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2007年03月31日(土) |
「ハイドンはあらゆる作曲家の中で、最も難しい」(故・岩城宏之氏)←今日(3月31日)がハイドンの誕生日。 |
◆岩城宏之氏が「楽譜の風景」(岩波新書)という本で書いています。
冒頭から、少々長い引用になるが、何しろプロの音楽家がこれほどはっきりハイドンについて言及している文章は珍しいので、
抜粋引用させていただく、「楽譜の風景」109ページから。
生まれて初めてプロのオーケストラを指揮したのは東京フィルハーモニーで、ぼくは、プログラムの最初にうれしく「びっくり」シンフォニーを入れたのだった。
そして、ハイドンはあらゆる作曲家の中で最も難しい、と言われていたのを実感として味わい、手も足も出ぬ敗北感に打ちひしがれた。
百以上書かれたハイドンの交響曲は、気軽に聴いていれば、どれも単純明快で、
テンポの変化もないし、始まればそのまま、一気呵成に終わってしまうように思える。
しかしちょっと調べると、フレーズの入り組み方など、モーツァルトやベートーベンよりはるかに複雑だし、
第一、アンサンブルの難しさは、後のロマン派の作曲家たちの作品の比ではない。
毎週のように殿様のために交響曲を量産したのに、こんなにも複雑で、しかも単純明快にきこえるというのは、
音楽史上数多い天才たちの中でも、特別にものすごい人だったのだと思う。
よく天才とは、モーツァルトのためにだけ存在する言葉だ、と言うが、ぼくはハイドンとモーツァルトのために・・・・と信じて疑わない。
へえ・・。そういうものなのか。
私はどう思うかと訊かれたら、正直言って分からない。
こういうことは、本当に音楽を、特に作曲法、その前提となる和声学とか対位法等々・・・を勉強した人でなければ分からない。
ただ、岩城さんの本を読んだおかげで、ハイドンの真価を「観念的に」ではあるが、
(骨の髄から分かるのではなく、知識として、と言う意味)知ることが出来たのはありがたい。
◆昔、カラヤンとベルリンフィルが、交響曲101番「時計」第二楽章を練習しているのを見た。
もう何十年前になるだろう。
カラヤンが元気な頃は何年かに一度、来日していた。
ある時、TBSがテレビマンユニオンという番組製作会社(←「オーケストラがやってきた」を製作していた会社)に発注して、
カラヤンとベルリンフィルのドキュメンタリー番組を作った。
何夜かにわたって連続で放送された。他の内容はわすれたが、鮮明に覚えているのは、
カラヤン・ベルリンフィル、という天下のコンビが、ハイドンの「時計シンフォニー」の第二楽章を練習している様子だ。
これが、交響曲第101番「時計」の第二楽章である(7分ぐらいかかる。始めは全部聴かなくてもいいです。とりあえず2分間ぐらい聴いてみて下さい。)
ダウンロード Haydn1012nd.mp3 (7117.1K)
この楽章の楽譜はこのように書かれている。
メロディーを弾くのは、第一バイオリン。これは、当たり前のこと。
それを、木管楽器のファゴットと、第二バイオリン、チェロ、コントラバス
(この時代、チェロとコントラバスは同じ楽譜を弾くのが普通。ただし、実際にコントラバスから出る音は1オクターブ低い)が、
規則正しく、「シ・レ・シ・レ・」(一番ファゴットと、第二バイオリン)
「ソ・シ・ソ・シ・」(二番ファゴットと、チェロ・コントラバス)が音を刻んでいる。
この伴奏の「シ・レ・シ・レ」が時計の「チクタク」の様なので、「時計」というニックネームが付いている。
私でも分かるぐらい簡単な楽譜である。
◆「君たちのは、『クオーツ時計』なんだ」と云ったカラヤン。
こんなのは、技術的には天下のベルリンフィルならずとも、プロならば、極めて簡単だ。寝ていても弾ける。
ところが、である。
何と、カラヤンはこの簡単な譜面を弾く天下のベルリンフィルに、注文を付けていた。
しかも、子供でも弾ける、伴奏の第二バイオリン、ファゴット、チェロ・コントラバスに文句を言っているのだ。
「君たちはこのハイドンの交響曲の「時計」というニックネームを、一体、どう考えているのかね?」
「君たちのは、クオーツ時計なんだ。」
という。
私が想像したのは、カラヤンが云いたかったのは、
「あまりにも簡単な音符なので、適当に音を出しているだろう。」
「第一バイオリンが奏でる主旋律を良く聴いていれば、機械的な「シ・レ・シ・レ」の繰り返しになるはずがない。
一音一音、弾き方が変化するはずだ、よく他のパートを聴いて、考えろ。」
ということではなかろうか(自信ありませんけど)。
私はすっかり感心してしまった。
天下のベルリンフィルが、こんな簡単な譜面に時間をかけている。
音楽とはこれほど深いものなのか、ということに感激したのである。
◆一つの音を長く伸ばすだけのオーボエに「綺麗だ」と云って微笑んだカラヤン。
感激の元はまだ残っていた。
上の音楽をもう一度聴いていただきたい。
再生開始後1分ほど経ったところで、オーボエという楽器が、ただ一つの音「レ」を4小節、伸ばす。
それは、楽譜では25ページの下半分、上から2段目に書かれている。
二分音符が四つ、タイでつながっている。オーボエは「レ」の音を八拍吹くのである。
楽譜には終わり近くで、少しクレッシェンドしろ、と、書いてある。
この当時の首席オーボエ奏者は、シュレンベルガーという人だった。
長く首席オーボエを務めた人が引退して、後任として、カラヤンがケルン放送響から引き抜いてきたのだった
(といっても、勿論、オーディションを受けるのだが)。
シュレンベルガーは、この箇所で実に美しい音を出した。
重ねて云うが、ただ一つの音を長く吹くだけだ。それでも、名人が吹くと違うのである。
シュレンベルガーは、楽譜通りに、P(ピアノ=弱く)で吹き始め、少しずつクレッシェンドしつつ、わずかに緩やかなビブラートをかけた。
それだけなのに、何とも美しい響きだった。
カラヤンは、シュレンベルガーが吹いている最中に彼の方を見て、一言
"Schon"(oはウムラウト。「綺麗だ」という意味)
と(無論、ドイツ語で)云い、ニコッと微笑んだ。
その笑顔が実に良かった。
私は、こと、音楽になると感動の許容点が極めて低くなるが、この頃は若かったから、とりわけ深く感動した。
これ以上簡単な事は無いぐらい簡単な弦のピツィカートに注文を付けることもあるし、
「レ」の音を長く伸ばすときでさえ、名人は違うのだ。
芸術とは、かくも深いものか、と、初歩的な感動だが、兎にも角にもあの光景は忘れられない。
ハイドンの「時計」を聴くと、必ずあの時にテレビの画面を通して見て聴いた、カラヤンの
"Schon"(「綺麗だ」)という言葉と、何とも嬉しそうな笑顔が思い出される。
◆「時計」だけでは、つまらないから、トランペット協奏曲も聴いて下さい。
乱暴な言い方をするならば、トランペット協奏曲でまともなのは、2曲しかない、ハイドンとフンメルだ。
ハイドンは、何度聴いたか分からぬ。多分千回を超えているだろう。
子どもの頃初めて聴いて、トランペットという楽器の音の輝き、荘厳さ、柔らかさ、に驚いた。
ただ、大きい音でパッパカ吹く、うるさい楽器ではない。表現力の多様さに驚いたのだった。私もこういう曲が吹けるプロになりたいと思った。
私は、しかし、結局プロになるだけの根性も才能もなかったけれども、
トランペットが嫌いになることも、ハイドンのトランペット協奏曲が嫌いになることもなかった。
トランペットとプロのトランペット奏者は、私にとって永遠の憧憬である。
第一楽章を聴いて下さい。
モーリスアンドレばかりでは飽きるから、その弟子です。
上手いよ。ものすごく上手い。
徒に大きな音も出さない。正確な音程、綺麗なタンギング、美しい音色、をお楽しみ下さい。
ダウンロード HaydnTrumpetConcerto1stmovSmedvig.mp3 (8963.0K)
明日は、その他の曲も含めて、ハイドンのお奨めCDを御紹介したいと思っています。
それでは、また。
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