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2004年01月07日(水) |
Cry now. Play later."―今、泣いて、後で弾け。― イワン・ガラミアン=ヴァイオリン教師 |
一瞬、たじろぐこの言葉を吐いたのは、今現役で活躍しているイツァーク・パールマンなどの超一流ヴァイオリニストをジュリアード音楽院というアメリカ最高の芸術大学で育てた、伝説のヴァイオリン教師、イワン・ガラミアンというおっかない先生である。無論、私は活字で彼にまつわる逸話を読んだだけだ。弟子たちから「イワン雷帝(旧制ロシア帝国の独裁君主。とにかく、暴君)」とあだ名をつけられていた。
2日ごとぐらいにレッスンがあって、弟子たちは皆、メシを食うときと、トイレに入っているとき以外は練習、というほどの猛練習をして、レッスンに臨むのであるが、それでも、前回に指摘されたところが十分に改善していなかったり、不満な事があると、即座に"Leave!"(帰れ。)と云われてしまう。生徒はさらに猛練習するしかないのである。
そして、何よりも、演奏技術の基礎を完璧に固めることにこだわった。すでに、他の教師の下で、バリバリ難しい曲を弾いていた弟子が、ガラミアンの最初のレッスンで、基礎からやり直しだといわれ、半年間、全音符で開放弦を弾く事だけしか許されなかったという話がある。
「基礎が固まらなければ、高い技術は身につかない。そして、高い技術は、辛くても、若いうちに死ぬ気で練習して身につけなければならない。そうすれば、曲を弾くのは後でいくらでもできる。」という意味が、"Cry now. Play later."には込められているのだ。
何故、こんな話を書くのかというと、私が日頃から愛読させて頂いている、プロオーケストラのヴァイオリン奏者の日記で、驚くような話を眼にしたからである。
このヴァイオリニスト氏(仮にA氏としよう)は、オーケストラではコンサートマスターではない、所謂テュッティ(Tutti 総奏)奏者なのだが、このたび、あるコンサートでチャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトと弾くことになったという。技術の難易度を10段階にした場合、メンデルスゾーンが6ぐらいなのに対して、チャイコフスキーの協奏曲は8ぐらいなのである。無論素人が弾ける代物ではない。プロだって、何ヶ月か復習しなければ弾けないだろう、と私は思っていたのである。
ところが、A氏は、オーケストラの仕事が始まる前の、正月休み中に仕上げてしまうつもりだ、と書いているのである。これには心底驚いた。どうして、こういうことが可能なのか、といえば、学生時代に死ぬほど練習しているからなのである。すでに一回出来上がった曲なのだ。
音楽大学というと、我々素人は、何だかのどかな様子を想像しがちだが、とんでもない話で、次から次へと新しい曲を仕上げなければならず、(実技)試験に追われる。夏休みの前のみならず、夏休み明けにも試験があるから、休み中といえどものんびり旅行などはしていられないという。厳しいのだ。
A氏はチャイコフスキーを練習して久々なのでなかなか難しいなどと言いつつ、間もなく仕上げてしまうようだ。プロの持つ底力は"Cry now"の時期があってこそ、のことである。
これは、他の職業や学問でも言えるだろう。詰め込み教育は良くないといって、文部省のバカ役人は「ゆとり教育」を取り入れたが、生徒の学力低下があまりにも激しいので、わずか2年で再び学習指導要領見直しとなったのは周知のとおりである。「応用力」が大切なのはわかるが、何か、ものを考えるにしても、知識が無ければどうしようもない。文科系だろうが、理科系だろうが、若い人はその柔軟な頭脳に詰め込めるだけの知識を詰め込んでおいて、決して後悔する事はないだろう。
2003年01月07日(火) 欧米人との正しい握手の仕方。