2008年07月19日(土)  世界は広くて狭い! SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2008開幕

5月に長編国際コンペティション部門の審査員を打診されて存在を知った、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭。今日から27日まで9日間開催される第5回のオープニングセレモニーに参加するため、会場となる埼玉県川口市のSKIPシティを初めて訪れた。映画祭期間中は無料シャトルバスが会場と結ぶ川口駅は、わが家の最寄り駅から乗り継ぎを含めて20分ちょっと。こんなに近いのに足をのばす機会がなかった川口市とSKIPシティに、縁あって何度か通うことになる。

川口シティの中に位置するSKIPシティとは、うまく説明するのが難しいけれど、埼玉県や川口市や企業が、ここから何かを生み出そうとしている情熱と希望が詰まった拠点で、映画祭はそのパワーがひとつの形として発信されたものと理解している。控え室で名刺交換した後、オープニングセレモニーの挨拶に立たれた上田清司県知事と岡村幸四郎市長も気合い十分。夕張の映画祭を盛り上げた中田市長のスピーチも熱かったが、こちらも負けていない。アメリカのVariety誌が選んだ「世界の見逃せない映画祭50」に日本国内で唯一名を挙げられたのがSKIPシティの映画祭だとか。長編コンペ部門の受賞者が翌年カンヌで受賞したり、実力のある監督たちが目指す映画祭にもなっている様子。「Dシネマ」のDはdigitalで、この映画祭でかけられる作品は長編短編ともに撮影から上映までを一貫してデジタルで行う。世界的にはデジタルでの上映環境が整っているのはアメリカが突出していて、日本はまだまだデジタル上映に対応できる劇場が少なく、「デジタルで撮ってフィルムで映す」というもったいないことをしているデジタル作品が多いという。

そんな興味深いデジタル事情を垣間見られた開会スピーチのリレーに続いて、オープニング上映はシネマ歌舞伎の『人情噺文七元結(もっとい)』。いわゆる「劇場中継」のジャンルがデジタル技術の発達で飛躍的にグレードアップし、一流の生の舞台を特等席で観る感覚を映像で味わえるようになった。今後サンプルとして紹介された英国ロイヤルバレエ団の『ロミオとジュリエット』の映像の美しさと臨場感に目を見張る。「映画館で観られる映画以外のもの=Other Dightal Stuff略してODS」と呼ばれるこのジャンルは、今後新たな観客を映画館に呼び込むコンテンツとなりそう。

さて、『文七元結』の監督は名匠・山田洋次氏。たしか明治の頃に書かれたという脚本にも手を入れ、よりわかりやすい人情噺に仕立てたという。上映前に紹介されたメイキング映像で役者さんと打ち合わせする監督の姿が映り、生身の監督に一度だけお目にかかったことがあるのを思い出した。松竹の打ち合わせ室を訪ねたとき、見知らぬ初老の紳士が先に席に着かれていて、部屋を間違えたかなと思って引き返したところに、同じ打ち合わせに出ることになっていたプロデューサーが現れた。「あの、どなたか入ってらっしゃるんですけど」とわたしが言って部屋まで確認に行ったプロデューサーは、「どなたか、というより、山田洋次監督ですよ」と呆れていた。そのとき一瞬お会いした紳士と同じお顔がデジタル映像で、はっきりくっきりと映っていた。

話を映画本編に戻して、この『文七元結』、デジタル映像のクオリティの高さもさることながら、監督が翻案した効果なのか、物語が実に明快でよくできていて、台詞もわかりやすく、解説ぬきでこれほど内容を理解できた歌舞伎は初めてだった。英語字幕を同時に読むことで、より理解が深まった部分もあるかもしれない。字幕の英訳も見事で、日本語がわかる観客とわからない観客が同じタイミングでどっと笑った。上映前に話しかけて来たレバノン人男性のビシャラ・アテラ(Bshara Atellah)さんに「どうだった?」と感想を聞くと、「人を信じなさいとか自分に正直でいなさいとか、子どもの頃に教わったけど忘れていたことを思い出させてくれる作品」と激賞。『Under the Bombs 邦題: 戦禍の下で』の助監督・スタイリスト・ジャーナリスト役を務めた彼はわたしが知り合った初めてのレバノン人(レバニーズという)。歌舞伎が好きで、これまでにもシネマ歌舞伎を観たことがあって、「日本にすごく興味があったから来日できてうれしい。それだけで賞をもらったも同然」と言う。彼のほうは日本を熱く語ってくれるのに、わたしはレバノンってどんな国なのか、ほとんどイメージが浮かばない。世界地図のどの辺にあるのか、左のほう……ぐらいしかわからないのが情けない。

世界の75の国と地域から693編が集まったという長編部門。12本に絞られたノミネート作品の監督など関係者はSKIPシティに招かれ、会期中滞在し、最終日の審査発表を待つ。レバノンのほか、スペイン、トルコ、中国、エストニア、ドイツなど様々な国から若い才能が集まって来て、映画の未来を背負って立つ意気込み十分の彼らが持ち込んだ「気」が会場に渦巻いている。広告会社時代に行ったカンヌ国際広告祭の熱気と興奮を思い出し、わたしも10才ぐらい若返った気持ちになる。そういえば、カンヌへ行ったのは、ちょうど10年前、1998年だった。

オープニングパーティでは法被を着ての鏡割りを体験。わたしを審査委員に挙げてくださったプロデューサーの戸山剛さんとも挨拶できた。2年前の函館港イルミナシオン映画祭で名刺交換させていただいた戸山さんは、現在、『風の絨毯』の益田祐美子さんがプロデュースする『築城せよ』劇場公開版のラインプロデューサーとして制作準備に奔走中。戸山さんが最近まで在籍していた百米映画社(100 Meter Films)社長のジョン・ウィリアムスさんの師匠が今回の長編部門審査委員長であるダニー・クラウツ(Danny Krausz)さん。映画の世界は人と人のつながりが命で、国際映画祭は、世界に目を開かせてくれると同時にit’s a small worldを感じさせてくれる。

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