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■ 潜在意識
脳の大部分は寝てる、という通説はもはやアタリマエという俗物となりつつあるが。
ほんとに寝てるのか?
知らないだけなんじゃないのか、私達は。 いやそれ以上の無知だからこんなことが云えるんだが私は。 もしかしたら今回のこの文は情報が確かでないため(←いつもだろ)後々抹消するような気がするんだが。
私達が使っている(と思っている)部分の脳。 計測器とか色々使って検出してみれば、動いてるところはほんの僅かかもしれないが。 もしその計測器でも検出できないモノが出てたらどうか。 発展する技術はある種感動的なものがあるが、そればかりを全面的に信頼し満足するのはあまりに危険だ。
これが一番言いたくて、これが一番不確かなのだが、 世に言われてる「使ってる脳の部分」の中に、「潜在意識として働いている部分」というのは入っているのか。
「潜在意識」の言葉を多用しすぎると怪しい新興宗教の信者とか新派の哲学家気取りのイカレ野郎とかに思われやしないかとちょっと心配なのだが、この言葉は好きだからやっぱり使う。 この文の書き手の正体は「どうでもいい処で立ち止まりたがる厄介な青少年(←ホントにな)」(説明的に言うと「考えるという行為にすらエネルギー制御が出来ないだけの未熟な青少年」)という何の変哲もない学生だからあまり気にする必要もないだろう。 いいなぁ。「何の変哲もない」って言葉(お前は”変”が入れば何でもいいのか)。 変哲もない・・・へんてつ・・哲学的に変わったところがない、という事なんだろうか。思えば妙な言葉だ。
話を戻そう。
「潜在意識」は一つのキーワードだと思う(戻ってねぇよ)。
感じないだろうか。潜在意識。 人はその思考の方向や生き方、動作の根本的な決定付け、思考の根本的な決定付けをすべて潜在意識でやっているんじゃなかろうか? 表面に出てくるのはごく僅かだ。 だが私達は表面しか目の当たりにしない。 表面しか見えない。 だからそれがすべてに思えてしまう。 だから人は驚く。脳は少しの部分しか活動していない、ということを聞くと。
そういえば、言語だってそうだ。 人は相手に意思疎通を図る時に使う言語は、実際為されている意思疎通の三割ほどしか役割を果たしていなかった(割合ウロ覚え)。あとは、ジェスチャーとか表情とか色々。実際声やコトバに出てこないモノで意思疎通の大部分をカバーしていたのだ。
意識だって。 実際意識に出てこないモノでその人の生きる道の大半を無意識(=潜在意識)が担っていたのではないか。 そしてその能力は「使われていない部分」と人々に呼ばれている部分が司っていたのではないか。 私達には確かに「使っている」証拠を特定できないでいるけれど、判らないでいるけれど。 ワカンナイからアクティブじゃない、なんてのは、あまりにも大雑把すぎやしませんか。や、ワカンナイ事にあーだこーだ云うより判りそうな事を先に解明していくのは当たり前のことかもしれないが。
私達の脳に、眠ってるところがそんなに沢山あるはずないよ。
未知のところにこそ可能性のスポットライトを。
************* ・・・・・「結果」から「それみたことか」と中を探っていくのはセコイやり方だと自分でも思います。
2003年03月08日(土)
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