松竹試写室にて9月19日公開の『カムイ外伝』を観る。ぎりぎりに滑り込むと案の定満席で、補助椅子の最前列を残すのみ。それから2時間、パイプ椅子からスクリーンを斜めに観ながら、手に汗握る展開に何度ものけぞることになった。
出産を経て少しは図太くなったものの血しぶきには弱いわたし。幸い、斬り合いがかなり多い割にはグロテスクな流血はおさえられ、飛び散る血さえも美しく見せようという心意気さえ感じられたので、目をそむける場面はなかった。とはいえ、馬の生々しい姿にギョッとなったり、後半は『ジョーズ』か!のような鮫襲撃に腰を浮かしたり、頭よりも体が先に反応する場面の連続で、パイプ椅子に座り続ける苦行も相まって、やたらと体力を消耗する。並々ならぬエネルギーを注ぎ込まれた作品なので、観る側にも気合が必要だ。
崔洋一監督×榎望プロデューサーの顔合わせは、『血と骨』の前に『クイール』がある。娘のたまがこのところ「クイールわんわん」にはまっているのだが、これをたまと観たら、ケガ人続出で「どうしたの? いたいの?」と聞き続けるだろうなと想像した。アクションと殺陣の迫力はなかなかのもので、相当時間をかけて動きを仕込んだのではと思われる。大木の枝で大車輪したり、木のてっぺんから急降下したり、大自然版シルク・ドゥ・ソレイユのような華麗な技に目を見張った。
カムイは抜け忍(ぬけにん=忍者を抜け出した逃亡者)ゆえ戦いながら逃げ続ける宿命なのだが、カムイ役の松山ケンイチの動きには人間離れしたバネと鋭さがあり、地を蹴って走る姿にも野生のたくましさがある。カムイを生きているという感じで実にいい。ヤンキー先生こと義家弘介さんの半生を描いた花堂純次監督の『不良少年の夢』、前田哲監督の『ドルフィン・ブルー』、宮崎あおいちゃんと共演した『NANA』を劇場で観たが、そのどの役にも既視感がなく、それぞれの役を自分のものにしている。今回のカムイは、持ち前の目ヂカラがとくに活きていて、その目だけで語れていた場面がいくつもあった。試写室を出るとき、あちこちから「松山君、頑張ってたね」という声が聞かれたのが印象的だった。この作品でまたファンとオファーが増えそう。
もうひとり、後半でカムイと死闘を繰り広げる不動役の伊藤英明さんがとてもよかった。刀を持ってカムイに挑みかかるときの笑ったような絶妙な表情に殺気が宿る。しかし、わたしはなぜかずっと「江口洋介」だと思い込んで観てしまっていて、エンドロールを見て、違うじゃないかと気づいた。『クイール』で主役の渡辺満を演じている小林薫さんが漁師の半兵衛役でいい味を出している。半兵衛の妻お鹿となる抜け忍スバルを演じる小雪さんは、今井雅子のエッセイが載っている友人ミヤケマイの作品集第2弾『ココでないドコか-forget me not-』の帯に推薦文を寄せている。わたしのいた広告会社が手がけていた「爽健美茶」のCMに出演していた縁で会社の新年式典にも来たことがあり、勝手に親近感。函館での珍道中もご一緒した『パコダテ人』の木下ほうかさん(ブログ開いていたのを発見)も出演。『パコダテ人』といえば、衣装デザインは小川久美子さん。京都撮影のカメラは『パコダテ人』『子ぎつねヘレン』『ドクターヨシカの犯罪カルテ』の浜田毅さん(ご一緒してないけど、『血と骨』『おくりびと』も)。
映像の美しさ、大きさが際立ち、息をのむような引き絵が何度も拝める。アクションシーンのハイスピードも効果的。とくに水辺での殺陣の水しぶきは印象的だった。島のロケは沖縄にセットを組んだそうで、海の青も山の緑も「日本にこんな色があったのか」と驚くほど深い。物語の重苦しさに比べて背景が楽園的すぎるともいえるが、めったに観られないものをスクリーンで観た、という気持ちになった。
脚本は崔監督と宮藤官九郎さん。原作(決定版カムイデン全集 カムイ伝 外伝 11巻セット13860円也)を読んでいないので、どこにクドカンらしさが発揮されているのかはよくわからなかったが、膨大な原作(『カムイ外伝』のうち15回にわたって「ビッグコミック」に連載された「スガルの島」のエピソードを原作にしているそう)を2時間に凝縮する作業は大変だっただろうなあと想像した。
ラストに流れる倖田來未の主題歌「Alive」はハイドンの「私を泣かせてください」を編曲したもので、これがツボに来た。娘を産み落とす瞬間に助産院の産室を満たしていた曲で、このメロディに触れると賛美歌に包まれるような厳かな気持ちになる。カムイら虐げられた者への慈愛とともに劇中で流れた血への鎮魂も感じさせてくれた。
事前に「娘がクイールにはまっています」のメールを送っておいた榎さんと、松竹のビルを出るときにばったり会った。「今観て来ました」と伝えると、「クイールと全然違うでしょ」と榎さん。「たしかに」と答えて駅へ向かいながら、ふと思った。崔監督の作品に出てくる人間は、逆境を乗り越えるたくましさ、図太さが共通しているのでは、と。クイールの視覚障害者しかり。ご本人も迫力のある方で、函館港イルミナシオン映画祭でご一緒したことがあるが、そのとき引っさげて来た(監修として参加)映画『田んぼdeミュージカル』の高齢素人集団にも、老いを跳ね返すパワーがあった。
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