何度聞いても鳥のビジュアルが浮かんでしまうトリノオリンピックを観ながら、「なんでこうメダル、メダルって騒ぐんだろねー」とテレビに向かって怒る。視聴者をつなぎ留めるためにメダルを連呼しているけれど、その報道と選手の実力に明らかな格差があるように思えてならない。誰よりもメダルが欲しいのは選手だろうし、取れるに越したことはないけれど、過剰な期待は、破られたとき、過剰な落胆に変わる。いたずらに期待をかきたてられては落とされてを繰り返されるうちに、「本当に状況を理解した上で言ってるの?」の疑問が湧いてくる。メダルという結果だけじゃなくて、それを掴み取ろうとする過程である戦いぶりや、さらにさかのぼって出場を決めるまでの練習の積み重ねにドラマを見出してもいいのに。光るものはメダルだけじゃないのに、と思ってしまう。
メダル、メダルって言ってりゃ視聴者はチャンネルを変えないと思ってるのかなあ、なんか間違ってる気がする、とぼやいていると、一緒にテレビを観ていたダンナが突拍子もないことを言い出した。「そういや、金メダルと金目鯛って一字違いだね」。
キンメダル
と
キンメダイ
なるほど、ほんとだ。夏冬あわせていくつものオリンピックを見守りながら、今まで気づかなかった。金メダルを煮付けることもなければ、金目鯛を首からさげることもないせいか。どっちもありがたいけれど、それがすべてじゃない。でも、金メダルを取って、金目鯛でお祝いするのも素敵。
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