全てを銀次に話し終えると、蛮は、ベンチに腰掛けるその前に立ち、おもむろに携帯を開いた。 これから戦うべき相手と向かう場所の概略を、簡単に銀次に告げ、彼が"うん!"と力強く頷くのを、安堵に満ちた穏やかな紫紺で見つめながら。
数回のコールの後、マリーアが応え、事前に打ち合わせておいた話の確認を取る。
「ああ、マリーアか。こっちの話は済んだからよ。とりあえず、予選の件は頼んだぜ? ああ、5人じゃねえといけねーんだとよ。ったく、手の込んだことで」 蛮の口調が、本人は気づくはずもないが存外に軽いことに、電話の向こうも安堵したようなやわらかな声音で答える。
"わかったわ。――で?"
「あ?」
"銀ちゃんには話せた?"
単刀直入な問いに、蛮が微かに瞠目する。 そして、それは銀次の視線を受けながら、やわらかく細められた。
「ああ…」
"それで? 信じてもらえたの?"
マリーアは気がついているだろうに、それでも、蛮の口からどうしても言わせたいらしい。 それを察して、蛮の眉間が皺を刻んだ。
ったく、おせっかいなババァだぜ――。
心中で毒づくが、無論本気ではない。 心配をかけていることは、重々承知している。 隠し立てする必要も、理由もない。
そして。 今度は、無自覚とはいかなかった。 口元が自然と綻ぶのが、自分でもわかった。 自信たっぷりに答える。
「ったりめーじゃねえかよ!」
目の前のベンチに腰掛けている相棒と、視線を合わせる。 見守るように自分に向けられていた琥珀の瞳が、ふいの大声にびっくりしたようにぱちぱちと数度瞬いた。
それに片目を瞑って笑みを向けると、ワケもわからず、それでも"うん"と応えるように、銀次が目を細めて笑みを返す。 自分の全てを受容してくれ、それでも笑んでそこにいてくれる、やさしくて愛おしい琥珀の瞳。
"そう…。よかったわね、蛮"
まろやかな声が答えた。 心からほっとしたような、そんな声だ。 銀次なら大丈夫と信じつつも、彼女も心を割いていてくれたのだろう。
「ああ――」
"大事にしなさい、蛮。銀ちゃんを…。信じるってことは本当は、言葉で言うほど、そんなに容易いものじゃないのよ"
重みのある言葉。 蛮の瞳が細められ、紫紺が深い色になる。
それが、決してたやすくないことなど、自分はとうに身をもって知っている。
目の前の銀次を見つめる。 何1つ、自分を疑うことない琥珀が、それを真っ直ぐに見つめ返す。
銀次は。 終始、ただ静かに話を聞いてくれ、そして、最後にそのすべてを受け入れて微笑んでくれた。 壮絶な過去の話であるにも関わらず。 決して、揺らぐこともなく――。
信じてもらえないとは、確かに思ってはいなかった。 ただ、動揺させるのではないかと、それは危惧した。 そうなっても、やがては受け入れてくれるはずだと。 その辺りは、自分自身も銀次を強く信頼していたから。 揺らぐことはなかったが。
正直、心のどこかに、畏れはあったと思う。 この琥珀が、自分を見てくれなくなるのではと。 もしや、この存在自体を失ってしまうのではと。 ほんの微かではあるが、畏れが全くなかったといえば嘘になる。
――だが。
すべてを話し終えた自分に、銀次は誇らしげに笑んで、自信たっぷりにこう言ったのだ。
『やっぱり、オレの信じてる蛮ちゃんだよ!』
『言ったじゃん、蛮ちゃん。嫌っつっても、一緒にひきずっていってやらあって!』
途端に、身体中の力が抜けた。 そうして蛮は、自分がいつのまにか、全身を強張らせていたことを悟ったのだ。
――コイツにはかなわねぇな。たぶん、一生…。
それも悟った。
やおらポン!と、蛮が銀次の頭の上にその手を置く。 銀次が、"えっ?"とそれを見上げ、大きな瞳を更にまんまるに見開いた。
同時に、蛮のその手の中に力がやや込められ、銀次の頭は目の前に立つ、蛮の胸の下あたりに引き寄せられる。 とん、とその胸に額があたると、銀次がぱっと頬を朱に染めた。
それでも。 コートの下の胸と手のひらのあたたかさに、銀次が嬉しげにゆっくりと微笑む。
与えられる体温は、お互いひどく心地よかった。
「ああ、っるせーな! んなこたぁ、わあってるっての!!」
「ああ、わかった! しつけぇ、わかったっての! おう! ――あぁ、じゃあな!」
「どしたの? 蛮ちゃん」 半ば強引に話を終わらせるように電話を切る蛮に、銀次が不思議そうな顔でそれを見上げた。 片手で携帯を畳むのと同時に、まだ銀次の頭の上にあった手はそのままにして、蛮が肩で大きく息をつく。 「蛮ちゃん?」 「あ、いや―。必ず卑弥呼を奪還しろってよ。ヘマやらかすなと」 「卑弥呼ちゃん? うん! もちろんだよね!」 「おうよ。――ああっと。そういやクソ屍にまだ連絡入れてなかったな。迎えにくるとか言ってやがったが」 間髪を入れる間もなく、蛮が再び片手で携帯を開き、忙しく指を動かし数字を叩く。 「え〜〜っ! 赤屍さんに迎えにきてもらうの〜!」 「おう。そうビビんなって。しょうがねえだろうが、今回の依頼人はヤツなんだからよ」 「そ、そりゃそうだけど〜」
ブツブツ言いつつ、ベンチの上で思わず膝を抱える銀次に、蛮がコールの間、ふっと真顔になってその名を呼んだ。
「銀次」
「ん?」
紫紺がやわらかく細められる。 そして、他の誰にも絶対見せることのない、照れくさそうな笑みを浮かべて言った。
「…ありがとう、な」
こたえて、銀次がぱあっと満面の笑みになる。 なんでテメーがそんなに嬉しそうなんだよと、蛮がツッコミたくなるくらいの、力いっぱいの笑顔で。
「――うん!!」
そして。 頬を染めて笑う銀次とは正反対に、不気味さを漂わせるおっとりした口調が、電話の向こうで蛮に答える。 これからの行く先を暗示するかのような、地の底から這い出してくるような、そんな声音で。
くそ、人がせっかくいい気分でいるってのに、このタイミングでクソ屍の声を聞くたぁよ。
心中で舌打ちつつも、それに応じる。 それでもその声は、電話の相手とその難しい奪還の現実を考えれば、驚くほど弾んで赤屍の耳に届いただろう。
「おっ、赤屍か? こっちはもう準備OKだぜ。いつでも…。あ!? テメー、運び屋だろーが!! 仕事サボってんじゃねーよ!!」
(マガジン43の冒頭につづく――って感じで、唐突に終わりー/笑)
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