JIROの独断的日記 DiaryINDEX|past|will
◆【はじめに】留守中、コメント下さった方々、ありがとうございました。 二泊三日で旅行に出かけまして、本日(20日)16時頃帰宅いたしました。 ◆【帰還報告(?)】二泊三日で静岡県焼津市に行って参りました(8月20日 22:30記す)。 皆様、2日間、ご無沙汰(?)致しました。 静岡の焼津に行って参りました。 詳しくはおいおい書きますが、 毎度のことながら、私は旅行に行くまでは極度に面倒臭いのですが、 終えてみると、「行って良かった」という気持ちになります。 特に今年は、その気持ちが強いのです。 ここ数年は、旅行に行っても今ひとつ鬱々していたのですが、 今年は久しぶりに(「小旅行」ではありますが)旅行が 「気分転換」になった気がします。 薄皮を剥がすように快方に向かうのがうつ病だ、と言われているのですが、本当だと思います。 焼津は、言わずと知れた有名な漁港の街で、海の幸が美味しいのは勿論ですが、すぐ東隣の静岡市内には 久能山東照宮(日光東照宮よりこちらが先に建ったのです(ウィキペディアの解説、公式サイト)と、 かの有名な登呂遺跡があります(今日の昼頃には登呂にいました)。 どちらも、以前から一度は見たいと思っていたのです。久能山東照宮は50年に一度の漆の塗り替えの最中ということで、 大変立派で美しい。 登呂遺跡は、後に吉野ヶ里遺跡とかが発掘されてから、やや、注目度が落ちましたが、 何しろ、日本で最初に大規模発掘調査が行われた、由緒ある(?)遺跡です。 私事ですが、私の母は昭和3年(1928年)生まれでして、歴史が好きで、東京女子大学(通称=トンジョ)の「国史科(日本史専攻)」 を出たのですが、学生時代、どういうツテか、この登呂遺跡の発掘調査に参加した、という経験を持っております。 その話を私は子どもの頃から何度も聞いていましたので、一度は行きたかったのですね。 今日は、念願が叶って良かったです。 ただ、単なる偶然でしょうか、静岡県が大変広い県ですが、私が行った焼津市・静岡市付近は、特に 昨日(火曜日)、今日と、暑かったですねー。いつも夏はあんなに暑いのでしょうか。 拙日記・ブログをいつも静岡から読んで下さっている方がいらっしゃることは承知しております。 出来ることなら、お会いしてお礼を申し上げたかったのですが、勿論、どこのどなたかまでは分かりませんので、 それは残念ながらできませんでした。 この場をお借りして、「お近くまで行かせて頂きました」ことをお伝え致します。 旅行の最中の発見など、折に触れてまた書きたいと思います。 ひとつだけ、最後に。焼津に行くなら、「焼津グランドホテル」をお薦めします。 従業員の皆さんの接客マナーが、抜群に丁寧でそつなく、素晴らしい。料理は美味しい。 部屋はリニューアルしたばかりできれい。窓から感動的に美しい海の風景を見ることが出来ました。 文句の付けようがありませんでした。
【北京・長野宏美】天才と努力家。異なる個性が同調し一つになった。 ◆コメント:これは痛快です。両選手に「おめでとう」中国の井村コーチに「ザマあみやがれ!」 アテネ五輪後、井村コーチがよりによって中国のコーチに就任する、 と聞いて我が耳を疑ってしまった。 「この野郎!」 の気分だった。 北京五輪直前か、開始直後だったか井村「中国チーム」監督が日本の報道陣のインタビューに応じた。 「日本は、メダルを必ず獲れる『常勝国』と 思っているようですが、危ないんじゃないですか」 といい、 ニヤリと笑った。 今度は私は、 「こんちくしょう!」 と心の中で罵倒した(野卑な表現の連続はお許し頂きたい。 私の日記では、この程度の下品な語彙が頻出するのである)。 今日は、旅行からの帰りの車の中で、敢えてラジオなど聴かなかった (興奮のあまり運転に支障が出たら大変だから)。 帰宅後、テレビで演技を見て、結果を知って、はっきり言うと、 「おめでとう!立派です!」 という気持ちと同等若しくはそれ以上に、 (井村コーチに対して) 「ざまあみやがれ!」 の気分であった。 誠に痛快である。 鈴木選手、原田選手、見事な演技でした。ご苦労様でした。 おめでとうございます。 すさまじい練習に耐えた貴方達の精神力を尊敬します。 【読者の皆様にお願い】 是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面の右下にボタンがあります。よろしく御願いいたします。
2007年08月18日(土) 24時間テレビに「感動し」て「募金」するのも良いが、他の募金にも目を向けたらどうか。
JIRO
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