2013年07月01日(月)  「はとぶえ」と「堺かるた」は宝物(広報さかいインタビュー)



堺市の「広報さかい」7月号の堺親善大使連載インタビュー「好きです堺」に今井雅子が登場。

5月の東京さかい交流会の折に取材を受けたもので、このとき堺市広報課の方が、かなり厚みのある「脚本家・今井雅子日記」のプリントアウトを持って来られたのが印象的だった。

プリントアウトには蛍光マーカーがびっしり引いてあり、そこまでわたしの人生を読み込んで取材に臨んでくださったのかと驚き、感激した。おかげで、とても気持ちよく話を引き出していただけた。

取材対象への興味と敬意を抱くこと。それが基本。それが大事。脚本執筆の取材においても、PTA新聞の取材においても。その興味と敬意が相手に伝われば、取材する側にも返ってくる。

取材は「なんで?」と「そんで?」の連続。質問に答えることで、記憶の森に埋もれていた石ころが掘り起こされ、頭のあちこちに散らばっていたカケラがまとまり、彫刻され、輝きだす。

今回の取材では、堺で過ごした子ども時代の話を中心に聞いていただいたので、「体を使って遊びを作り出していた経験が今につながっている」「はとぶえと堺かるたは堺の宝で、わたしが物を書く原点」と自分の中にある宝の山にあらためて気づくことができた。

「はとぶえ」は、堺市の小学校の子どもたちから詩や作文や習字や図画を募って採用掲載する児童文化誌。昭和26年(1951年)に「児童詩集」として創刊されたのが始まりだそうで、すでに62年の歴史があり、今も続いている。「はとぶえに載る」ということは、自分の書いたものが認められたということ。その誇らしさが、書き続ける自信をくれる。

「堺かるた」は堺市の歴史や名所をうたいあげたもので、格調高い名調子は何十年経っても忘れない。(こちらで札の紹介も)

この二つを始められた別所八十次先生が、わたしが高倉台小学校に在籍していたときの校長先生だった。他の小学校以上に、はとぶえと堺かるたに力を入れられていた環境で、わたしの「言葉」への興味は磨かれていたことになる。

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広報誌に納まり切らなかったエピソードも読めるHTML版はこちら。中学校時代のソフトボール部の話題も。

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