掛川奮闘記

2007年10月21日(日) 071021_トキワ荘〜漫画界の聖地

 今日も天気は朝から快晴。家を出るときに頂上付近に雪をかぶった富士山が見えました。

 体調復活を確信して東京巡りに出たものの、まだ熱が出そうな雰囲気。こんなときは「気合いだーっ!」


 さて今日は練馬方面へと向かいました。このあたりには良好な富士塚が残っているというので見に行こうと思ったのです。

 新宿から大江戸線に乗り換えて練馬駅で降り、ここで練馬区が運営している貸し自転車を借ります。こちらは4時間までなら100円、それ以上だったら一日200円と格安。自転車も割と新しくて乗りやすく、係のおじさんも実に親切。運営がしっかりしていて実に好印象です。

 練馬駅を出発して最初に向かったのは江古田(えごた、またはえこだ)にある浅間神社。ここには国の重要有形民俗文化財に指定された富士塚があるのです。

  

  

 戦国時代から江戸時代後期にかけて、富士山に上って浅間神社にお参りをするという富士信仰が盛んになり、仲間で集まってお金を出し合って代表者に参拝してもらうという富士講が多くの町内にできました。

 その中から行けない者たちの信仰欲を満たすために、身近な場所に富士山を模した小山を作り、そこに富士山から溶岩を持ってきたり、祠を作ったり道しるべを作ったりしたのが富士塚です。

 明治時代までその影響は残り、都内には最大で五十個以上の富士塚が作られたと言いますが、住宅開発によって次第にその姿は失われつつあります。同時に、富士講が廃れたことから富士塚を管理する人もいなくなり、荒れて居るところが多いのも事実です。

 ここの富士塚は天保10(1839)年に築かれたとのことですが、関東大震災で一度崩れ、翌年すぐ普及されたという記録があるそうです。

 ここ浅間神社では割と良く管理されていて、地元では江古田富士などとも呼ばれていますが、中に入ることができるのは、山開きの7月1日朝のほか数日に限られています。今度は開山の時に来たいものです。

  

 ここが昭和54年に重要有形民俗文化財に指定されたというのも、江戸時代を通じての庶民の信仰の様相を色濃く伝えてくれているからのこと。
 ほんの少し前のことがもう分からなくなりつつあるのは残念ですね。

    ※    ※    ※    ※

 さて、そこから足を伸ばしてツアー続行。目白通りを走りながら、商店街があると見るとそちらへ曲がります。経験から言うと、幹線沿いにはあまり面白い見物はありません。

 そのかわり、道路拡幅計画からはずれた細い道の商店街こそ昔の街道沿いだったわけで、そこでは結構掘り出し物をみつけることがあるものです。

 目白通り沿いを西向きに走りながら、『南長崎ニコニコ商店街』という、どこにでもありそうな名前の商店街を走っていると、中華料理屋さんの扉に藤子不二雄風の漫画が貼ってあるのを見つけました。これが自転車の旅の良いところ。自動車だったら絶対に見逃していたことでしょう。

  

  

 見るとやはり藤子不二雄Aによる『まんが道』の1ページです。その紙面には『松葉』というこのお店が描かれています。そしてお店の向かいには「伝説のトキワ荘跡はこちら」という看板がかかっています。

  

 『まんが道』はドラえもんで有名な藤子不二雄の自伝的マンガで、日本の漫画界の勃興期に活躍した漫画家たちがトキワ荘というアパートで苦労をともにした、漫画界の梁山泊と呼ばれた時代を描いたものです。

 ここに関わった漫画家の名前を挙げると、手塚治虫、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、藤子不二雄などそうそうたる人たちばかり。

 この場所は、今では別な会社の社屋になっていて、トキワ荘があったことを示すものは何も存在していません。そして彼らが実質的にここで一緒に生活した期間は短かったようですが、日本のマンガ、アニメ界にとっては一つの聖地と言えるかもしれません。

 せっかくなので、藤子不二雄もマンガの中で食べていたラーメンを食べました。魚系の出汁も香ってすっきりと美味しいラーメンでした。

 寺社仏閣だけが聖地ではありません。今日も何かに導かれたようです。{/kaeru_fine/} 


  


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