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五十嵐 薫
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2006年07月18日(火)
アカの世界

長いこと寝室に飾ってあったマチスのリトグラフを外す。
額の跡が薄っすらと壁に残った。

代わりに額装したハイビスカスの写真を飾る。

南仏の青から亜熱帯の赤へ。

その一色で部屋の湿度までガラリと変わった。
カーテンの極薄いグリーンまでなんだか艶っぽく見える。

まるで頬にチークを乗せた女の子みたいに。



部屋の模様変えはたった5分で終わった。



それは沖縄で撮ってきたものだった。
浜比嘉島の民家の石垣に咲いていた花の、余りにも鮮やかなその色に目を奪われた。

気づけば。
花ひとつ写すのにフィルムを一本使ってた。



氷をたっぷり砕き入れたグラスに泡盛を注ぐ。
国際通りを大分外れた酒屋で見つけた宮の鶴の古酒だ。
氷が溶け出すのを待って口に運ぶ。

鼻腔に穀物の放つ甘い香りが満ちる。

ハイビスカスの赤と泡盛の芳香が、僕の時間をほんの少し巻き戻す。






「シルミチューには出かけましたか?」

宿のおかみさんが山盛りのサータアンダギーを揚げながらレンズの手入れをする僕に聞いた。
客は僕一人だ。大量の揚げ菓子の行方を想像してげんなりする。

「ええ。蝉の声がまだ耳に残ってます。」

おかみさんは忙しく菜箸を動かしながらちらりとこちらを見た。

「あなた、曇った海とか軒先の花とかつまらないものばかり撮るね。」

揚げたてのサータアンダギーは予想通り僕の座るテーブルの前に皿代わりの鍋ごと置かれた。

「海も花も飽きないですよ。」

なるべく鍋の方を見ないようにして答える。

「こんな狭い島なんだから半日で全部回れるでしょ。」

庭から摘んできたレモングラスを入れた急須にヤカンのお湯を注ぎながらおかみさんは続ける。

「あなたが撮ってたって花。あれ、ブッソウゲって言って昔は縁起悪い花だったのよ。」

僕は顔を上げた。

「お墓の脇によく咲いてたの。さぁ、揚げたて食べなさい。」

夕飯を食べてまだ30分も経ってなかった。






台風3号と4号に挟まれ三日間の滞在中、晴れたのはたった一日だけだった。
が、一日あれば充分すぎるほどその島は狭かった。






帰宅して気になっていたことを検索してみた。



ハイビスカス。

和名はぶっそうげ。

ハイビスカスの中国名である「仏桑」に「華」を付け、音読みにしたもの。






仏葬華という漢字を勝手に当てていた。






それが正解なんじゃないかって頭のどこかで今も思う。


あのアカ。

曼珠沙華の、彼岸花の赤に、よく似てたんだ。



2006年07月11日(火)
アオの世界

レ・ブルーとアズーリの試合は、民宿の映りの悪い14インチテレビで見た。

タイガービーチはシーズン前の、つかの間の静けさに満ちていた。



空の蒼。
リーフの向こうの紺碧。



青と青の狭間で僕は、世界の真ん中が自分じゃないなんて当たり前すぎることを思い出す。


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