真夜中。 なんだか寝苦しくて目がさめた。
雨音のせいかな…?
ニュースで梅雨入り宣言を聞いた途端。 何もそんな律儀に降り出さなくてもいいものを。 フロントガラスを叩く雨を見ながら、倒したシートの上に横たわったまま、ふうと小さく溜息。
こりゃあ、今日は一日雨降りかなあ。 蛮ちゃん、ビラ撒きするって言ってたけど、どうすんだろ。 雨の日はさ、普段もあんまし受けとってもらえないけど、殊更"ビラなんてお断り!"率上がっちゃてね。 ムナシくなっちゃうんだよねぇ。
思いながら、ふと、運転席に視線を移す。 蛮ちゃんの寝顔。 きつい雨音にもめげず、よく寝入っている。
規則正しい寝息。 静かな夜にこうしてすぐ傍にいると、心音まで聞こえてきそう。
雨の音に、昔は二人してよく目を覚ましたけど。 今は、そんなこともなくなった。 今夜俺が目がさめたのも、たまたまだし。
そういえば。 悪夢を見て魘されることもなくなったよね、お互いに。 ごくたまに、ハッと目が覚めることは今でもあるけれど。 そんな時はこんな風に、静かに相手の気配に浸って、呼吸や脈を寄り添わせるようにすれば。 心はすぐに満たされて、瞬く間に、またおだやかな眠りに落ちていける。
さてと。 俺も、寝ようっと。
蛮ちゃんの方に、シートの上で少しだけ頭を傾けて、目を閉じる。 …と。 ふいに。 俺の頭の上あたりで、低い蛮ちゃんの呟きが聞こえた。
「……銀次」
「ん? 何、蛮ちゃん。起こしちゃった?」 答えて、頭をのそりと持ち上げる。 けれど、蛮ちゃんはどう見ても眠ったまま。 んん?
ってことは。 あれ? めずらしい。 寝言…かな?
蛮ちゃん、あんまないんだけどなー。 俺は時々言ってるらしいけどね。 寝言。
"………うに。とろ、いくら………ハンバーグ……エビフライ……スパゲッティは……ナポリタン……" とか。
うわわ、食べ物ばっかじゃんかー! しかも、いかにもひもじそう…。
いや、それはさておき。
「ん……ぎん、じ……」
「…v」 でも。 寝言で、名前呼んでもらえるなんて。 …なんか、嬉しい。 でへへvv 照れちゃうなー。
思ったら、なんだか余計に目が冴えちゃって、シートの上で上体を起こして、蛮ちゃんの顔をうきうきと覗き込む。
俺の夢見てんのかな。 どんな夢見てくれてんのかな。 蛮ちゃんの夢の中の俺は、どんな? カッコいい?
ねえ、蛮ちゃん?
と、心で訊ねたとほぼ同時に。 蛮ちゃんの眉間が、次第にぐぐぐっと寄せられていき。 突如、ぐいっ!といきなり腕を強く引かれた。
「銀次……ぎ…んじ……!」
「ぇ、あの…!」 「銀次、待て…。銀次……っ!」 「ええっと…?」 「バカ、やめろ、行くんじゃねえ! そっちは……」 「はい…?」 「……沼だ」 「え?」
「ゴラァァアアア――――!!! 銀次ィィイイイ――――!!!」
びくっ!
ひえええええっ!? ななななにごとっ!?
「アホか、テメエはっ! だーかーら、ぼけっとしてんじゃねぇって言っただろうが!!!」 「は、はいっ!?」 「どこ見てやがんだ、気ぃつけろ! あぁぁあもう、泥だらけじゃねえか!」 「え、え?」 「だから言っただろうがっ! あぁあ、もう、何やってんだかよ! こんなだから、テメエ一人じゃ危なっかしいってんだよ! このボケ、カス、とんま!どアホゥが!!!」 「え、えと…」
何やら一人でまくしたて始めた蛮ちゃんに、俺は頭の上に???マークをいっぱい出して、さてどうしようかと考える。 あ、でも。 あんま、寝言に返事しちゃいけないって。 前に何かで聞いたことがあったような。
――というか、俺。
もしかして。 沼に落っこちたんでしょうか…?(涙)
「おら、こっち来い! 手ぇ貸せ! 何だってテメエはそうも警戒心ってモンがねぇんだ! ったく、おめでてぇな!」
うわん。ひどいっ。
「あぁ、ったく! おら、掴まれって! 俺が汚れるのなんぞ、気にしねぇでいい! ばーか、俺様をテメエみてえな間抜けヤロウと一緒にすんな!」
え、あの。
「まったく! これだからテメエは、目が離せねぇってんだよ!」
え。蛮ちゃん…?
なんだか、一方的に怒られて。 なんだか、よくはわからないけれど。 さんざん、そんな風に俺を怒鳴りつけておきながら。
突然。 ぎゅ…!と、蛮ちゃんは俺を腕の中に抱きしめた。
……え、えと。 蛮、ちゃん?
「テメエはな、俺のそばにいりゃ、いーんだよ!!!」
「どこにも行きやがんじゃねえ!!」
わかったか!と念を押され。 蛮ちゃんの胸の上で、思わず、こくこくと何度も強く頷く。 それを感じたのか、蛮ちゃんはやや口元を綻ばすと、フ…と笑んで。
「危ねえからよ」
最後に付け足しみたいにそう言うと。 蛮ちゃんは、俺を胸の上にぎゅっと抱きしめたまま。 まるで、安心したみたいに。 すーすーと、また寝息をたて始めた。
――あ、あの。
取り残されて、ぼーぜんとしたまま。
ところで。 俺はどうしたらいいんでしょうか…?
っていうか。 今の、あれ。
まるで、愛のコクハクっぽかったんですが…。 き、気のせい、かな…?
気持ちよさそうに眠る蛮ちゃんとは、裏腹に。 俺、どきどきして、とても眠れそうにないんですがっ! どうしてくれんのっ…?
でも。 まーいいかな。 こういう風に眠れないんだったら。 しあわせだし、いいかな。
なーんて思う俺の耳には。 もう雨の音なんか、まったく聞こえてはこなかった。
代わりに届くのは。 耳のそばで聞こえる、ひどくあたたかな心音だけ。
今日がもし一日雨なら。 それを理由に、ずっとこうして一日中。 蛮ちゃんにくっついてるのもいいなー。
けど。 目が覚めたらきっと。 照れ屋の蛮ちゃんのことだから。 「こら、何ひっついてやがんだ、テメエ!!」とか言って。 また怒り出すんだろうケド(笑)。
END
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 相談屋さゆきさんへの相談料SS(笑) ログが流れちゃうので、ブログから移動。
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