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2006年01月07日(土) |
「古畑任三郎」のタイトルロールで「オーケストレーション」って覚えていますか? |
◆「古畑〜」におけるオープニングテーマ(曲)の効果は、あまり理解されていない。
この日記では極めて稀であるがテレビドラマに関することを取り上げる。音楽が絡んでいるからである。
「古畑ファイナル3部作」が終わったというので、もの凄い数のBlogがこのドラマに関して熱く語っている。
皆さんお芝居の話が中心になるのは当然としても、三谷幸喜という人がかなり音楽に敏感で、
これを重視していることにはお気づきでないようである。
古畑任三郎が始まるときのテロップ、即ちタイトルロールと、終わるときのエンドロールにはいずれも、
「音楽:本間勇輔、オーケストレーション:丸山和範」という文字が現れる。
私の知る限り、テレビドラマのタイトルロールに「オーケストレーション」という言葉が載ったのは、このドラマだけである。
このドラマが人気があるのは、勿論シナリオが良いからだが、テーマ曲の魅力はかなり大きな要素である。
この音楽を聴いただけで、人々は様々なシーンを回想する。そういう音楽を書くのは、誰にでもできることではない。
歌謡曲もそうだが、云っては悪いが、本当は「作曲」と「編曲」を別の人が担当するのはおかしいのだ。
メロディー、つまり単旋律を書くだけでは、「作曲」したとは言えない。
作曲家を英語でcomposerという。“compose”とは「構成する」という意味である。
旋律は勿論大事だが、それのみでは音楽の「輪郭」に過ぎない。
ハーモニーを付け、それぞれの音を最も適切又は効果的な楽器に割り当て、
様々な技法を駆使して「音の構築物」を作り、初めて「作曲した」と言えるのである。
◆丸山和範氏の編曲はかなり巧みである。
メロディーを考えるだけなら素人でもある程度できるが、これに和声なり、対旋律なりを付けて、
それを適切な楽器に割り当て、厚みのある音の作品を作る(それが、「オーケストレーション」だ)ためには、
きちんと作曲の理論を勉強していなければならず、その前提として、人並み外れた才能が必要である。
「オーケストレーション」は「管弦楽法」と訳す。
旋律を管弦楽曲にするためには、和声学などの基礎が完全に身に付いているのは、当然の前提条件で、
その他に、オーケストラの全ての楽器のことを知らなければならない。各楽器の音色、音域。奏法。
演奏可能な音型、不可能な音型、などなど、膨大な知識である。
「古畑」のオープニングテーマで中心となるのは、この音型である
(サントラのCDも、DVDも無く、記憶を頼りに書いたので、少し間違っているかも知れないが、ご容赦)。
曲が始まってまもなく、上の旋律をトロンボーンとホルンが演奏する。かなり変った音型である。
これ自体は作曲者の本間勇輔氏の発想だろう。何か「不思議」若しくは「怪しげ」な感じを聴く者に与える。
これに手を変え品を変え、いろいろな工夫を施してゆくのが、編曲(オーケストレーション)者の仕事である。
「古畑〜」の場合、曲が進むと次第に楽器が増えてゆき、聴いている者が興奮するようにできている。
ジャズのビッグバンドとクラシックのオーケストラの弦楽器群を組み合わせるという難しいことを実現している。
上のフレーズは「何がおきるのだろう?」という聴衆の好奇心を刺激する。
次にサックス4本とトランペットがジャズっぽいカッコいい「合の手」を入れる。ここがたまらん、という人は多いだろう。
その後、また、冒頭の「動機」)が何度も繰り返される。
弦楽器群が加わり、音の厚みが増す。
終わり近くでは、バイオリンが不気味な半音階的音型を16分音符で刻む。極めて効果的だ。
比較的狭い音域を半音階での上昇、下降を繰り返し、いかにも「犯罪」を暗示している。
◆芸大作曲科
上手く書いたなあ、と思う。
丸山和範のプロフィールを調べたら、東京芸大付属高校(通称、「芸高」)、東京芸大作曲家を出た俊才であった。
芸高の作曲なんて、普通は入れない。 芸大になったら、更に難しい。
芸大の指揮科と作曲科はやたらと入試が難しいのだ。合格者ゼロの年も多い。
とにかく天賦の才がなければ無理だ。芸高とて同じこと。
作曲科に入るためには、絶対音感なんか当たり前。その上に、中学2年ぐらいまでに、
和声学の、あたかも数学書のように難しい、大抵の人は一生理解できないような本を読み、
西洋音楽2000年の歴史の中で既に確立された理論を身につけていなければならない。
さらにピアノがピアノ科の学生並に上手くなければならない。
耳も抜群に良くなければ作曲科など、入れない。
4声の聴音、つまり4つのパートからなる曲がピアノで演奏されたのを即座に楽譜にできなければならない。
このように、元々才能がある人が、高校・大学で少なくとも7年間、より一層高度な作曲技法を身につけるのである。
本当の「作曲家」になる道は極めて厳しい。
そういう専門家があのオープニングテーマを書いてくれたから、皆さん、「古畑〜」が始まるときのあの「ワクワク感」を味わえるのだ。
音楽の効果は誠に絶大である。
しかし、誰も丸山氏のことなど気にもかけないので、私が素人の分際で僭越だが、あえて取り上げた。
◆余談だが、「王様のレストラン」の音楽も素晴らしい。
私は全然ドラマに詳しい訳ではないのだが、「独断的」に述べるならば、
「王様のレストラン」こそ、三谷氏の最高傑作ではないかと思う。
何せ、11回のドラマの舞台は全てあの狭いレストランの中だけなのである。
完全な台詞劇だ。 それでも全然飽きないのは、脚本が非常に優れているからである。
このドラマの音楽は服部隆之氏で、彼も芸大だ。
オープニングテーマは「勇気」という曲(原題はフランス語)で、ホルンとトランペットで演奏される主題が実に素晴らしい。
私がこのドラマの存在を知ったのは、ロンドンにいた時だったが、
どうしてもサウンド・トラックのCDが欲しくて東京から取り寄せたほどである。
◆さらに余談だが、三谷幸喜氏は「オケピ」という舞台劇を書いている。
「オケピ」とは、オペラやバレエの公演の際にオーケストラが入る、
ステージの手前にある狭苦しい「穴蔵」、「オーケストラ・ピット」のことである。
「オーケストラ・ピット」の存在自体、知っている人は少ない。知っているのはかなり音楽に関心がある人だ。
それをガクタイ用語で「オケピ」と略して云うことを知っているのは、マニアの領域。
ましてやそれを芝居にしてしまうというのだから、人々は気が付いていないが、
三谷幸喜氏の音楽への造詣は相当のものであると思う。
◆「古畑〜」の陰の功労者を讃える。
話を戻す。
何はともあれ、映画やドラマ、CMの音楽は、「時間」を厳密に決められていて、
例えば3分24秒にしてください、などという注文が付くのが普通である。非常に難しい仕事な筈だ。
その制約の中で最も効果的な音楽に仕上げた丸山和範氏と、
このような優秀な作曲者・編曲者を採用した三谷幸喜氏の炯眼は、讃えられるべきだろう。
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