同じ作家の作品を続けて読むことが多い。他の作品との共通点を見つけるのも楽しいし、同じ作家が書いたと思えない作風の幅を知るのも楽しい。ひさしぶりに読み返した『音楽』に唸り、『三島由紀夫レター教室』を手に取った。「有名人へのファン・レター」「借金の申し込み」「同性への愛の告白」「出産通知」「英文の手紙を書くコツ」などといった項目ごとに「筆まめ」だけが共通する五人の登場人物の書く手紙が紹介されていく。文例集の顔をした小説である。読み進むうちに五人を取り巻く状況や過去が浮き彫りになり、行き交う手紙が交錯する糸のようになって五人の人間関係を複雑に絡ませていく。
女性週刊誌に連載していたとあって、手紙の文体も内容も日常会話のように軽やかなのだが、平易な文章の中に顔をのぞかせる比喩のうまいこと。女好きの服飾デザイナー・山トビ夫は客の中年女性の崩れた体型を「はみだしたシュークリーム」とこきおろし、年下のOL・空ミツ子の胸を「ふくれて、口をとんがらせて、『何よ』と言っているみたいな形」と形容する。ミツ子は、アルバイトしながら演出家を目指す多忙な青年・炎タケルからのプロポーズに「私は、一枚のオブラートではあるまいし、二十四時間のあなたのお時間の、どの隙間にすべりこめばよいのですか?」と返す。貧乏学生・丸トラ一に天津甘栗をねだられて「ゴキブリでもつかまえて食べていたらいいでしょう。どちらも黒光りしてツルツルしていますからね」と突き放す未亡人・氷ママ子は、まったく魅力を感じない取引先男に告白され、「たのみもしないのに、いきなり頭へ重い鉄兜をのせられたよう」と男友達のトビ夫に相談。トビ夫は「どうか、路面電車の線路と地下鉄の線路は、決して交差することはないということを、ご銘記くださいますように」とやんわり断る返信を提案する。タケルとミツ子の披露宴に出たトラ一は、紋付き袴の新郎と文金高島田に白のウチカケの新婦が「キンキラキンの支那料理店」に座るさまを「ラーメンの丼に刺身を入れて出されたような感じ」と表現する。人物のネーミングのセンスには時代を感じさせるものの、テレビが白黒であっても表現には古さを感じさせない。
性的快感を音楽に例え、冷感症の女性の治療過程を精神科医の目線で淡々と綴りながら心理サスペンスに仕立てた『音楽』と同じく、人間観察の鋭さとそれを表現する文章力の巧みさに感心することしきり。芝居に誘ったところ「千載一遇のチャンスを逸するのはくやしくてたまらない」が、親友の結婚式と重なってしまい、「一生に一度の盛事に奉仕せねばならぬ」由を述べた返事とともに切符を送り返したミツ子に対して、「あなたは手紙を長く書きすぎました」と咎めるママ子の手紙は秀逸。「招待を断るには『のがれがたい先約があって』という理由だけで十分」であり、「出席か欠席かの返事だけが大切で、それについて、もはや余計な感情の負担を負いたくない」という指摘の的確さに唸らされた。手紙には込めるべき情報や感情の適量があり、足りないとゴミになるが、度を越すと荷物になる。
最終章の「作者から読者への手紙」は、著者のあとがきである。手紙の第一要件は「あて名をまちがいなく書くこと」と三島由紀夫は記す。それをまちがえることは「ていねいな言葉を千言並べても、帳消し」にし、「文中に並べられたおびただしい誠意を、ニセモノと判断させるに十分」となる。最近はコピー&ペーストであて名だけ差し替えた手紙がふえたけれど、わたしのところにも別人あての取材や仕事の依頼が来る。五箇所あるうちの四箇所はわたしの名前になっていて一箇所だけ別の人の名前が残っていたりすると、「先にこの人に話を持って行って断られたんだなあ」という事情が透けて見えて白ける。「手紙を書くときには、相手はまったくこちらに関心がない、という前提で書きはじめなければいけません」と力説する著者は、「他人は決して他人に深い関心を持ちえない、もし持ちえるとすれば自分の利害にからんだ時だけだ」という哲学を披露し、「手紙の受け取り人が受け取った手紙を重要視する理由は、一、大金 二、名誉 三、性欲 四、感情」と断言する。この第四の手紙はいちばん難度が高く、「言葉だけで他人の感情を動かそうというのには、なみなみならぬ情熱か、あるいは、なみなみならぬ文章技術がいるのです」とある。
メールも含めて、わたしは手紙をよく書くほうだと思うし、今書いている日記も不特定多数の人に向けた手紙と言える。手紙という乗り物に正しい分量の情熱を乗せて正しい方向へ発信できているだろうか、と自問する。脚本だって、出資者や出演者に訴えかけ、最終的に観客に届けられる手紙という見方ができるかもしれない。もうかりますよ、えらくなれますよ、もてますよ、でない限り、心をゆさぶる脚本でなければ相手にしてもらえないということだ。
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2002年02月21日(木) 映画祭