ゆれるゆれる
てんのー

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■ 泉

 2年ぶりくらいにユニクロで物を買った。
 正直、どんな値札を見ても驚かなくなった自分にがっかり。
 しかし価格破壊戦略を基本的に変えないファーストリテイリングの姿勢は大好きである。今度の若い社長もなんとなくお友達が少なそうな感じがして、ポイント高い。



 ユニクロの第1号店は広島だ。

( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー



↑とまあこのAAを使いたかっただけなんだが。俺の中でブーム大暴走中なの。
 広島人以外まず知らないムダ知識。




 さて、明日は5時起きなんで、寝ます。アデュー

2003年07月31日(木)

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■ あーまん

 まわりの人間にはバレバレなのだが、俺の頭の中は今、金曜日にせまった高飛びのことでいっぱいである。

 沖縄へ行ってくるわけです。最低2週間。

 知らん顔して関係ないネタばっかり続いたけど、ここ数日はなんだかいろんな事が手につかない。今日なんかネタすら浮かんでこない。

 まあそんなわけで、金曜日からしばらく沖縄日記になります。
 日記は携帯から更新できるけど(最近知った)、自分のサイトは見られないんだな。掲示板すらチェックできないのはいかんよな。teacupとかにしときゃよかったんだけどね。

 で明日はいろいろ買出しに行ってみたりね。しようかなと。
 髪も切らなきゃ。おととし行ったとき、ベッカムヘアーを先取りさせられたからな。あれ個人的にはアリだったけどな。広島に帰ったらものすごい失笑を浴びたな。ずれてたんだな俺が。今年は切っていこう。

「沖縄ではそういう髪型をあーまんのようだと言う。あーまんとはヤドカリだよ」
O村オジイが威厳に満ちた大和グチで言っていたな。

 夏だ。夏だよ。夏が来たよ。

2003年07月30日(水)

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■ トラウマの発見

 ついに気づいてしまった。
 恐がっているのは俺だけだったんだ。

 俺はクルマのドアを閉めるのが恐い。
 指を挟まれるのが恐くて、両手の位置を目で確認してからじゃないと閉めることができない。

 何人かで乗るときは緊張する。
 例えば助手席に乗るときは、後ろの人が何かの間違いで前に手を伸ばしているかもしれないのが気になるので、完全にその人がドアを閉めるのを待ってから自分のドアを閉める。
 俺が後ろに乗るときは、その逆。

 指が挟まれているのを想像してしまうと、血の気が引くなんてものじゃない。

 それが、みんな、平気なの?
 時代が狂っているにちがいない。みんな時代のせいだ。
 と思いかけたけれど、おかしいのは俺、なのだ。はあ、典型的な自意識過剰。

 これがトラウマというものか、俺には思い当たる記憶がある。

 中3だったと思う。
 体育だったか部活だったか忘れたが、体育館で練習した後でグラウンドに出ることになって、体育館の横で靴を履き替えていたときのことだ。

 悪い癖で、俺はひもを脱ぐときも解かず、結びっぱなしにしておいて、履くときは無理やり指でかかとを突っ込んでいた。
 そのときも、右足のかかとがなかなか入らなくて、俺は立ったまま、なんとか右足を突っ込もうとしていた。左足の片足立ちになるので、左手で扉の片方をつかんで支えていた。

 ほら、体育館の側面の扉って、両開きになってて、たいてい全開にしないで片方は固定して閉めてあるでしょう。それをつかんでいたわけだ。

 俺は友達のほうを向いてバカ話をしていたと思う。開けてあるほうの扉は、何かで外側に固定してあったけれど、何かのひょうしにそれが外れたのだ。

 どごーん

 という音がしたはずだが、そして友達が「危ない」とかなんとか叫んだはずだが、とにかく時すでに遅く、俺の左手親指は「行ってこい大霊界!!」((c)バスタード)状態だった。なんじゃそりゃ。

 半月ぐらい左手では拳骨が握れなかった。親指は冷たいままだったし、爪が伸びてこなかったのが不気味だった。それでもへんな意地を張って病院へは行かなかった。

 10年以上たっているのに、あの感触は生々しく思い出せる。
 体育館のあのごっつい扉が押しつぶしたんだ・・・と思うたびに、冷たい感触が心臓のほうまでやってくる。
 そしてクルマのドアにも、似たものを感じ取ってしまったに違いない。

 ああ、そうだったのかあ。
 トラウマに気づくのってけっこうすっきりするもんだね。

 基本的にはビビリの俺だが、クルマのドアに比べればおよそたいていのものは平気である。
 みんな俺を見かけても、これだけは試さないでいただきたい。
 ・・・って書くとまるで試してほしいみたいだが、まじでそのときは自分を制御できる自信がないよ。

 こんなことでクルマの免許を取る日は来るんだろうか・・・。




読みたい人は押しなさい。鈴木その子式投票ボタン


2003年07月29日(火)

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■ おまえはなぜ、羊を飼っているのかね。

 ものすごいスピードで7月が過ぎ去っていった。

「人はいつでも、変わることができる。」
 どんな言葉も、テレビで聞くとそれだけでふわふわしてしまう。
 同じところで足踏みしているだけのように思っても、流されているというからね。

『アルケミスト』の中で、生地屋の娘と結婚するのも悪くないなと考えて宝さがしをやめかけた少年に、王様が話しかけるところがある。

 少年が座っている通りの角にパン屋がある。パン屋は子どものころ、知らない世界を旅したいという夢をもっていた。それで、まず金を貯めようと考えて、パン屋をはじめた。歳月は流れ、今ではそのパン屋の男は、年をとってから1ヶ月ほどアフリカで過ごす計画を楽しみに抱えている。

「人は、自分の夢見ていることをいつでも実行できることに、あの男は気がついていないのだよ」

 俺はパン屋の男だ、と読むたびに思う。
 いや、このパン屋はそう指摘されたら、その日のうちに旅立つかもしれない。
 その言葉を聞いても立ち止まっている俺は、パン屋ほども気のつかない奴なんだろう。

2003年07月28日(月)

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■ 珍寺、王舎城、宮島の真向かいの山にある謎の建物が気になる人へ

 珍寺。いってきました。
 つうか王舎城。大野町ですよ。鹿児島に「ムー大陸博物館」なるものをこしらえた例の教団の本部ですよ。
 でも速攻でまとめたら疲れ切ったので、こっち見てな。写真つきページへ

2003年07月27日(日)

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■ あ!地震らしい

 アレでいうとアレですよ。
 谷。バイオリズムです。底なんです。低いんです。今。
 眠いとか疲れたとかネタがないとか体調が悪いとかツモが悪いんじゃないんです。だからといって許してくれというんじゃないんです。そうなんです。遭難です。

2003年07月25日(金)

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■ なんでもない

 今日はべこべこにつかれたので。
 なにも書かない。書けない。

2003年07月24日(木)

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■ 高野悦子、北村薫、1949年、2003年

 消防活動の進化の証。たばこ、台所の不始末に続き、放火が原因の第3位である。
 医療技術の進化の証。自殺は死因の確か第3位である。

 まったくもう、と嘆いたり、真剣に考えたりするのは気が利かない。全体として火事が減り、死者が減っているのだ。ただの結果である。
 もっと喜べよ。

 毎年3万人が自殺を実行しながら、その事実が生きている僕たちに訴えかけるものはほんのわずかである。
 電車に飛びこむ奴に対しても、また人身事故かよ、ラッシュ時に迷惑なことすんなよ、くらいしか感じない。俺は感じなかった。

 小学生だった俺が初めて見た、救急車に乗せられる患者の姿。
「あの人、ショクブツニンゲンだって」
恐かった。風が吹いて、かさかさした白っぽいものが触った気がした。
 その後半年くらい、その単語が、友達との間に飛び交っていた気がする。

 車輪が乗り上げる、あのくにゃりとした感触の意味がふと蘇ってきて、いきなりおののいたりする。



 高野悦子『二十歳の原点』を読む。
 僕に影響を与えるのは、30年以上も前に電車に飛びこんだどっかのお嬢さんの日記であり、きのう七輪と練炭を駆使して死んでいった同世代の人間ではない。

 頭のいい誰かさんなら、コメントがあるだろう。評して曰く、「どうだい。まるでガラガラと音を立てて今にも崩れそうな文章じゃないか。」

 僕たちは頭のいい全共闘世代によって、まさに彼らによって、たたかうことが無意味でむなしいことを頭に叩き込まれてきた。被害妄想? ほう。
 一世代前に出された思想について、古臭いとか単純だとか安直だとか、とにかくけなすのはよくない。それは少なくとも創造的態度ではない。

 僕はただ単に、彼女がなぜあのように書き、また何を書かなかったのか、についてだけ興味がある。

 なぜこの本が大ベストセラーになったのかは明らかすぎて、興味もない。扉の写真の彼女はずいぶん美人すぎる。

 決めつけはたいそう馬鹿らしい。文学とは未熟さである、などという文句はその最たるものだ。彼女の死すらネタに見える。といったら怒られるか。





 高野悦子とタメである北村薫の『スキップ』を読む。
 不覚にも泣きそうになる。

2003年07月23日(水)

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■ この汚き世界

 本棚の前に立つといつも、どうしてこんなに汚いんだろうと思う。
 いや、こんなに汚いままにどうして放っておくんだろうと思う。
 じっくりねめつけるように眺めていくと、いつも吐き気がしてくる。どこの本屋を見ても同じように放っているところを見ると、僕の感性のほうがおかしいんだろう。そんなことよりもみんな、タイトル名を追うのに懸命だ。

 試しに一冊を抜きとって眺めると、上質の手触りのいい紙に、控えめの装丁画とタイトルなどが品よく配置されている。著者紹介の下のほうには誇らしげに装丁者の名前まで記されていて、自慢の商品であることが分かる。
 ふうん、と思い、もとの位置に戻す。
 収まった瞬間、それまでの品のよさそうな雰囲気は、途端に化粧が汗で崩れるようにだらしなく流れだし、青いのも赤いのも、感動「系」もハウトゥー本も平積みベストセラーも、目の前の本が全部一体となって、どれでもいいから買っていきなよ、兄さんも好きなんでしょ、ってな流し目を送り始める。

 人類よ、自由というのはこういうことか、と、チリガミコーカンの光景とさほど変わらない店内を見て、ふと思う。

 某国のマスゲーム映像を見るたびに、心有る知識人はつぶやくのだ、個性の抹殺。人間歯車。人民の抑圧。一糸乱れぬ群れを好むおぞましい独裁者。
 悲しいことに、俺たちは独裁者願望をみんな持っている。
 一糸乱れぬ動きというものに、快感を覚えるように出来ている。
 快感とは、例えば運動場の指揮者台の上で、前へ習え! と号令することである。
 また例えば、
「ではそろそろお友達を」
「エーッ」
という構図が毎日繰り広げられているのを当然だと思うことである。あのときのタモリの表情こそが僕たちのほんとうの顔である。

 本の羅列は汚い。
 言葉の羅列は汚い。
 エントロピーは増大し、あらゆる記号はその並び方において汚い。
 美しいのは一糸乱れぬもの、一糸乱れぬ状態を目指して動きつつあるもののことである。

 恥ずかしいこと、己の変質性に気付くのも、汚いことである。
 その自覚から何かが始まると考えるのは、ただの傲慢。
 美など、理解できる形では存在するはずがない。
 美しいもの、と人が言うものは、快感を覚えるもの、というものと同じことだ。

 美しい=快感という問題。そこにはpunctualityだけが介在する。




 自殺したある人の日記にことよせて。

2003年07月22日(火)

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■ 今夜の気分

大淀




 俺は死しても名など残さないぞ。
 ふふふ。忘れろ。

2003年07月21日(月)

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■ 怠慢な犬

「社長も平社員もフリーターも対等に本音が書き込める場所があることは素晴らしい」という。確かにそれが人を引き付けている理由なのだろう▲とはいえ、犯罪的書き込みには何らかの規制強化が必要と思う。だが「インターネットは社会の凝縮」と言われれば、出るのはため息ばかりだ。

 と言われても、出るのはため息ばかりだ。こういう人たち、いい加減に双方向性、易接近性、情報の出力・入力(とあえて漢語で言ってみる)について自分の頭で考えてみる気はないんだろうか。

 インターネットっていうか、WWWだろうけれども、だいたいなんでこれが出てきたんだろうと思う。
 オンラインに転がっている「数限りない悪意や憎悪、中傷の山」は、IEとかネットスケープで初めて表現されたものか?

 まるっきり逆だろう。誰の心にもあった、こうした後ろ向きのエネルギーが、誰でも表現できるようになる技術が広まった。そんなことは子どもだって分かっている。
 きっと、彼らがいらいらしているのは、仕事を奪われるかもしれないと本能で悟っているからだ。

 報道の自由を脅かす法律には群れて反対し、言論の自由を保障されて成長した某掲示板には堂々と規制強化を訴える。それでいて、具体的に誰がその意見を言っているのかはわからない。
 言論で給料をもらうというのはこういうことですかね。



 矛盾していることさえ気付かない。
 それもこれも、表現に無頓着なことから始まっているんだが。
 あのねえ、分かっててやってるっぽいのがまじで気になるんだが、

「必要と思う」

 は、「必要だと思う」です。最近、新聞なんかでほんとに多い表現だが、これはてめえらで都合のいいように見出しや段組の字合わせをやったあげく、てめえらで訳がわかんなくなってるんで、“「〜ダ」ト思ウ”という表現と“〜コトト思ウ”という婉曲表現(皇族とか好きですね)をぐっちゃにしてしまっている。

 いいことだと思います。
 いいことと思います。

 二つは違うんですよ。どうでもいいと思ってるでしょう?
 しかし最近は文章の添削でも「ダは不要」ってチェックが入るのだとか。情けないよあたしゃ。

 明日は雨と思います。
 ヤナギサワはぜったい不可欠と思います。

 これじゃセルジオ喋りじゃねえか。アクセントは「サワ」。




 もーーーーー多いよ。プロならルール暗記じゃなくて、根拠を持って日々研究してほしいよ。もーーーーー。

2003年07月20日(日)

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■ 敏捷な茶色の狐

 それにしてもこのごろ書きた(以下略)
 エキサイティン’な日が少ないからだな。夏なのに。

 それで「書くことがない」「ひま」「特になし」なんて日記を続けても継続は力なりって言えるんだろうか。

 俺の中ではこの日記は永久保存版のつもりなので、たとえば10年経ったときに読み返すのに耐えうるようなものを目指している。
 まあ、日記を読み返すなんて後ろ向きな姿勢は今だけにしたいもんだが。

 クラムボンの日比谷野音ライブは泣く泣く見送り、FUJI ROCKもやっぱり無理、そして東村夏祭り(知らんよね・・・)が実は明日だということを今日知り、7月はかなり寂しい精神状態で乗り切ることになりそうだ。

 今は8月1日の沖縄入りにむけて日々精進するのみである。

 さて、明日は日曜日。
 昨日まですんごい雨つづきだったけど、そろそろ梅雨明けかな。

2003年07月19日(土)

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■ 警報の夜

そして今日も1行で終わるのであった。

2003年07月18日(金)

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■ sage

 けっして、あきらめない。
 けっして、無理をしない。

 sage進行型ポリシーによって運営されているナイス日記へ、今日もようこそ。1行しか書かないとやっぱり次の日は心苦しいんです。

 かといって長ければ充実した日記かといわれると、
正直すまん



 読んだ本のことだけで「読書日記」という立派な日記が確立し、はては日記読み日記というのまであるのに、ネットサーフィン日記というのが見当たらないの、なんでだろう。

 やっぱりあれかな、ぬるい・・・って言われちゃうのかな。
 たしかに、どんなディープなサイトを発見しても、結局はクリック一発だもんな。本屋なり図書館なり友達の家なりでわざわざ手にとって、しばらく読んで興味を持って、といった行動は、あるていど「気合」が必要だからなあ。
 一方で、それぐらい自分の手と頭で調べろ! って感じアホさんが増殖しているのも事実。

 メディア間のアクセシビリティってことかもしれない。

 サイトを作る立場になって、アクセシビリティってのをこのごろちょっと調べたりしてるんだが、難しいねえ。
 某所の診断プログラムに診てもらったら、俺のサイト、百点満点でマイナス150点だそうだ。
 シンプルに、わかりやすくしたつもりなんだが、自己満足だったんだなあ。
 たしかに、できる限りたくさんのひとに、不快感を与えないようにとは思うんだが、ついつい自分の環境・感性を無意識に押しつけちゃうってことだね。

 アクセシビリティ、って、日本語にすると「易接近性」だそうだ。
 いや、意図はわかるが、翻訳センスなさすぎ。
 めんどくせーから「アクセシビリティ」にしちゃえ、って思わせる狙いだろうか。

 しかし造語力の低下こそが、なんとなくみんなが感じている「言葉の乱れ」の一つの本質だという気持ちは強くなるばかりだ。

 日本語が造語力の低い言語だということではけっしてないんだけど。
そういえば、「立ち読み」っていう表現、英語でしっくりくる訳語がないんだってね。すごいまだるっこしい言いまわしにするしかないらしい。
 なんて言うんだろ?

 おや、今日は何が言いたかったんだろ。

2003年07月17日(木)

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■ 無             題

 しかし、藤谷美和子はいかんだろう。

2003年07月16日(水)

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■ 男と男

 目次ページを何気なく見てしまって、びびった。
 すげえ。時間が流れてるのが目で見て分かるなんて。
 っていうぐらい、無駄にメモリを食うだけの自分の日記がほぼ毎日書かれていることに素でヒイタ。

 ま、いいか。

 あのですねー、それでこんなこと書くのもなんなんですが、まったく何の気なしに寄り道して帰る途中の話なわけですが。

 むこうから屈強な黒人兄ちゃんがやってきて、彼ががっちり手をつないでいるのが可愛い日本人っつーか広島男児。

 広島男児は広島なまりの英語(いやマジで)で談笑しておられた。
 手、つないで。

「広島男児の純潔、絶対確保を!」と一人叫んでしばらく尾行した俺は別名ネオコンとも呼ばれている。



 あれは上京した年の夏。大学キャンパスで。向こうから男が3人、手をつないでにこやかに歩いてきた。
 若かった俺はしばらくその場に固まった。
 そんな記憶もふと蘇る、ああ同じ7月。

2003年07月15日(火)

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■ ツキミスト

 今夜は、満月。

 薄雲の絹をぬけて。まるいのが見えます。

 つぎの満月の下で、何をしましょうか。


 屋根のうえで

2003年07月14日(月)

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■ さっき終わった

 一ノ瀬さんトピック、すっごい期待して見たのに。
 ドキュメント03。

 だめだよ。そうやって都合よくTV的に祭り上げても。
 30分間どこにも、泰造の姿はなかった。
 死人に口なしってか。けっ。ほとんどお母さんの思い出浸りのお手伝いをしただけのようだった。気持ち悪かった。
 なにが「もうみんな家に帰ろー!」だ。
 そういう意味じゃないよ。泰造さんが言ったのは。わざとですか。

 これは番組ではなくて、新しい写真集のCMを30分間やっていたんだと思うことにしよう。
 秋に公開の「ドキュメンタリー」映画とやらもまるで見る気が失せてしまった。

 ただ馬淵直城さんが出てきたのはちょっとマル。出たがったのかな・・・






 朝日の和田俊さん。『ベトナムロード』の石川文洋さん。平和に暮らしてもう初老の頃ですね。

 タイゾーはちょっとだけかっこよすぎて、なんだか生き残るのがかっこわるいみたいに見えたりするけど、そんなことない。
 今26歳の俺から見て、いちばん輝いて見えた世代でもある。

 一ノ瀬さんと沢木耕太郎はタメなんだよね。沢木がどこかで、26歳で死んだある人について「彼は26歳で死ねた、と考えていたのが、いつのまにか、単に26歳で死んだ、と考えられるようになった」という意味のことを書いていたことを思い出した。

 この年で死ねたんじゃない。

 やっぱり、この年で死んだ、それだけだ。

 タマに当たって。彼は死んだ。

2003年07月13日(日)

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■ おっさんすーつ、もてる興味・もてない興味

「けっこうお年のほうがいっておられますね」

 あたしゃホステスの面接に来た人妻か。
 と言ってみたかった。
(若さが最大の武器になる業界、って意味でね。一応ことわっておくけど。)

 そういう輪切りを排すって口先だけかよばーか。
 とは決して言えず。

 全然関係ないが、男女雇用機会均等法の無差別実施には大反対である。
 女男差別はんたい。

 ちゃんとしたスーツを着て歩いていると明らかに視線を浴びる回数が少ない。
 人々が俺に対し、「怪しい奴じゃないと確認済。」信号をパルス発信しているのをびしびし感じる。

 例えば携帯をいじるだけでも向こうを向いていた女の子も、ショップの紙袋でひざをぴっちりガードしていた高校生も、俺がスーツを着ているだけで簡単に警戒を解いている。
 たまたまじゃなくてあからさまに違うのだ。

 おかしい。

 こんなことだと、何年か後には変質者がこぞって、スーツに着替えて跋扈しているのではなかろうか。



「うそー。私のことなんか全然興味ないんだと思ってたよ。」

 男たるもの、女の子にこういうせりふを言われてはいけない。
 とれる駒はとる。上がってナンボ。人類のたった一つの真理でもある。

 うそつけよなあ。興味あるそぶり見せたら時速80キロで逃げるくせに。

 とほざくiwammyさんがそんなことを言われたかどうか、は、ここでは明らかにされないのである。

 ちなみに、過去のあるトラウマによって、iwammy氏は自分からは絶対そんなこと言わないようになっていることは確かだそうである。

 ただでさえ少ないチャンスを・・・
 かつてTMNのラストライブをすっぽかしてマージャンをやっていたH先輩に対して抱いたのと同じ怒りを、いま自分に感じているそうだ。

2003年07月12日(土)

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■ わー

 二日続けて日記が書けなーいよ。
 しかももう寝ないといけなーいよ。
 雨だーよ。

2003年07月11日(金)

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■ ばあさんや。もう夏だねえ。

 今日は、広島っていい街だなあとつくづく思った一日だった。
 でも詳しくは言わないのである。そこが大事である。

 最近旅日記サイトにはまっててよく見るので思ったんだが、どんなにたくさん旅行に行っても、その全部の旅行記が、重複することなくたった一つのエンピツ日記に入ってしまうんだね。
 ちょっと、んなアホな、と思ったが、当たり前の話である。

 人、ひとりの人生って偉大だなあ。

 そして、ごっつい三年日記帳にこつこつ書きつづけて6冊目を書いているうちのばあちゃんを、一人の日記書きとして果てしなく尊敬してしまうのであった。



 夏がやってくるよ。
 俺は、今年はなんとか、南の島のあの村へ、行くことができそうです。
 歓迎してくれるといいな。電話がつながらないのでまだ確定じゃないが。

 体はとっくに泡盛仕様に調整済みだよ。

2003年07月09日(水)

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■ 韓国レシピの魅力それは安くあがること

 韓国料理風に攻めてみた。

 デジカルビ、適当ナムル、わかめスープ。

 やっぱり豚コマじゃ雰囲気が今一つ。カルビっつうのは擬音語でいうとジャジャジャッ。ぶるんぶるん。ぐわしぐわし。など、どことなく大陸の薫り高い単語が並ばないといけないと思うんだけれど、火曜百円市というノボリに惑わされて買いこんだこの肉では役者が不足しているようだった。

 それより、ナムルじゃあともやしなどをごりごり準備して、さあ和えるでと思ったらごま油が切れている。
 情けない。

 世の中に油がないキッチンほど醜いものも少ない。

 小さじ2分の一のごま油にサラダ油をこっそり水増し(油増し)して不正軽油問題みたいにごまかす。
 それはそれで美味。俺の舌なんてそんなもん。

2003年07月08日(火)

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■ 心覚え的

 すごい夕立だった。放水路の長い橋の上でいきなり直撃。逃げ込むまで長かったこと。

 新しく出た一ノ瀬泰造の未発表写真・遺構集『もうみんな家に帰ろー!』をぱらぱらとめくる。
 80歳を過ぎてひたすら暗室に向かう一ノ瀬さんのお母さんが痛々しい。
 ボクシングにうちこんだ頃の写真、焼き物の町有田で撮っていた写真は、戦争写真とはかけ離れた作品なのにギラギラするような才能を感じる。

 アンコール・ワットの村での、変わり果てた息子と両親の対面のくだりは、あまりに痛々しくて想像することもやめてしまいたいほど。
 26歳の一ノ瀬さんは、あんなにも自由に、本当の意味で自由に、世界を駆けまわったのに。
 この痛々しさはなんだ。
 なんとなく、この本を見なければよかったような微妙な気分。

 金があったら今日きっと買っていただろうCD。スネオヘアー。曽我部恵一。
 J−POPはほんとに進化したと思う。「これが俺たちのポップスだ」って胸を張れるものになったと思う。
 [サニーデイ・サービス→曽我部恵一]は、進化の度合いが[真心ブラザーズ→YO−KING]の12倍(当社比)ぐらいちがう。

 もう少しいたかったが、ナマ光永亮太と遭遇しそうになったので危うくタワレコから逃げ出す。

2003年07月07日(月)

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■ はなれぐみ。ハナレグミ。

 ハナレグミ、はじめて聴いたよ。

 いい。

 スーパーバタードッグって、個人的にはかなりいまいちだったんだが(あんまり知らんけど)、こんなにいい歌つくれる人たちだったんだねえ。
 美声じゃないけど、しばらく聴いているとすごいなじむ。男声でこんなのって少ない。

 郁子ちゃんが参加しているハナレグミに俺が絡めとられてしまうとすると、
 クラムボナー→ ポラリス――キリンジ――矢野顕子――スーパーバタードッグ(――Husking Bee――Spangle call Lili Line)、という黄金路線に吸い寄せられていくのだろうか。あたかも貧乏旅行者がことごとくインドを目指すように・・・。

 しかしキリンジの新譜、かなりどうかと思うぞ。6曲入りで全曲インストゥルメンタル(カラオケだろ)付き計12曲!! って、「!!」が皮肉にしか見えない。

 そんなことよりセイ小(登川誠仁)の新曲欲しい。

2003年07月06日(日)

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■ もんく

さあ、盛り下がってまいりました。


俺が。

2003年07月05日(土)

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■ 傘をさす 傘をささない、 蛇を踏んだ

 どうしてあの人たちは傘をささないんだろう。こだわりがあるのかな。
 と純粋に不思議だった。
 今、少しの雨に我慢して屋根のあるところに入ると、頭の上を叩く音の激しさにはじめて、少しの雨ではなかったことに気付く。
 いつのまにか、傘をささないほうの人種に属してしまったようだ。

 やっぱり雨は嫌いだ、と、ある人は言う。
 俺は俺で、どんどん雨が好きになっていく。
 質感を増す世界。奥行きが強調されゆく、見慣れた両手の周りの空間。

 意味ありげに見えてくる世界を、知ったような顔をして受けとめた気でいるのは、ひょっとしたら傲慢なことかもしれない。
 雨が嫌い、ときっぱり言える人は、俺と違う見方で世界をつかもうとしているんだろう。

 ・・・山登りの途中の雨でなければね。

2003年07月04日(金)

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■ うお

本日は閉店致しました

2003年07月02日(水)

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■ 無

 風呂に入っているときからずっと考えていたけど、書きたいことが見つからないので、今日は潔くやめにします。
 だいたい人はなぜ日記を書くんだ。まったく。

 済んだ事に用はなし。もう今日限りやめる也。<内田百��

 って俺も言えたらね。

2003年07月01日(火)
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