海外へ引っ越すことになった友人が粗大ゴミに出そうとしていた自転車を「もったいない!」と引き受けたのは、10年ほど前のこと。
捨てられる予定だった中古自転車は、やがて子ども用補助椅子を載せられ、思いがけず長い余生を過ごしている。
もともとママチャリ仕様ではないためか、バランスを取り辛くて、転びそうになったことは何度もある。子どもを乗せた拍子に前輪が浮いて暴れ馬状態になったことも一度や二度ではない。それでも乗り続けている。
タイヤも古いので、何度となくパンクを繰り返し、自転車屋さんに駆け込んでいる。「新しいのを買ったほうが……」と自転車屋さんには遠慮がちに薦められる。でも、いかにもママチャリじゃないのが気に入ってるし、愛着もある。
世話が焼ける分だけ、かえって情が湧いてしまったとも言える。
映画『ぼくとママの黄色い自転車』(2009年)のイメージをくれた自転車でもある。
原作『僕の行く道』と設定を変えて、新幹線ではなく自転車で小豆島を目指す脚本にしたとき、頭に思い浮かんだ「黄色い自転車」が採用され、タイトルにもなった。小豆島では映画にちなんで「黄色いレンタサイクル」が始まった。
今日、自転車屋さんに空気を入れに行くと、前輪の空気の減りが激しかった。後輪のタイヤは損傷がひどくて数か月前にチューブを替えたのだけれど、前輪もそろそろ替え時かもしれない。
前輪と後輪に空気を入れてもらい、少し軽くなったペダルを漕いで、二人乗りでプールへ向かった。
「うしろのしゃりんは、どうして、くうきがいっぱいだったの?」と、後ろの補助椅子からたまが聞いてきた。
「後ろのタイヤは替えたばかりだからかな」とわたしが答えると、
「あのじてんしゃやさんで、たいやもらうと、いいね」とたま。
「タイヤもらう?」
と笑って聞き返すと、
「あれ? たいやもらう、じゃないか……」
なんかへんだぞ、と気づいた様子。
「タイヤ替えるっていうのを、他の言い方すると、なんだろね?」と、わたし。
「たいやぬすむ?」
「盗むは、違うよねー」
「ちがうよねー」と、たまも笑って、
「たいやもらってやる、もちがうよねー」
「違うよねー。タイヤ転がす、も違うよねー」
「ちがうよねー」
タイヤ回す、タイヤ引っ張る、タイヤに立つ、タイヤに乗る……。
わざと違う答えを出し合って、笑い合った。
「たいやかう、はどう?」とたま。
「タイヤ買う、でもいいかな。でも、元々あったタイヤと交換するから、取り替えるとか、付け替えるって言ったほうが近いね」
「じゃあ、たいやあたらしくするは?」
タイヤを新しくする。
タイヤを替えるの言い換えは、今のが一番しっくりくるね。
同じことでも色んな言い方があって面白いね、と発見した。
こういう言葉遊びをさせたら、日本語は天才。
Eテレの「にほんごであそぼ」は秀逸なタイトルだと思う。
日本語はレゴブロックより自由に好き勝手に組み立てられて、いかようにも形を変え、どこまでも広がる。
そして、ハンドルで両手がふさがっていても、遊べる。
「じゃあ、タイヤに空気が入って、自転車が軽くなったっていうのを、いろんな言い方で言ってみよう」と提案すると、
「たいやにくうきがはいって、かぜがきもちよくなった」と、たま。
「タイヤに空気が入って、風を切って走ってる」と、わたし。
先ほどの「わざと間違えごっこ」とは違い、今度は真面目に「近い言い回しごっこ」。
「たいやにくうきがはいって、ゆっくりのときと、みえるものがちがう」
「タイヤに空気が入って、景色が流れてる」
「けしきがながれてるってなに?」
「速く走ると、おうちや木をびゅんって通り過ぎて、線みたいに見えるでしょ?」
実際はそんなにスピードは出ていないのだけれど、
「うん、みんな、はしってるね」と、たま。
そういえば、たまは初めて自転車の二人乗りをした頃、目に見えるものの名前をひとつひとつ呼んで、「しんごうが、はしってる〜」などと歌うように言っていた。
もっと小さくて、まだ補助椅子をつけてなかった頃は、「わんわんのところにのりたいよう」とねだり、広い前カゴにちょこんと座って、わたしに自転車を押させたこともあった。
そんな思い出も乗せている、黄色い自転車。
たまの成長に合わせて、キーキーときしむ音も大きくなっているけれど、たまが後ろに乗れるもうしばらくの間、ママチャリとして働いてもらおう。
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