の役員は社長を除き、全て会社を退く事に決定したらしい。
その後の役員の取り決めや辿る進路方向は社員全員で決める。
私が貴方が役員になる事は悪い事ではないでしょ?と聞くと、
「でも、今の役員が会社に払い戻した株の半数以上を
今度は僕が買い上げなくっちゃいけなくなるんだよ?」
彼はとても困った顔をしてそう言う。
私もとても怪訝な顔つきに変わってしまった。
今後の行く末も解からない会社の株なんて誰が買いたいと思うだろうか・・・。
それを彼が買う事になってしまうんだろうか・・・・。
彼の業績を見れば今までだって役員じゃない方が可笑しい事だと思って来た。
それは私よりも一緒に働いている人の方が強く感じて来たはずだ。
でも、裏側にそんな事があるなんて私は知りもしなかった。
仕事では完全な信頼を取引先からも社員からも得ていたし、
何よりも経験や実績が彼にはあった。
「何もこんな時に取締役の話が出なくても・・・・」
私の心は又グルグルと回る渦のような気持ちになってしまった。
「ごめんね・・・・」
こんな大変な時に私に逢ってくれた感謝の気持ちと
彼が困っているのに何もしてあげられない無力の情けなさと
それから、
それから、
それから・・・・
何だかよく解からなかったけれど、
私の口からポツリとそれだけが、零れ落ちた。