■読売新聞夕刊の「三軒茶屋駅 暴行死判決」の記事に「さだまさしの『償い』異例の引用」の見出し。裁判長が引き合いに出した『償い』は、雨の日に男性をはねて死亡させた若者が遺された妻に仕送りを続け、七年後にようやく「ありがとう あなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました」と手紙を受け取る内容。歌詞とともに掲載されたさだまさし氏の談話によると、交通事故で夫を亡くした知人に聞いた実話が基になっており、「加害者を許した被害者と、被害者からそのような言葉を引き出した加害者の誠実さの両方に心を動かされました」という。■何年も心の奥で眠っていたエピソードを思い出した。親友に聞いた弟のかつのり君の話。彼が追突してしまった車の助手席に、臨月の妊婦が乗っていた。むちうちは軽症だったが、事故が原因で出産にもしものことがあってはと苦しんだかつのり君は、来る日も来る日も妊婦さんの病室を見舞った。「お医者さんも大丈夫だと言ってるから」と断られても、病院参りをやめなかった。妊婦さんは無事元気な男の子を産んだ。そして、その子に『かつのり』と名前をつけた。はじめてのお産で不安だらけの夫婦を襲った追突事故。だが、毎日病室にやってくる若者にいつの間にか情が湧いたのだろう。生まれてくる子の名前を夫婦が話し合っている場面を想像するたび、人間っていいなあと思ってしまう。あのとき生まれたかつのり君は、そろそろ小学生。名前の由来を聞かれたら、お父さんとお母さんはもう一人のかつのり君の話をするのだろうか。■交通事故と暴行死を一緒に語るのは乱暴かもしれない。だが、三軒茶屋の事件も心のブレーキが間に合わなくて引き起こした悲劇だとしたら、加害者もまた深い傷を負っている。誠意が被害者の遺族だけではなく、加害者自身の痛みを癒す薬にもなることを願う。