ゆれるゆれる
てんのー

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■ 「チルソクの夏」、ワーナーマイカルシネマズ防府

 週明けである。なのに今日は何もなくて暇である。
 週明けに暇なのは悲しいくらい居心地が悪い。

 暇、というのを言葉を代えて言うと、お休みである。
 素敵な言葉だ。

 「チルソクの夏」を観に行った。
 目指す映画館は広島からはるばる130キロ離れた山口の防府にある。
 片道の電車代が映画のチケットより高い。
 つまりiwammy氏はそれだけの期待をして行ったわけである。

 広島でやっていないから仕方がない。
 マイナー映画が広島を素通りするのは毎度のことだから別にいいが、この映画は今のところ山口と福岡でしかやっていない。東京も大阪もやっていない。ざまあ。
 それにしても、せめて岩国でやってくれれば・・・というのはiwammy氏の愚痴である。

 上映が2回しかないので、暇つぶしに「全国12000天満宮の元祖」にして「北野、大宰府と並び日本三大天神さま」という防府天満宮にお参りして、合格をお祈りする。何の合格だかよくわからないが。受験時代はここのお守りにやたらお世話になった気がするが来るのは初めてだ。
 20センチくらいの子猫が2匹、参道で雨にちぢこまっていた。

 1977年7月7日、下関と・・・あ、めんどくせ。

1977年、下関市。姉妹都市釜山との親善事業として、毎年夏に開催される関釜陸上競技大会に出場した長府高校の陸上部員郁子は、同じ高跳び競技の韓国人の男の子、安大豪(アンテイホウ)に出会います。戒厳令中の釜山の夜に宿舎まで会いに来た安に郁子は淡い恋心を抱きます。

来年の夏の再会を約束する2人。それはまさに七夕(韓国語でチルソク)の逢瀬。携帯電話もメールもなかった時代、日本と韓国が今ほど親しくなかった時代。それは、日本の歌を歌ってはいけない時代でもありました。

安の母親、郁子の父親、それぞれの葛藤の中で、郁子の切ない初恋をなんとか実らせようと奔走する、同じ陸上部の真理、巴、玲子の3人。そして1978年の夏、下関に釜山の高校生たちを乗せた船が着き、少女たちの想いが奔流のようにあふれ出します。そして、26年後の2003年。郁子の胸に湧き上がる、17歳の少女だった「あの夏」・・・。

とまあ公式サイトよりぱくり。


 泣きましたが何か?
 6人しか客がいなかったから俺のすすり泣く声、響きました。

 主人公の郁子(いい名前だ)よりも、真理がもうとにかくカワイイ。顔じゃなくてね。
 展開が自然だし、うざいBGMでごまかさないし、ラストまで観て、これこそが映画だなあというのをひしひし感じた。
 ラスト、すごい好きな感じ。
 もうね、一言じゃ言えません。ブチえかった(山口弁で)。
 あと山本譲二はまりすぎ。なんかすげーかっこいいぞ。せりふもいいし。なんか。

 帰りの電車の中でも、「なごり雪」をずっと口の中で歌ってました。
 泣いたの、この歌のせいかなあ。

2003年06月30日(月)

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■ もう半年寝るとお正月

ねています。


ねているので、更新できません。



寝言が聞こえる

o0O(((“ぐっすり”の語源が“グッドスリープ”だということを知ったらしい)))

o0O(((でもあんまり役に立たないことを知ったそんな6月末らしい)))

2003年06月28日(土)

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■ 男の勲章、チューハイ愛でる姫君、民主党平岡議員習へ

 最近、歯をみがいてても「おえっ」とならなくなってうれしい。

 聞いているだけで朝っぱらから気持ち悪くなる、歯磨きをするおっさんたちのあのうめき声。
 世のオヤジどもをなかば憐れみの目で眺めていた、若かりし俺。

 でも初めて歯磨き時の「おえっ」を体験してからは、おっさんを見る視線が変わった気がする。

 あれほど苦しい思いをしても、必ず歯を磨いてから出勤するお父さんたちは衛生観念のカガミである。

 人前でツマヨージをしーしーするおっさんたちが嫌われるのと同じで、理解されない身だしなみのポリシーである。

 人前でおならをする奴としない奴と、どっちが不健康かはわかったものじゃないのだ。
 ミニスカートをはく奴と覗きこむ奴と、どっちがエロいかは実際わかったもんじゃないのと同じである。

 あの「おえっ」はほんとにきつくて、俺ももう死ぬんだなと覚悟したことが何度かある。
 目には涙がたまる。しばらくのどがひくひくして、のどちんこのへんがうにゅうにゅするような感じがする。

 なくなってみると朝ってこんなに気持ちのいいもんなんだね! と心から思う。
 なんとなく鏡に向かって笑顔の自分を確認してみる。
 頭が良くなったような気さえする。



 某駅から女子高生がどやどや乗ってくる。
「ねえ、ちょい100円貸してくれん?」
「えー、いいけど何に使うん」
「すぐ返すけえ。あと100円あったらチューハイが1本買えるんよ」
「はい、100円ね」

 俺が親だったら泣いて悲しむところだ。
 16か17歳にして、借りた金で酒飲んでんじゃねえ〜!
 酒は楽しくおいしく飲め!



 今日の中国新聞。特集『問われる野党 「政治改革」から10年』

――野党には自民の対立軸として政権交代を狙う熱気が感じられません。
 政権奪取のためならどんな手でも、との意見も党内にある。例えば史上最強の野党だった細川政権下の自民党は、細川護熙首相のスキャンダルを執ように攻撃し、政権奪回に結びつけた。それに習へという声だ。


 そうだ習へ、習ひたまへ。
 さすが中国新聞。俺のツボ見抜かれてる。

2003年06月26日(木)

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■ 「都のセイヨク」

 今日まで書こうという気にもならなかったんだけど、今日の情報だと組織的な犯罪だったんだな。スーフリ。

 個人だろうが、組織ぐるみだろうが、レイプはレイプ。救いようがない。

 と、言うのは簡単だけど、こういう犯罪組織を生み出す背景があったんだと、少なくとも思わなくちゃいけないはずだ。

 そんなに簡単に人は変わりゃしないよ。「信じられない。最低」とか言って他人事みたいに済ませる奴ほど信用できないものはないよ。これだけはぜったいそう思うぞ。

 あんまりにもあんまりにも情けなくてな。書いてしまった。

2003年06月25日(水)

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■ ちょっとの、どきどき。

 次のうち適当なものを一つ選べ。




 という日記はアリなんだろうか。

 俺はこういうやつ大っ嫌い。本末転倒じゃねえか。ああ、倒錯。

 ああ、ドキドキ。

 騙すつもりはなかったの。


 充実した一日を送っていないのがバレバレだなあ。

2003年06月24日(火)

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■ そんなわけで

 そんなわけで長らくお休みしてました。さりげなく過去の日記を差し込むのはなぜか悪事の気分。

2003年06月23日(月)

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■ 広島祭 その2

 あめあめあめ。昨日akko嬢はホテルに戻ったのでよく考えると野郎が初対面の女の子の部屋に転がり込んだのと同じことになり、どっちが野人だかわかりゃしないんだが、ご安心を。俺はマレーシアの「女系社会」ですっかり牙を抜かれている。Kは前科もあり(伏せておくが)、どうだか知らない。

 それでakko嬢は来広の目的である親戚訪問に行ったので、野獣もとい野人は3人そろって錦帯橋ドライブ。せっかく広島まで来てもらったのに、出かける先が山口県というのも広島人として情けない話ではある。

 ケツの緩みで体調が悪く、情けなさが増幅する。

 さっちゃんの彼氏ゲッツ話をひやかしつつインド行きを夢想する。ちょっと一緒にメシ食ったりしてたぐらいである晩ドミトリーに二人きり→なるようになれ→気がつくとその彼氏の住む岡山へお引越し

 そんなのありなのか。ありなのか。そんなのあるならインド行くぞ。さっちゃんもう一度インド行かない? 俺がさりげなく二人きりになってみせるぞ。あああ頭悪すぎる。人間、じぶんの頭悪さを自覚できたら一人前である。と俺は弟に常々言い聞かせている。

 宮島口であなごめしを食って帰る。白焼きが真面目にうまい。

 岡山からカブに乗ってきたさっちゃんはKのプジョーとガチンコレースして帰っていった。岡山へ引っ越すのも、東京からカブでやってきたらしい。平均時速60キロだそうだ。

 眠いので9時ごろ寝る。

2003年06月22日(日)

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■ 広島祭 その1

 よくわからない集まりが好きな人たちがやってきてよくわからない集まりをすることになった。

 岡山のKから昼過ぎに電話がかかってきて「昨日夜中に電話したような記憶があるんだけど、幻かもしれないからちょっとかけてみた」と言った。
 こいつ、酒を飲んでの電話魔上戸ぶりはちっとも治っていない。なんでも昨夜はアルコール度数90度の燃えさかる酒を飲んでいたらしい。

 Kは仕事の関係で小学生とサッカーをしないといけないのでその後で行くよ、よろしく、とその「幻の会話」とまったく同じ内容のことをしゃべってから電話を切った。きっとしらふでも泥酔状態でもたいして変わりないんだろう。

 言いだしっぺのakko嬢はKの他にもあちこち声をかけていたみたいで、もう一人彼女の親友「さっちゃん」がお好み焼きを食べに駆けつけるということだった。どんな人か知らないがakko嬢のサイトでは一言「野人」と紹介されている。

 時間があるから今日広島公開の「女はバス停で服を着替えた」でも見に行くか、地元出身の戸田菜穂が舞台挨拶するらしいし、と思ったが調べてみるとあんまりにもつまらなそうなのであきらめ、じゃあ「スパイ・ゾルゲ」でも見るか、と思ったが予想よりずいぶん長い映画のようなので入り口で引き返し、うーんうーんとうなっていると約束の7時になったのでパルコ前で張る。

 それにしても待ち合わせスポットで知り合いを待っている人というのはどうして揃いもそろってダサく見えるんだろうか。などと暇つぶしに考える。

 一応唯一の広島人としてホスト役を果たすべく歓迎プランを練っていたが、Kのツルの一声で流川の「五エ門」でお好み焼きを食うことになる。Kはまだ岡山県内を走行中なのにみごとな遠隔操作である。くやしいけれどビール会社社員の「ここが一番うまい!」という意見は説得力がある。

 Kご指名の店でなければお好み焼き断固保守派として「キムチ入り」「もちチーズ入り」などという邪道はテーブルをひっくり返してでも阻止しているところだが、ここは笑って心の広いところをアピールしておく。それにしてもちゃんとおいしい「そば肉玉」を出す店なのにもったいない。

 新・広島名物「激辛つけ麺」もあったのでここぞと頼む。インド旅で何か得体の知れぬ進化を遂げた女性2人も、以前インドで赤痢をもらってきたKも、もちろんマレー帰りの俺も、どいつもこいつも唐辛子の逆上的な赤さに性的興奮を感じるタイプと思われる。

 辛さ10倍で撃沈。5倍からの倍増はかなり反則ぎみに厳しく、次の日昼ぐらいまでケツの穴が火照って緩んでたまらんかった。

 重すぎる晩飯を腹に抱えてまたまたKの手引きで(悪いやつみたいだが)とある雑居ビル5階の「Stevie’s」に移動して2時まで飲む。スティービー・ワンダーだらけ。スナックやスタンドばっかりのビルで知らなきゃ絶対たどり着けない。店長アフロキャラ。奥さんかっこいい。

 広島に単身赴任中で休みに地元へ帰っている、さっちゃんのおじさんの部屋にお邪魔させていただく。部屋の電灯のひもにくくりつけられたエンジ色のネクタイが哀愁を漂わせる。

2003年06月21日(土)

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■ (ええと)

 (たくさん書いていたんだけど、やめちゃいました。代わりを書く気力は今ないので、今日もお休み。じゃあおやすみなさい。)

2003年06月20日(金)

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■ いや、無理だって。カープの優勝は。

 今日は少しずついやなことがあったんだが、清原のホームランを見たらなんだかどうでもよくなってしまった。
 あんだけ豪快なやつを打たれればむしろすっきりするだろう。よかったなあカープ。

 最近は日テレの巨人戦中継も変に物わかりが良くなってきて、つまらない。
 いつかカープが巨人相手に15対4とかやってたとき、試合途中なのに9時ちょいすぎくらいでいきなり、

アナ「今日はこんな展開ですので中継を終わらせていただきます」
解説の江川「そうですね、明日はがんばってほしいです」

とか言って終わっちゃったことがあったが、そんな東京の横暴があったからこそ「巨人がなんぼのもんじゃ!」なんてカープファンの団結があったりした。中立的な報道というのはつまんないものだ。

 ホームテレビ(広島のテレ朝系列ね)の解説者に、ヘッドコーチ時代「鬼」と呼ばれた大下さんというのがいて、露骨な偏向トークをやってくれるのはこの人ぐらいになってしまった。
アナ「おっとここでヤクルトは代打の○○ですね」
大下「こりゃあ佐々岡も助かったねえ。打てん選手をわざわざ出してくれてから。見てみんさい、全然打ちそうな体しとらんじゃろう。まあよくてセカンドフライじゃね」
アナ「・・・大下さんは断言されていますが、さあ初球を・・・打ち上げた、セカンドの東出が手をあげる」

 ナゴヤでのカープ対中日戦あたり、AMラジオの中継に聞き入っていると、前はよく権藤某という解説者が出てきて、これがひどかった。まあ、どっちもどっちよ、なんて思えるようになれば、いっぱしのオヤジ野球ファンなんだけれど、最近は優等生みたいな解説者と、データにも戦術にも妙に詳しいアナウンサーばっかりで、いっそどっちもいらないんじゃないか。

 ・・・書くことねえな、と思っていたのに、カープのことなら書くわ書くわ。けっこう俺カープ好きなのね。

2003年06月18日(水)

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■ 街に出よ、書を買おう

 スーツで街に出る。
「ああ、忙しいんだな。」
「まだこなれていないな、学生さんかな。」

 ジーンズで街に出る。
「休みかな。」
「バイトくんかな。学生かな。」

 広島ではすべての行動に言い訳が必要だ。
 良く言えば「おや、どちらまで」「ちょっと、そこまで」の、言葉の意味とは関係ない挨拶だけれど、俺などは普通そうは感じない、ただ不愉快になるだけだ。関係ねえだろ。と。

 東京では言い訳はいらない。不審者にならないように気をつければいいだけだ。誰も俺なんかに興味を持ってくれないのを、気楽と感じるか、どうか。

(よその国へ行くと、何して暮らしてんだか、暇そうな怪しい人たちばっかりで、嬉しくなる。)

 帰りに、内田百�痢愨撹患官狄鑄�』を買う。
「読みやすい新字新かなづかいで復活!」。これが宣伝文句だと思ってる新潮文庫。
 ユーモアとはこの人のことだ。と思う。
 それにしても、いいなあ。こういう笑い。この人の日本語。

 まだ途中だが、前半では「立腹帖」がお気に入り。なんともいえない、ニヤニヤしちゃういい感じ。「続立腹帖」は全体が「立腹帖」のオチみたいで、すごいなあと思う。

 よく同じように取り上げられるが、永井荷風の風流人ぶりは俺の趣味じゃない。ありゃ俗物じゃないか、君、と声を張り上げたいのである。
 張り上げてみよう。けれども百鬼園先生はにやにやするばかりで何も言わない。

 ふと思ったが、こういう門人を持てたというところに、じつは漱石の漱石たる所以があったのかもしれない。
 せっかくロンドンに留学したのに、難しそうな顔をしていらいら、いらいら、部屋に閉じこもってばかりいたというのはずいぶん百�里佞Δ文�景じゃないかと思うんだが。

2003年06月17日(火)

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■ いなか自慢

 町内会長が会費数百万円をパクって雲隠れしたらしい。伏字の報道だったがうちの町内だとか隣だとか。
 家族が全額返済するのだそうだ。

 日本へ帰った当初、コンビニは増えているのにヤマ○キだけはうちの市内では絶滅状態になっていたのが不思議だったが、そのうちの一軒はオーナー店長が逮捕されたのが原因。古い菓子パンをあげるのと引き換えに女子中学生のチチをもんだのだとか。
 ってその中学校俺が行っとった所じゃろうが。

 やっぱり帰ってくるべきじゃなかったのかもしれない・・・。
 俺もあっという間にそんなアフォウどもの仲間入り。しちゃうぞ。
 ねます。

2003年06月16日(月)

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■ はなちゃん、万波佳奈たん

 なんか、梅雨、って感じの肌寒ーい週末。
 今日は一歩も外に出ないままだった。

 なにやってたんだ?
 ああ、延べ4時間も教育テレビを見てしまった。ていうか。
 3年前:民放オンリーのテレビっ子、一人暮しのテレビはボールより友達
 →2年前:NHKスペシャル、NHKアーカイブス萌え
 →1年前:海外で日本のドラマ、バラエティの質の高さを痛感
 →今年: しかしテレビをほとんど見ず、見たいのはいつも教育テレビ

 急速な高齢化が(俺の中で)進んでいると思われる。
 まあね、「NHK杯囲碁トーナメント」は日曜の行事として仕方ないとして。
 いや、白状すると司会役の万波佳奈2段最高なんすけど。雰囲気とか。
 解説のおっさん棋士どももえらい嬉しそうで笑える。かつくやしい。

 最近やばいのが「新日曜美術館」。その日のうちに再放送するのがいかにも教育テレビで◎。
 はい、白状しますがはなちゃん、昔から好きです。かなり。
 先週は俵屋宗達の「風神雷神図屏風」特集、今週は京都の細見美術館。ストライクゾーンど真ん中。
 この番組は「世界遺産」みたいにおおげさでない所がいい。美術だ、芸術だ、と力を入れすぎず、一般人の、目で見て体で感じる感覚を大事にしていて、かえって信頼できる。
 能書きで判断するもんじゃないからね。こういうのって。

 細見美術館には一度だけ行ったことがある。京阪の出町柳からのんびり歩いて東山二条の美術館まで行ったが、正直、「京都」「文化」に圧倒された。さすが個人所有だけあって、なにもかもセンス良すぎです。まあ、東京人にはまだまだ作れない場所だろう。広島は問題外として(日本中に言えるが、公立はダサくて節操がなく、個人経営は成金臭が)。

 この美術館で初めて伊藤若冲の絵を見たときの衝撃は、たぶん忘れないと思う。
 この人の水墨画は、限られた色づかいの中で、まるで生き生きとして、昨日完成したばかりみたいに見える。ウキヨエだってゴッホに影響を与えたかもしれないが、若冲の新しさときたら今でもびびるくらいだ。
 んー。絵を語れるようなキャラじゃないのは重々承知。

「日本はすごい国だ」
「んなこたねえだろ。なんで」
「日本には教育専門のチャンネルがあるというじゃないか。俺たちの国じゃ考えられない」
という、まあ誤解も交じっているようだがよく聞く話。
さて、ねるか。


↑投票ボタンでもある


2003年06月15日(日)

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■ オスマンからの手紙

 オスマン(仮名)から手紙が届いた。
 とりあえず読んでみた。すべて原文どおり。



 お元気ですか? 私はオスマンと申します!!! さあ、何にをいたしますか? 旅行生の教えるをさせるは???
 あなたのMartial Artsを知りますか?
 いくらMartial Artsのアイキドそしてニンポ、タイシュツ、Taekwondoを魅惑して でもぜんぶの技術は面白いだと思います。多分いつか我々は私の出来事を見つかせるとしなきゃ。
 TaekwondoはいいMartial Artsです。
 あなたは何にを召し上がるな好ですか?
  Osuman *** ***
 (以下アドレス)



 オスマンのために弁護すると、彼の日本語がまだまだなのではない。
 突っ込みどころ満載のこの手紙に、突っ込んじゃいけないのである。
 万一そんなことをしたらどんな恐ろしい事態が待ち受けているか、オスマンを知っている人間なら震え上がるであろう。
 そうですか、大変ですねえ、と言っておくにこしたことはない。

 ああ、オスマン。
 頼むからこんな、返事のしように困るエアメールを送らないでくれ。
 俺なに書きゃいいんだよ。。。
 合気道も忍法も体術もテコンドーもしらんよ。。。
 そして君はこんな手紙を送ったことも忘れているだろう。100リンギット賭けるが。

 そして、フランス語も韓国語も北京語も(強引に)初級を終えたオスマンよ、気付いてくれ君には語学力以前に必要なものがあることを。
 ― そ ― れ ― は ― 会 ― 話 ― 力 ― 

 俺が言うなって。そう俺が言うなって。


↑押すとメッセージ。これ嫌いだったんだけどひきつづきてすーと。


2003年06月14日(土)

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■ そんな日もある

 人生には後ろ向きな時期というのがある。
 ・・・ということにしないと、体が持たん。

 いまどのくらい後ろ向きかというと、日記の見た目ばっかりいじってみたあげく去年の日記を読み返してしまうくらいの重症急性後ろ向き症候群。
 そんな日もあるさー。
 そうさー。

 )^o^( ←デブ? 不覚にも笑ってしまった


↑てすとだ。だんだん賢くなる


2003年06月13日(金)

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■ あめのうずめのみこと

 帰り際、つい立ち寄った紀伊国屋で沖浦和光『「サンカ」について』を立ち読み読破。2時間。肩こりまくり。
 とかアホなことをやっている俺も、日記はとどこおりがち。忙しいのか。

 広島ってサンカの重要な拠点の一つだったのですね。天明の飢饉位後の流浪民かと思われ。ロマンティックな論争を排したこの著者の姿勢には共感。なにが縄文先住民族じゃ。なにがアメノウズメ後裔じゃ。と思ってみる。
 ただ、まったくそういうのがゼロじゃないのだろうな、とも。
 柳田國男の「山人」じゃないけど、こういう空想をしてみたくなるのには何かしら文化的背景があるのかな。そっちのほうも知りたい。

2003年06月12日(木)

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■ 一回休み

 1時間書く事に悩んで、けっきょく思いつかず。
 きょうは、一回休み。



 梅雨に入りました。

2003年06月10日(火)

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■ 7月23日発売。

 借金のために働く者は、幸いである。
 人生の意味なんて愚問にかかずらうことなく、明日を心配できるから。
 人生の意味にこだわる者は、幸いである。
 少なくとも借金で首が回らないほどではないはずだから。
 さいわいなるかな、天国は彼らのものである。


 クラムボン、ワーナーとの契約終了。打ち切りではなく、契約満了ということらしい。
 今後はコロムビアか。またはインディーズレーベルか。
 たいへんですなあ。金儲けバンドじゃないとはいえ。

 そして、最後にベスト盤を出してワーナーを去るらしいので、哀しいファン心理の俺はさっさと予約しに行ってしまうのであった。
 おまけでビデオクリップを集めたDVDがついてくる。
 買う人もほとんどこれ目当てだろう。

 電子音ピコピコに傾倒して滅んでいったアーチスト
 (クラムボンもサラウンドの頃はかなり言われた)
  ・・・・・・スーパーカー、くるり
 大手レーベルとの契約終了→人気じり貧→消息不明のアーチスト
  ・・・・・・advantage Lucy

 ああ悲しいかな、これらは俺がはまり始めた途端に滅んでいったバンド達でもある。
 くーらむぼん! くーらむぼん! くーらむぼん!

2003年06月09日(月)

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■ 日本! 日本!

 おっす、今日もよく来たな
 人間にぶちあたんなきゃ、おもしろい日記なんて、書けるわけねええええよ。

 ええええええ。
 おおおおおお。

 自分の周りにいる人間を憎め。
 真剣にダメ出ししろ。
 口に出して、文句を言え。

 そして、
 愛する。

 じゃなきゃ、彼女なんて
 いらねーんだよ。

 あなた自身に向けるのと同じくらいに、
 あなたの隣にいる人を、
 愛するように。

 (隣にいない人を、愛さないように。)

 世の中には二種類のやつがいる、
 かっこいい奴と、かっこよくない奴。
 いるのは、そのニ種類だけだ。

 あるいは、こうも言える。
 おもしろい日記を書ける奴と、書けない奴。
 いるのは、その二種類だけだ。

 あんたは、どっちなんだよ。  
 胸に手をあてなよ。そして答えを教えろよ。

2003年06月08日(日)

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■ はれ。のち かみなり。

 なにごとも、なく。ゆうはんなど、つくる。

2003年06月07日(土)

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■ 高校がなくなるYO

 なんだか母校の高校がなくなってしまうらしい。

 少子化で大騒ぎの中、再編の波をもろにかぶった、というところだろうけれど、それにしてもあっけないものだ。

 しかも、なにげなく某巨大掲示板を見ているとその母校のスレッドがあったので、覗いてみると叩きのめし祭り上げの嵐。興奮のあまり「氏ね」がそのまま「死ね!」になっている。はあ。

(関係ないけど、掲示板の表現というやつ、面白くて注目している。片仮名のシとツ、ンとソあたりの書き換えは単純だけど、ケコーンとかハケーンとかいう表現、よーく考えていくと、日本語のリズムとか音とかについて、一般の日本人がどういうふうに捉えているか、すごくはっきり見えてくる気がする。これこそが、人間に密着している正しい日本語なのにね。優等生である日本語オタク諸先生にはわかんないだろうな。)

 話がずれた。

 母校(以下D高としよう、ドキュンだから)の評判はこのところひどい。やれ国公立進学者が一ケタ台しかいない。やれ風俗の女の子の出身校ランキングで指折りの上位(広島市内)。統合なんてどうでもいいから早く廃校にしてください。娘が怖がってバスに乗れません(地域住民の声)。

 たった数年で変われば変わるもんだ。

 俺がいた頃はせいぜいチャリンコで帰宅途中に子どもをひき殺しちゃうくらいだった(すごい急坂&細道なの)。周りの高校と比べても露骨に野暮ったかったけど、まあそのぶん素朴だったし。

 教育実習に行った3年前も、そんなに変わってねえなと思ったのになあ。
 県教委の計画だと、海ぞいにあたらしく理数系のトップ進学校を作るらしい。そこに組み込むということで、まあつまり跡形もなくなってしまうということらしい。

 まあいいや、がんがれ。去年の偏差値42という報道にはさすがに呆然としたが時代の流れ、人の流れが変わったんだと思うことにしよう。

 そしてさらば母校。

2003年06月06日(金)

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■ あるくあるく。

なんだか衝動に突き動かされて、歩く、歩く、歩く。
 うちへ帰ろうとした夕方、5時すぎではまだまだ、昼過ぎみたいな太陽の高さだ。

 もったいないので、八丁堀から本通りを抜けて、モルモン教のチャリンコ宣教師を意味なく尾行しながら平和公園に入り、すごい数の修学旅行生と観光バスを眺めながら、また一往復して川沿いを時速5.5キロで歩いていく。空鞘橋、寺町、十日市、観音。21世紀の下町の道には車や自転車はやたら多いけれど、歩いているのは、暇人の俺と散歩中のじいさんぐらいのものだ。

 4歳ぐらいの女の子がおばあちゃんとバドミントンをしている。
 散歩のじいさんはパジャマ姿である。しかも異様に目つきが鋭い。

 高そうなマンションが堂々と景観に割り込んでいる。おかげで怖いような静かさだ。

 西広島まで歩いて電車に乗った。

 降りた駅からうちまで、また3キロ、40分ほどの道のりである。やけくそみたいにがしがし歩いていく。

 帰ってしばらくしてから、やっと暗くなり始めた。三日月より少し太い月がいやに美しい。

 あぢさゐの季節になりましたね。はやいものです。
帰り道の紫陽花


2003年06月05日(木)
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