こんなに好きでもいいですか? すみれ 【MAIL】【HOME】
- 2003年01月16日(木) 思い出の残像
連日の寒さのせいだろうか、
同居人が風邪をひき、体調が悪いらしい。
こんな時、少しの愛情でも残っていれば甲
斐甲斐しく御粥でも作ってあげるのだろうが、
生憎、同居人への優しさはもう残っておらず、
子供に風邪がうつってしまうのが一番の心配で、
余り子供と接しないで欲しいと嘆願だけして
又この家には私と子供しか居ない様な振る舞いを繰り返すだけ。
朝は子供より一足先に起きて、御弁当を作る。
最近の忙しさで御弁当を作るのもサボっていたから、
お昼は会社の近くのコンビ二などで済ませていたのだが
良く考えてみると、とても無駄遣いをして来たと思う。
何の為に働いているのか・・・・。
自分でその意味を履き違えている事に反省しながら
今朝は玉子焼きを焼いた。
1時間もすると子供と同居人が起きて来た。
やっぱり親子なのだろうか・・・・。
同居人も子供も朝にはめっぽう弱く、
二人とも訝しげな顔で食卓テーブルの椅子に座る、
同居人はそのまま煙草に火を点けたが、
子供の方は不機嫌なまま保育園に送っていくと、
決まって私の事を後追いしてしまうので、
私はなるべく上機嫌にしようと思い、
子供茶碗に御飯を盛りながら色々話しかける。
「今日はバァバ先生居るかな?」
「お友達とソリに乗ってゴロンと落ちないでね〜」
そのうち、子供のケラケラと笑う声が聞こえて来た。
私もその声を聞きながら一安心して自分の身支度を整えようとした時だった。
それは朝のNEWS番組のアナウンサーの声だった。
「え?何処のホテル?」
私は手を止めてテレビ画面に釘付けになった。
同居人もそんな私を見て「?」と思ったのか一緒になってテレビを見ている。
よくNEWSを見ていると、やはり思った通りのホテルだった。
そのホテルに・・私は思い出があった。
やっと雪が溶けて浅春の頃、連れ出してくれたのは彼だった。
「僕からのホワイト・デイのプレゼントだよ」
そう言って、あのホテルの海側の部屋をリザーブしてくれた。
窓からヨットハーバーが見下ろせて、遠くに漂っている大型客船を二人で眺めた。
観覧車は動いているのか止まっているのか解からなかったけれど、
夜になるとイルミネーションに彩られて、それは、とてもとても綺麗だった。
オイルランプの喫茶店、潮風が匂う街、
私はその街が好きだった。
私の御祖父ちゃんが幼少を過した街、そして彼の御祖母ちゃんが住んだ街、
「運河を半分埋め立てする時、御祖父ちゃん・・・凄く怒ってた・・・」
「うんうん、僕んちの御祖母ちゃんも・・・」
二人で何度も同じ様な話をして来た。
そして何よりも、彼がこの街のこの立派なホテルをリザーブしてくれた事に感謝した。
夜になって繁華街で彼の好きな魚介類を思いっきり食べた。
二人では食べ切れ無い程の量を
勿体無いからと何とか必死になって口へ放り込んで・・・。
車の中でイッパイになった御腹を見せ合って笑った。
運河沿いのホテルにある最上階のオイルランプが燈るBARで彼は私に付き合って
飲めないカクテルを口にしてくれた。
お酒を飲んで饒舌になる私と反対に、恨めしそうな目で、
ポツポツと一つずつ子供のような口調で答えをくれる彼を愛しく思った。
「すみれはお酒を飲むと何時もより・・・ちょっと目がキラキラするね」
そんな事を言う彼は少し酔って居たのかもしれない。
私の質問は何時もよりきつくて棘々しいものだったのに・・・。
飲みすぎたのか宿泊するホテルに戻ると、イキナリ体調が悪くなった。
何時ものホテルよりパスルームは当たり前のように狭くて、
「御風呂がもっと広かったらね」と声を揃えて言い合った。
そのまま、私の体調は治らなくて、
彼が薄暗いライトの中、私が眠るまでずっと背中を擦っていてくれた。
深夜に目を覚ますと彼も疲れたのか横で寝息を立てていた。
ツインベットのもう一つでユックリ眠ろうと思い、
「こっちで眠るね」
と小声で囁いたのに・・・・。
私の囁きが聞こえていたのか・・
彼の答えがまるで余りにもいじらしい女の子のようで
私はクスッと笑って、又彼のベットに逆戻りした。
次の日は昔作られたという豪邸を見に行こうと約束していた。
今はもう商業用記念館になってしまったけれど、
私が小さい頃はまだ入場料など必要なく、
勝手に「お邪魔します」と言って入るような、そんな感覚だった。
そこへはまだ一度も行った事がないと彼が言うので、
きっと、とても楽しみにしていた筈なのに・・・。
出発した途端、又私の調子が悪くなって、
街の一角にある駐車場に車を停めて彼は私の背中を擦っていてくれた。
気が着くと、もう日が西へ落ちる寸前で、
気を取り直して記念館へ着いた時にはもう閉館時間だった。
二人とも手を離すのが嫌で、
別々の家に戻って平然とするのも何だか寂しくて。
あの大きなホテルを後ろにしながら自分達の住む街まで帰って来ても、
なかなか別れる事が出来なかった・・・。
用も無いのに、深夜の街を走り回って、
ディスカウントショップをブラブラしたり、
年甲斐もなくゲームセンターで遊んでみたり、
気がつくと午前零時はとっくに過ぎていた。
あれから・・・・・・・・もうすぐ一年だ・・・。
「○○ホテルが潰れるなんて、ホントに世の中不況だよな」
同居人の声で我に返った。
「まだ、営業停止が決まった訳じゃないでしょ?」
私は素っ気無く返答する。
彼と二人きりで過した、あのホテルがなくなってしまうのは・・・悲しい。
時間が経つと気持ちは少しずつ変化するものだし、
思い出も何時かはその輪郭を崩して、残像しか残らない。
だから尚更、人は形あるものに・・・変わらないものに執着するのかもしれない。
あの素敵なホテルが大好きな街から消えてなくなる・・・・。
まるで、彼と一緒に過ごした事も・・・
全部、消えてなくなってしまうようで、
少し頼りない気持ち。
あのホテルの落ち着いた外観を眺めるだけで、
まだ走馬灯のように、あの日の事が蘇るのに・・・・。