2009年02月19日(木)  生まれる前の記憶

娘のたまを産んだとき、助産院の畳の部屋にはヘンデルの『私を泣かせてください』を奏でるオーボエの荘厳な音色が満ちていた。もちろんCDからではあるが、名作『フランダースの犬』の教会を彷彿とさせるような神々しさを感じさせ、誕生の場面にふさわしい曲だ、と極限状況の中でわが選曲センスに満足した覚えがある。そのメロディを鼻歌で口ずさんでいると、「なんのうた?」とたまが聞いてきた。「たまちゃんが生まれた日の歌よ」と答え、「た〜ま〜ちゃんが〜う〜ま〜れた〜ひ〜」と即興で歌詞をつけて歌ったところ、「たまちゃんがうまれたひのうた、うたって」とせがまれるようになった。行き当たりばったりの作詞なので毎回微妙に歌詞は違うのだけど、子どもながらに自分のことが歌になっていて、しかも自分を歓迎する内容であることがうれしいらしく、いい顔をして聴いている。

おなかの中にいたときのこと、生まれたときのことを子どもは覚えているという。それを聞き出すのは、子どもが記憶を言葉で語れるようになった後で、最初の頃の記憶が上書きされる前が良いらしい。「チャンスは一度きり。二度は聞けないのよ」とも言われた気がするけれど、2歳を過ぎた頃から何度か、お風呂に入ったときに「覚えてる?」と聞いてみた。母親学級で聞いたような「ふわふわしたおはなばたけみたいなところにいた」「そらのうえからママをえらんだ」のような神話のような記憶を期待したのだけど、「おぼえてない」「わかんない」と肩すかしを食らってきた。

それが、「たまちゃんが生まれた日」の歌の成果なのかどうか、「覚えてる?」と聞くと、「おぼえてる」と返事が返ってきた。そして、頭の上に両手を万歳し、「たまちゃん パカってうまれたよ」と続けた。頭から生まれたのは事実だし、安産だと言われたのも確かだけど、本人に「パカって」と言われると、「いやいやそれなりに大変だったのだよ」と言いたくもなる。でも、2歳児相手にむきになってもしょうがない。人生で最初の記憶がラクチンであるということが、この子の楽天的な性格に貢献しているのかもしれない、と喜ぶことにした。

「トントンもたまちゃんといっしょにでてきたの」とたまは言う。トントンとはおっぱいの愛称。たまにとってはいい遊び相手で、きょうだいのような存在になっている。「トントンは最初からママのとこにいたよ」と反論しつつ、「いや待てよ。おっぱいという栄養飲料貯蔵庫として機能し始めたのは、たまが生まれてからだから、たまが言っていることは事実の暗喩だ」と思ったりもする。何気ない言葉の中にものすごい真理が潜んでいる気がして、さらなる金言に期待が膨らむ。「たまちゃんうまれたとき パパがいたの」「そうよ、覚えてるの? パパは仕事を抜け出してきたのよ」。いいぞ、その調子。すると、たまは続けて、「ゾウさんもキリンさんもいたの。シマウマさんもいたの。アンパンマンもいたの」。そこでわたしは思い出した。「子どもが作り話をできるようになってから聞き出しては、遅い」と言われていたことを。残念。

でも、ゾウやキリンやシマウマやアンパンマンがあの畳の部屋にひしめきあっているところを想像したら、楽しくなったので、子守話にしてみた。

子守話46 たまちゃんがうまれたひ

たまちゃんがうまれたひ
どうぶつたちが どうぶつえんをぬけだして やってきました。

キリンさんもは ながいくびに みんなからのプレゼントを
いっぱいつるして とどけてくれました。
ゾウさんは ながいおはなのシャワーで 
たまちゃんのからだをあらってくれました。
ことりたちは おいわいのうたを うたってくれました。
シマウマさんは ふかふかのおふとんに なってくれました。

どうぶつたちは たまちゃんの さいしょのおともだちでした。
ママのおなかにいたとき ゆめのなかで たまちゃんは
どうぶつえんにあそびにいって どうぶつたちとあそんでいたのです。
どうぶつえんにつれてってと たまちゃんが
パパやママにおねがいするのは そういうわけなのです。

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