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■ 掌中小説風日記 秋のシャンソン祭り
【前半】
昨日、地元松本市で、私の通うシャンソン教室の発表会イベント【第四回 秋のシャンソン祭り】が行われた。
小ホールの控室に入り、打ち上げ費用が含まれる参加費の八千円を支払った後、先ずは担当者から発表会の流れの説明を聞く。 軽い昼食後、出演者たちは一同に煌びやかなドレスやアクセサリーを纏いながら、支度にかかる。 互いの衣装の着付けに手を貸し合う者。 イヤホンを付け、頭で大きくリズムを刻みながら眼を宙に泳がせ、歌のイメージトレーニングに励む者。 歌詞を呪文のように繰り返し唱えながら、必死で暗記しようとしている者。 メイクをし直す者等、それぞれの準備に余念が無い。
シャンソン教室に通う生徒たちは、私よりも少し年配の方々が多い。 事あるごとに高価なドレスやアクセサリーを買い足す事も、時にあちこちで行われるシャンソンのイベントに、結構な自費を払ってでも参加する事や聴きに行く事。友人をランチに誘ったりしながら応援客を募ったりする事にだって、負担を感じている人など、皆無だろう…。
ある意味、満ち足りた暮らしの中での更なるお楽しみの域であり、意気揚々としているはずである。 又は、満たされ足りぬ何かを埋める為の趣味であり、或いは自分が輝ける場を今一度再確認したいが為のステージ舞台……。 そんな気持ちで教室に通っている人が殆どではないだろうか……。
少なくとも、私のようにハングリーな人間は居ない。 明日が来るのか来ないのかさえも危うい現状の中、心の叫びを押し殺し、一種の諦めと開き直り、しかし藁をもすがるような切実な希望や祈り、そんな複雑な想いを心に秘めながら本当にシャンソンが大好きで歌いに来ている者など、あの中には誰一人として居るはずもないのである。
私はそんな事を思い巡らせながら、ドレスではなく、一生懸命みつくろって合わせた安物の服を身に纏い、光らぬネックレスをぶら下げ、まるで人ごとのように周りの人達の行動をボンヤリと見詰めていた。
(三十年間もずっとこんな場を待ち焦がれながら、やっと目の前に現れたシャンソンを発揮する場とチャンス……。ああ、それなのに、それなのに……(笑) それと同時期に、皮肉にもそれを続ける為の月謝も、応援に呼ぶ人も、声さえも失ってしまうなんて……。 ヤレヤレ、私の人生って、なんで生まれながらにこうもズレまくりで滑稽なのだろう……。まるでシャンソンの中のムッシュ、ウイリアムそのものみたいだわ……) 私は心の中でそんな事を呟きながら、一人声に出して苦笑してしまったのだ。 そこで正面に座りイメトレしていた人と目が合い、私を見て「なにか言った?」と言うように首を傾げたので、慌てて「ううん、何でも無いの。一人笑いよ」と首を振った。
私はそんな中、以前の私とは明らかに大きく違っている自分の感覚や思考も、意識していた。 つい先日まで、気持ちの中をずっと生死の境が彷徨い続けていて、とても精神が不安定だった私なのだが、或る事を確信して以来、ガラリと変わった。 哀しさや苦しさや絶望だけで占めていた心に灯が点り、希望が楽しめるようにさえなりつつある。 これは不思議で、始終微笑が浮かぶようにまでなってきた。 私の中で何かが大きく変化していて、それをヨシヨシと頭を撫でて頷きながら見守ってくれている神様の存在を確かに感じられている。だからおもしろいくらい神様は考えられない素敵な不思議を最近又沢山くれるようになっている。
きっと今回の発表会に多少の無理を押して出たのも、神様は贅沢だなんて叱りはしないと思う。 先月考えられない不思議な現象が二度も起きたのは、神様が発表会に出なさい!と後押ししてくれたお陰だからなのだ。
そんな事を考えながらボーッとしていた私もふと我に帰り(笑)一応の身支度を整え、ホールに向かった。
ホールへのドアを開けると、ほぼ客席は埋まっていて、私を送り届けてくれた後、一度家に引き返していた夫、チョンマゲの姿が前列に見えた。私はウインクをしながら近づく。
「声、大丈夫そうか? 忘れてた吸引薬持ってきたぞ。ハイよ!今吸っておきなよ。後は何も考えずいつも通りマキュらしく歌えばいいよ」 私は吸引薬を受け取ると喉深く吸い込みながら「うん!解った。ありがとう。頑張るわ。私たち出演者は後ろの方で観てなきゃならないから一緒にはいられないけど、まあ、精々楽しんでくださいな」 そう夫に告げ、後ろの席に移動した。
松本のシャンソン教室の生徒数及び出演者は私を含め約二十人である。 上田教室の方が二名、ゲストとして歌いに来ている。 一人は演歌からシャンソンに転向した舞さんと言うプロの歌手の方と、もう一人は八十歳を超え、尚も元気でシャンソンを楽しみ、時々個人リサイタルなどを開いている素敵なご婦人だ。 一部で十人ほどが歌う事になり、私の順番は一部の七番目、ラッキー7だ。 客席は既にほぼ満席に……。 松本のシャンソンイベントは、常にお客様で満席になる。
歌順を待っていると、「マキュキュ!マキュキュ!?」と肩を叩く人が……。 あだ名で呼ばれたので、ビックリして振り向くと、何とエポック時代にバイトをしてくれていたナオちゃんって娘の同級生仲間の一人であるヤイちゃんではないか……。 彼女はエポックの頃の大常連であり、結婚や子育てで交流は難しくなったが、からくり箱にも数回来ている。 からくり箱の最後にも、皆で集まってくれた昔からの大切なお友達だ。 小学生の娘を連れて来てくれたみたいだ。
チョンマゲ以外は誰も聴きに来てはくれないだろうと思っていたので、物凄く嬉しくなり、ジワジワと涙が溢れ、既にその時点で泣きそうになった……(苦笑) ぐっと堪えてがまんし、やがて私の順番が来、ステージへ。 歌うのは【鯨たち】
いつも山崎先生はピアノ伴奏なのだか、昨日は会場にピアノが無い為、初めてのシンセサイザーの演奏となった。 イントロで波の音を演出してくれ、すごく臨場感溢れた伴奏になり、色々な感情も込み上げ、歌いながらも何度か泣きそうになり、ただでさえ出にくい声が詰まった……。
やっと歌い上げ、ステージを下りると、先ほどのヤイちゃんと、さっきはヤイちゃんだけかと思っていたのだが、何とバイトをしてくれていたナオちゃんも一緒に、素敵な花束を持って私に渡してくれたではないか……。 私はここで我慢できず、とうとう嗚咽してしまった。
【後半に続く】
2013年11月24日(日)
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