マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 (日記) 流石遊び心うごめく5月か…。


木曜日はGW前の平日なので暇だと思いきや、結構賑やかになってくれて良かった。
とらさんも「もしかしたら今日は天気も悪いし僕一人かも知れないなぁ…と思ってたんだけど…」と言っていたが、カウンターが埋まり、安心してくれた。

こんなにお客さんに客の入りを心配される店ってぇのも、なかなか珍しい・・・・・・(笑)
なんかウチの店はお客さん事態が経営者の気持ちを疑似体験できる不思議感覚な店らしい。(汗)

昨日は昨日で中々盛り上がり、退院後の店の成績は先ずずまずと言ったところだ。

今日も楽しみなお客さんが来る。
そして今日はAKIKOさんのお手伝いが。

ところで…。
今は筍の季節。

筍とフキの煮物も良いし、若筍煮も良いし、粉鰹煮も良いし、木の芽焼きなんかも良いし、もちろん筍ごはんも・・・・・・。

でも、大抵そんな感じにおさまってしまう筍。

なので昨日は牛肉のコマ切れと、筍の薄切り(5ミリ幅くらい)と、きぬさやを炒め煮にしてみたらコクがあって旨かった。(きぬさやはパリパリ感を残すため、筍が煮上がった後で最後に加える)

後はたまに筍のバター焼きなんかにもしてみるけど、コレも旨い。
コレも5ミリ幅くらいの薄切りが良い。
味付けはコショウと醤油のみ。


さぁ、今日明日はどんな日になるのかなl……。
誰が覗いてくれるだろう……。


もうすぐ5月4日が来る。

その日のときめきも日々増してくる。

4日の日はYOSHIMI親子も来てくれるそうだし、てつも来るし、大池も来るし、その他常連組も来るし、とてつもなく賑やかで楽しい日になりそうだ。
きっと再びあの悪夢のような、あきら&YOSHIMIの「さそり座の女」デュオが聴ける事だと思う。

コレは乞うご期待!!!

4日の日は何を仕込もうかな。
今からソワソワドキドキ。


2012年04月28日(土)


 (日記) 昨日はもう一個嬉しい事が。


何んと、二年間転勤で中国に行っていた「てつ」が、とつじょ松本に帰ってきてくれた。
てつはアタシの母がエポックをやって居た頃からの常連で、当時てつは20歳そこそこ、アタシも30歳そこそこからのお付き合いだ。なので身内客も良いところ。

つい二〜三ヶ月ほど前に中国の旧正月で帰国した時にも会えたのだが、今回はどうやら正式に松本に帰ってきたみたいだ。

長年店をやっていると出会いと別れの連続で、いくら常連になって家族のように触れ合っても転勤や結婚で離れ離れになっていく人が多い中、戻ってきてくれる人がいると言うのは大変心強く嬉しいものだ。

昨夜はGW前の、オマケに給料前とあって、11時近くまで誰も来ず、来るはずのとらさんもコンサート後の打ち上げで盛り上がっているのか、いまだ姿を見せない。

「誰でも良いからきてくれぇ〜〜〜!!アタシャ寝ちゃいそうだよ・・・・・・」

そう呟いたところに、てつが同僚のケンヤンと二人で来てくれて、ほどなくダウアーが……。
てつとダウアーはからくり仲間なので「あれぇ〜!! てつさんじゃないですか!!」『おう!!ダウアー!!!』と言う事で互いの再会をたたえ合いながら乾杯。

そしてほどなくしてとらさんもご登場。

(あぁ、お茶挽かなくてよかったなり……。あぶないあぶない……)

てつが中国滞在中、通訳兼お手伝いさんとして、てつの世話役を務めていた女の子があまりに健気で良い子なので、ぜひとも日本人大好き人間で、質素で謙虚で家事は何でもこなせるという昭和の良き時代のヤマトナデシコ魂の彼女に、日本で婿を見つけてやろうと思っているてつは、早速ダウアーに打診をはじめる。(笑)

ダウアーに彼女の写真を見せ、彼女の涙ぐましいほどの性質&性格の良さを猛アピールし、挙句の果てには彼女に国際電話をし、声お見合いまでさせる始末(笑)

ダウアーも途中で「可愛いわ!!ホントに!!」などと叫びつつ、まんざらでもないご様子。(笑)

いよいよ「からくり箱」も国際結婚の橋渡しステーションになるか否や!?
乞うご期待!!


とらさん、てつと言う真新しいからくり仲間を見て「ここは本当に毎回毎回楽しい人たちが来る店だねぇ……」と、大喜び。

とらさん、今回は土曜日まで松本に滞在するそうなので、後二回ほどはからくり箱に来てくれるそうで、少なくとも土曜日は是非コマキに会いたいから来ると言っていた。

何しろ昨日も面白い日になった。

土曜日は賑やかになるかな?


2012年04月25日(水)


 (日記) 5月4日はケンさんたちが来てくれる!!


本当だったら22日の日曜日、アタシは新宿のシャンパーニュでケンさんと、ケンさんの前座で出演しているお友達のホッコちゃんのシャンソンを聴くために東京に行っているはずだった。
年に一度のぜいたく。ひそかで大きな唯一の楽しみ……。

日々コツコツと貯金し、往復のバスとシャンパーニュの予約をし、準備万端整えていたところにあの病気騒ぎ……。
あえなく貯金は医療費と生活費の一部として全て消えてしまい、アタシのささやかな夢も希望も儚く散ってしまったのだった……。
入院前、泣きそうになりながらバスとシャンパーニュの予約をキャンセルしたっけ……。

ケンさんが5月の4日に来てくれるという事は事前に解っていたのだが、でもアタシが入院したりで、アタシ自身の状態がどうなるか皆目解らなかったので、ケンさんもどう予定を組んだらいいのかかなり悩んでくれた事だと思う……。

なのでケンさんにメッセージを入れたのだが、しばらくお返事は来なかった。

(アタシの方がハッキリしなかったから、もうきっと、他の予定を入れてしまったのかもしれないなぁ……。それも不運のなせる技)
と、毒食らわば皿まで状態の不運続きに、アタシは一人うなだれ、失笑するばかりだったのだが……。

やはりアタシの苦しみと喜びは常に表裏一体の場所にあるようで、5月4日(金曜日)にケンさんたちが来てくれる事が昨日確定しました。(感涙)
ケンさん、悩ませてしまって申し訳なかったですね。でも、本当に嬉しいです。
ありがとう……。
一年間この日が来る事を心ひそかにずっと待っていましたもの……。

金曜日は是非ひとりでも多くの方に集まっていただき、ケンさん達の人柄と、松本くんだりでは中々味わえぬ摩訶不思議な狂乱の雰囲気に触れていただきたいと思います。(笑)

いまからそわそわドキドキ。
4日は何を仕込みましょう……。



なお、今夜はとらさんが東京から遊びに来てくれます。
とらさんはもう今回が12回目の来松。
なんでも松本でフォークシンガーのコンサートがあるらしく、それと合わせて来てくれるそうです。
松本城の桜もまだまだ健在みたいだし、うまく行けばライトアップも見られるかもです。

先日とらさんは浅草の東洋館でアタシの同級生の「くれない組」さん達の舞台を観てきたそうです。
その話を聴くのも大の楽しみ。

なんだか、病み上がりは良い事続きで、嬉しいな・・・。


この幸せ感、お願いだからもうしばらは続いてよね……。(汗)



2012年04月24日(火)


 (日記) この二日間で感じたシアワセ。


やはりアタシは店に居てナンボのものなんだよな……。と、この二日間あらためてシミジミと感じることができた。
それと共に、お客さんがあの店に来る事でストレスを解消している以上に、アタシが皆の顔を見る事でストレスを解消できているんだよなぁ……と言う事も。

金曜は今年の恒例天気になりつつあるような?、降ったり止んだりの天気。
昨日は雨は免れたものの、やはりはっきりしない天気。
でも、20日間も店を閉めていた割には、アタシの復活日記を読んだ常連さんたちが駆け付けてくれて、アタシの顔を見るなり「ママが戻ってきてくれて本当に良かった!!すごく 嬉しい。無理だけはしないで休み休み仕事するんだよ」と、口々に言ってくれ、アタシはそのつど嬉しくて懐かしくて泣きたくなった。
久々に故郷に戻った感じだ。

AKIKOさんにも「やっぱりこの店はマキさんが居ないとダメなのよ…。」と言われ、「え〜っ!? そうなのかなぁ……?」と、嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちだった。

アタシは毒舌だし、お客さんにとって癒し系のママさんでは決してなく、むしろ、マツコやマチャミのようにお客さんにツッコミばかりを入れ、揚げ足取りな、超意地悪人間である。

なのでアタシが留守で、たまにはAKIKOさんやコマキのような聖母系の人間がカウンターに入っていれば、新鮮だし、鬼の居ぬ間の洗濯で、お客さんはもろ手を挙げて喜ぶのではないかと思っているので、意外な言葉だった。
ウチのお客さんはマゾが多いのか……(?)

それにしても、今月に入ってからアルコールの類を一滴たりとも飲んでいない。
アタシって結構マジメでしょう?

お陰さまでアルコールを取らなくても手の震えもなく、禁断症状もないので、アタシはこの世からアルコールがなくなっても多分苦しむ事もなく生きていけるような気はするけど、でもアルコールのない世界は味気なさすぎる。
会話の弾み方も違ってくるし…。
やはり皆の顔ぶれを見ていると飲みたいなぁ……とシミジミ思う。

明日は退院後の初外来の日なので、検査の結果もアタシの病状もハッキリするだろうから(?)それによって少しは飲んでも良くなるのかダメなのか決まるだろう。
試験の結果発表を見に行くみたいなドキドキな感じだ。

サテサテ今夜は松本城の桜も満開だろうし、毎年夜は店なので、お城の桜のライトアップを見た事がないので、チョンマゲと二人で夜桜見物に行ってこようと思う。
そして今までのチョンマゲの看病をねぎらい、お城の近くのお蕎麦屋さんに寄って、チョンマゲにはビールの一本もご馳走して、ささやかな花見として二人でお蕎麦をすすってくるつもりだ。


2012年04月22日(日)


 (日記)今日からからくり箱の再開です&GWのご案内。


皆さまには長い事ご心配をおかけしていましたが、今日からやっとからくり箱を再開させられることになりました。
何とぞ、病み上がりですので無理をせず、ポチポチやっていきますのでどうかご了承くださいませ。

今日はうら若き(ぇみちん)と二人でやります。
母娘コンビですね。
どうかたくさん遊びに来てくれると嬉しいです。


サテサテGWのご案内ですが……。

GWの入口の29日の日曜日は営業いたします。
代わりに30日の月曜日にお休みをいただきます。

5月に入ってからは、3日4日5日と営業させていただき、6日の日曜日にお休みをいただきます。

ところでですが……。

5月の4日の金曜日は、とてつもなく物凄い日になると思われます。
きっと年に一度有るか無いかの狂乱の宴になる事でしょう・・・・・・。
確定したら改めて日記に書きますのでどうかお見逃しなく!!!!!
その日は来ないと損なこと間違いなしですよ。

さてさて、今日は何を仕込もうかなぁ〜♪♪♪




2012年04月20日(金)


 (日記) やっと店の再開の許可が。


まだ、相澤病院で行った検査結果は出ていないとの事ですが、昨日、常連の事務長(いつも日記に出てくる事務長は相澤病院のお勤め)を通じて、担当医から店の再開の許可が出た事をうかがいました。(やった!!)

ただし、手や足が腫れたり、熱がある時は無理をせず休めという条件と、お酒は検査結果が出るまでの間、絶対に飲まないで、と言う事だそうです。(汗)
なので明日の金曜日からやっと「からくり箱」を再開できることになりました。
皆さま、長い間ご心配をおかけしましたが、ようやく復帰です。

どうか今までの遅れを取り戻すべく頑張りますので、足をお運びくださいね。

ところで今回具合が悪くなって入院したりしてたのですが、人間って、身体を患うと全ての細胞も患うんですよね……。
この半月で、瞬く間に白髪だらけに……。
アタシャ、杜子春か!!!

で、店の再開の許可が出たら自分へのお見舞いに…と思っていたヘアカラーを、昨日買ってきたので、今日チョンマゲが仕事から帰ってきたら、染めてもらう事になっているので、今日一日を準備期間にしたいと思います。

明日はぇみちん、明後日はAKIKOさんの応援をお借りします。
どうか一人でも多くの方に来てほしいです。

しばらくの間は、仕入れ金が乏しい故、食べ物など最小限に抑えて営業したいと思いますが、リクエストがあれば腕によりをかけて何でも作りますからね〜。

どうかよろしく応援のほどを……。


2012年04月19日(木)


 (日記) 14日に退院しました。


アタシにとってはあまり嬉しくない退院だけど、とりあえずは14日に退院しました。

7日の土曜日、前日からの両手の異常な痛みと腫れの為、(H)整形で点滴と血液検査の採血をした際、結果、肝機能の数値が健常者の10倍以上もあったらしく、火曜日の朝、先生からパニック状態で電話があり、相澤病院に紹介状を書いたので今直ぐにその足で相澤に行くようにと言われたのだが・・・・・・、命が危険にされらされていようがなんだろうが、正直アタシは他の病院に行く気など全くなかった。

と言うか、どう考えても行ける状態などではなかった。
(H)先生も他者も、アタシ達がそこまで緊迫した状態などとは思っていないだろうから、皆さまに、しっかり休んで治してくださいという善意の言葉を頂くのだが、それは鬱の人に頑張って!!と言うようなもので、そういう言葉自体がアタシにとっては空しく重くのしかかる言葉でしかなかった……。

ただでさえ3月に痛風で4日も休んでいたし、28日のチョンマゲの給料と僅かに貯めていたお金で月末に払えるものだけを払い、払えぬものは「せめて来週まで待ってください…」と、言っておき、一万の仕入れ金だけを残しすっからかんになっていた時だった。

しかし4月1日から腎盂炎なんかになり、高熱が続いていて、4月に入って、たったの一日も店が開けられなかった上、やっと5日ごろから熱が下がってきたので、金・土で多少は盛り返せるかな?と思っていた矢先なのに……。
あの手の腫れを見た時は、どれほどうろたえた事か……。

「命にかかわる問題なので今直ぐに紹介状を取りに来てください」と言わたが、「ハイハイわかりました」と生返事だけしておいた。

アタシは手が全く動かせないので、チョンマゲが朝食の用意をしてくれていたのだが、30分ほどで又(H)先生から電話があり、「何をやってるんですか!!あなた自身の命が危険にさらされているんですよ!!命がなくなるかもしれないんですよ!!直ぐに来て下さいよ!!」と怒鳴られてしまった。

「仕方ないね…紹介状だけでも貰っておかないと先生も気が治まらないだろうから…」と、チョンマゲと病院に行き、紹介状だけ受け取ってきた。
「でも病院になんて行かないからね」と言いながら、家に戻ったら、(H)先生が相澤にも電話してしまったらしく、今度は相澤病院から直接電話が来て「準備は整ってますから今直ぐに緊急救命に来てください」との事。

そこまでされちゃったら行かない訳にいかないじゃないか……。
病院に行く車の中でアタシはオイオイ泣きながら「どうしよう…どうしよう……」とうわごとみたいに繰り返していた。
命が危険にさらされている恐怖からの「どうしよう」ではなく、入院なんてことになったら又それが借金になってしまう…。その事への恐怖心と、どうしようの方が圧倒的に大きかった。

結局、あれよあれよという間に入院する羽目になり、しかもまだ正式な検査結果も出てないというのにたったの4日間であっけなく退院させられてしまった。

アタシの加入している保険は癌になる前に入った保険なので、当時の保険は免責期間が長く、入院5日目からしか入院費などが下りない保険なのだ。
一度癌になった人間は、もう保険の切り替えも見直しもできない。
なのでなまじ4日ほどで退院させられてしまうと、一銭たりとも下りず、全て自費になってしまう。

退院を聞いた時、「どこまでアタシの人生、皮肉で意地悪にできているんだろうねぇ……」と、チョンマゲと顔を見合わせて失笑してしまったよ……。

結局この入院中に解ったことは、確かに一瞬、異常なまでの肝臓の数値は出たが、痛風になってからほとんどアルコールも飲んではいないし、食べ物も気をつけていたし、今まで薬物はよほどの事でない限り服用もしていないし、一過性のウイルス感染による関節炎だろうと言う事だけだった。

病院食も、痛風や腎盂炎を患ったという経路はむろん病院側にも解っている訳で、しかし、アタシが我慢してずっと食べないでいた、シシャモや、サンマや、すき焼きなども出て来て驚いたくらいだった。(なんだ…あそこまで気を使っていて損しちゃった…)(笑)

現に入院中に日々数値は正常値に戻っていき、熱の出方も緩やかになってきて、先生の見解は「あの数値が長年のアルコールに寄るものなら、こんなに急に数値が減っていくものではないし、あの異常な数値は薬物による異常か、風邪か何かのウイルスが入り込んだ原因と診た方が正しいかも知れません。それと肝臓とストレスは密接な関係もあるんですよ」と言う事で、「痛風や腎盂炎と診断されていたのも、事実どうだかわからないですね」と言うミステリアスな答えだった。

退院後はその夜に7度8分ほどの熱が出ただけで、昨日も今日も平熱に戻り、気持ちや身体は元気なので、今夜からでも店を開けたいくらいなのだが、正式な検査結果が出るまでは、自宅療養で安静を守ってくださいとのことなので、今はとても歯痒い思いで手持無沙汰な日を送っている。

金曜日と土曜日はコマキとAKIKOさんがアタシの代わりに店を開けてくれた。
えみちんも、昨日電話をくれ、「毎日は無理かもだけど、私も店開けてても良いですからね」と言ってくれた。

何しろ無収入なので、そういう事が涙が出るほどありがたい。

そしてチョンマゲも自分の足を引きずりながらも、今回は甲斐甲斐しく看病してくれている。
それもありがたい。

命はある程度金で買えるもの。貧乏人は時に命さえ諦めなきゃいけないんだよなぁ……。
今回改めてそれを痛切に感じた。
今現在、アタシの周りには治療を拒み、いざという時は命を投げ出そうとしている人間が何人か居る。
それがいた仕方のない現状であり事実なのだと思う。

アタシも命の長さなどちっとも望んではいない。むしろ自分で自分の後始末が可能な内に、出来る範囲で自分の心が望む事をやりきって、悔のないように燃え尽きて死にたい。と、切に思う。


2012年04月17日(火)


 (日記) 神も仏もあったもんじゃない!!!!!


おとといの土曜日、点滴も終り、チョンマゲに迎えに来てもらった帰り道、二人ともお腹もすいていたし、ずっとこのところチョンマゲに食事の世話などをしてもらっていたので、病院と家の中間点にある「みやま」と言う手打ちそばとラーメンで超有名な大衆食堂に寄って、お蕎麦を食べようと言う事になったのだ。

駐車場に車を止め、「白糸の湯」と言う温泉の前を通り、その隣の蕎麦屋に行くのだが、その時「マキりゃん〜〜!!」と誰かに呼ばれ、振り向くと、何んと、悪友修ではないですか……。
彼は元妻と温泉に入りに来ていたみたいで、肺に癌が転移してると言うのに温泉の出口の喫煙所でたばこを吸っていた(笑) ヤレヤレ……相変わらずだなぁ……。

「お蕎麦食べに行くの。修は温泉?」

『うん、店行く行くって言って置きながら、中々行けなくてごめん…』

「あんたの事だからいつになる事やら……。んじゃ、又近々ね!」

なんて会話をし、アタシとチョンマゲは蕎麦屋へ入って行ったのだが……。

そばを食べ終え家に帰り、ねっ転がりながらTVを見ていたら……その修からメールが……。

(今お袋の居る施設から電話があって、お袋が危篤に……。もう心が破裂しそうだ!!)との内容。

そして昨日修のお母さんは亡くなった……。


いつもいつも思うのだが、どうして神は、人の一生に味わう苦難の中でも、最も大きい絶望や苦しみや悲しみを、同じ人間に集中するかのように、何度も何度も容赦なく与えるのだろうか……。
その人生の残酷さに、神も仏もあったもんじゃない!! と、何度憤りや理不尽さを感じてきたことか……。
只でさえ、修自体が今あんな状態だって言うのに……。


彼のお母さんの家にはアタシも2度遊びに行っている。
今朝から必死になってその日の日記を探していたが、2時間探してやっと見付かった。

まだ「からくり箱」をオープンする前だったんだなぁ……。

この日記は無関係の人にはつまらない日記かもしれない。
でもアタシの中では大好きな日記なのだ。
あの日、アタシは亡き母昌子の面影をしのび、とても温かな日を過ごした。

いま読み返してボロボロになっている……。


修が心配だ……。


そんな訳で、今日はお通屋に顔を出してから店に向かうので、少し営業時間が遅れると思うのですが、修のお母さんに、精いっぱいのお別れをしてきます。


http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87374&pg=20040425
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87374&pg=20040426





2012年04月09日(月)


 (日記) やっと高熱地獄から解放されたみたい。


二日続きの点滴が効いたのか、昨夜は一週間続いた高熱地獄からやっと解放された。
いつもロキソニンかボルタレンが効いてる間だけ5度台もしくは6度台に治まっている熱も、薬が切れると又グン!!と上がり始め、あっという間に9度台になっていたのだが、昨日は明け方に座薬を使っただけで、後はずっと抗生物質の薬だけしか飲んでいなかったのに、夜になっても夜中になっても平熱のままだった。

やった!!!!
まだ油断は禁物だが、今日丸一日発熱しなければ治癒に向かったという事になりそうだ。
お陰さまで、今まで病床から携帯でmixiを覗いたりしていただけだが、1週間ぶりで今朝はパソコンの前に座れている。

皆さん長いこと心配やご迷惑をおかけして申し訳ないです。
やっと明日から店が再開できそう。

しかしこの一週間は本当にしんどかった……。
肉体的にも経済的にも精神的にも……。(笑)
でも今思うと、いつも中途半端な休息で自分を奮い立たせてきたアタシへ、ぐうたら神が荒療治でゆっくりとした休息を取らせてくれたのかもしれないなぁ…などとも思う。
いっそ宝くじで1千万でも当ててくれて、1週間ほどのバカンスでもさせてくれれば、もっと本格的な休息にもなるのだろうが、ぐうたら神はそれほど甘くはないみたいだ。

膀胱炎になる人はとても多いそうなのだが、腎盂炎(正確には腎盂腎炎)はあまり知られていない病気らしいので、経験者として少しだけこんなことになったら要注意という事を書いておきたいと思う。

先ず腰や背中に異常な痛みやだるさを覚え、それが身体全体の関節痛へとつながり、その内に酷い悪寒がしてきます。
寒気と言う半端なものではなく、アタシの場合はブルブル震えが止まらないくらいの寒気でした。
そして8度〜9度台に熱は一気に上がります。
こんな症状があったら先ずは腎盂炎を疑ってみて、早めの診察をお勧めします。
もちろん内科に行くのがベストでしょうが、アタシの場合は初めて高熱を出した日がたまたま行きつけの内科の休診日だったのと、先日痛風で行った整形外科から色々な薬をもらっていたので、その服用と合わせて治療が可能なのか知りたく、その病院に行きました。
大抵の病院で腎盂炎の処置、ないし、ナニ科に行けとのアドバイスはしてくれるものだと思われます。

今春は寒かったり暖かかったり、皆さんの身体もかなり翻弄されていると思いますので、どうか突然の病気に気をつけてくださいね。

ともかく本当にご心配をおかけしましたがお陰さまで今のところは小康状態です。


2012年04月08日(日)


 (日記) 痛風やら腎盂腎炎やら、未知の病気に悩まされてるなぁ……。


春間近になってから、初めて体験する病に翻弄されっぱなしだ・・・。
如何にアタシの人生が一筋縄にはいかないか……。

日曜日の夕方あたりから腰や背中がいつもの腰痛とは違う異様な痛さが表れ始め、食欲もなく晩酌も薄いお湯割りに半分ほど口をつけただけで飲めなく、その後マッサージ器具で腰をマッサージして寝たのだが、翌朝フラフラするので弁当作りをチョンマゲに任せ、チョンマゲの出勤後熱を計ってみてびっくり。
8度を優に超えて9度近かった。

風邪かインフルかと思ったのだが、車に乗れそうもないくらい体中の関節が痛かったので、病院に行くのを諦め、チョンマゲのボルタレン座薬を使用し様子を見ることに。
1時間ほどで7度台まで下がったのだが、しかし薬が切れると今度は9度越えの熱。

一昨日もそんな繰り返しがあり、昨日の朝はピークの9度5分までに・・・。
コレは尋常な熱ではないと、アタシもさすがに怖くなり、ふらつく体で運転をし、先日痛風の時にお世話になった近所の整形外科へ。

先ずはインフルエンザの検査をしたら陰性。
「しかし痛風ではこんな熱でないし、9度を超える熱となると、肺炎かインフルしか、考えられないしなぁ…」と、医者も首をかしげてる。

「もしかしたら膀胱炎をたまに起こすし、この腰の痛さも普通ではないし、腎盂炎かもしれませんね」と言うと尿検査をしてくれ、その通りの病名だと解った。
昔、母が腎盂腎炎を起こし、その時に聞いていた症状と同じだったので、もしかして? と思ったのだ。

医者からもらった抗生物質が効き始めたみたいで、昨日も夕方に7度7分まで熱は出たものの、それにとどまり昼間が割と元気だったので、することがなく退屈だからゆっくりと冷蔵庫の掃除などをしていた。
そして今朝は7度3分ほどしかなかったので4日ぶりに弁当を作ってあげ、チョンを送り出した。

医者に電話し、「今日あたりから仕事に出ても大丈夫ですか?」と聞いたら、「まだお風呂は控えた方が良いのでもう一日くらい様子を見てください」と言われた。

なので今日まで温かくして静かに寝ていようと思う。

ところで……。
昨日の明け方、熱にうなされながらとてもリアルな怖い夢を見た。

アタシは病院のICUみたいなベッドに寝ているのだが、しきりに体中の痛みをジェスチャーで医者に訴えているのだ。
アタシの枕元にも医者が診ているモニターと同じ、身体全体の骨が写っているモニターがあるのだが、アタシが咳をするたびに身体のあちこちの骨に、小さな小さなヒビが入っていく。
先生も成す術がないらしく、モニターのレントゲンを見ながら「これは初めてのケースだなぁ…この人の体で何が起こっているのだろうか…」などと悠長な事を言っているのだ。

そこ間もアタシは咳が止まらず、もうほぼ体中の骨が粉砕寸前に。

「まずいです先生!!ヒビが体中に行きわたりました。これで大きなくしゃみでもしたら骨が砕け散ります!!」
と言う看護婦の声が聞こえたか聞こえないかの瞬間「ハックショ〜〜〜〜〜ン!!!ギャァ〜!!!」と言う自分の悲鳴で目が覚めた。
ひえぇ〜〜〜〜〜!!! おっかない夢だったなぁ……。

そして熱を計ったら9度5分だったのだ(笑)

お陰さまで骨の粉砕はなかったが、きっと熱がどんどん上がり始めてる最中だったのと、関節痛がひどかったせいで、こんな怖くてリアルな夢を見たのだろう。
それから慌てて医者に飛んで行きました。

お陰さまで今は7度チョイしか熱もなく、明日は金曜日なので明日から店を開けられるべく、今日一日静養に努めようと思います。

ご心配をおかけしてばかりですみません。
もともと丈夫ではないうえ、未知の病気に遭遇ばかりするようになり、本当による年には身体が勝てなくなってきました。



2012年04月05日(木)

My追加
☆優しいあなたは両方 クリック してくれると思うな〜☆ 人気投票ランキング
初日 最新 目次 MAIL