脳内世界

私が捉えた真実、感じた真実などを綴った処です。
時に似非自然科学風味に、時にソフト哲学風味に。
その時その瞬間、私の中で、それは真実でした。


※下の方の○年○月っていうのをクリックすると、ひと月ぶんはまとめ読みする事ができます



 戦争

今日の若者や学生の精神における低年齢化や学力低下を改善したくば、大東亜共栄圏を作ろうとしていた当時の様な戦争に巻き込み学問・思想を弾圧するのが最も手っ取り早い方法なのかもしれない。人は弾圧・抑制・制限されると何故か反射的に反発しだすものである。
いや、というよりも今より惨たらしい状況に身を置かれれば何者だって前の、より良かった状況を渇望する事だろう。
そしてまともな人間なれば極限の状態に追い込まれれば追い込まれる程真剣に自己や現状と向き合うようになる。精神的に逃げる者も出るかもしれぬが、それでも「暇だ」などという言葉や余裕は遠き彼方へ消え去るだろう。

―――だが、そこまでせねばならぬのだろうか?
戦争は都合よく加減などはしてくれない。
甚だしく「人道」に反する不合理を合理化させる矛盾を押し付け追いつめ、遂に「人を人でなく」させてしまうのだ。
向き合い考え、批判する思想や精神をも根こそぎ奪い去っていく。
本当の自己を偽らされたまま死んでいく人間だって数多く居た事だろう。
人に生まれておきながら人として死ねぬ事ほど哀しい事は無い。

思考の「麻痺」を免れた少数の者たちは、自己の中で自分としては背かずに「幸福だ」と微笑み死んで逝く場合もあるが、
そんな人間こそこの世から喪ってはいけないものであった筈だ、と切に思う。
本来なら最も日本、この国の発展に貢献できたであろう人材。
そんな人材は、いつの日か日本が平和で、素晴らしく誇らしい国となっている日を夢見て、散華していったのだ。
「悲劇」と片づけるにはあまりに彼らが浮かばれないが、
「栄華」とおだてあげるだけで済ます気には到底なれない。



自分が命を賭して逝ってまで、夢見た後の日本の姿すらも目の当たりに出来なかった人々がいた。

今の日本の有様を見て、彼らは微笑ってくれるのだろうか。



――願わくば戦争などといった悲惨なもの無しに、人が健全に人として全うし得るだけのもので在ることを。


2003年02月11日(火)
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