マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 (日記) フシギ・・・・・・


昨日まであんなに荒れ狂っていた腰痛が今日はかなり軽くなっている。
とは言っても今日も天候は不安定なようだし、雷雨か何かがきそうな予感。まだまだ空の上ではひと悶着ありそうなので、油断はできない。

やはり今回の腰痛は心因性のものが多くを占めていたみたいだ。

店を辞めるに際しては、二年ほど前からずっと思い悩んできた。
辞めたくは無いけど、自分のためにも周りのためにも、もう辞めざるを得ないだろうなぁ・・・。
しかし辞めないで欲しい、拠り所が無くなる。と言われれば嬉しいし、常にそんな温かな人の思いや支援に甘んじてばかりいた・・・。あの店を失ったらもうアタシには何も残らないと言う恐怖もあって、いつも心がぐらついていた。
でも、今回、意を決して書いてしまったら、何だか身と心がスッと軽くなった。
書いてしまったらもう後へは引けないので、思い切った事で、重いタガが外れたみたいだ。
なので腰も軽くなったのだろう。

アタシの店の役割としての理想は、若い頃から変わってないが、店対客の売り買いだけに割り切ったものではなく、一人一人のお客さんにアタシの家に遊びに来るような感覚で来てもらい、もう一歩踏み込んだ、人間対人間の付き合いをしていく事だった。
だから店のサブネームとして「語り処」と付け加えた。

アタシをお母さん代わりにしてくれたり、愚痴聴き屋としてくれたり、友人とダベる感覚で来てくれたり、時にホンネで何かのテーマであつく語り合ったり・・・・・・。それは別にアタシ対客でなくても、客同士でも一向に良い訳で・・・・・・。
なにしろあの空間は、他の店では味わえないような、心の澱の脱ぎ場所みたいな役割の店に出来たら良いなぁ・・・と思っていた。
だからエポック時代から、たくさんの人々の秘密のベールのようなものを脱がせてきた。

しかし、やはりアタシ自身が澱をたくさん抱え込み、排出している人間であり、人間好きなのか人間嫌いなのかはまだ解らないが、ある種の人間以外は受け付けられなくなるような部分を持った異端児なので、時々人間の得て不得手がモロに顔に出てしまったりする。

デリカシーの無さすぎる人間に苛立ってみたり、空気を読もうという努力をしない人間に苛立ってみたり、あまりに軽々しい上っ面な言葉ばかりを発する人間にも苛立ってみたり・・・・・・etc
元々我慢強くなく、お世辞や社交辞令が苦手なアタシは、お客にホンネでぶつかってしまう事もしばしばだった・・・・・・。

そのくせアタシは、その時々で自分よりも心が荒んでいたり、弱気になっていたり、大きな悩みを抱え、青菜に塩みたいな顔をしている人が来れば、ついつい愛しくなってしまい、売り上げウンヌンに無関係で、ジックリ飲ませ、アタシも付き合いたくなってしまったりする。
それじゃぁ、水商売なんてやっても上手くいくはずが無い訳で・・・、常に貧乏から脱出できず、自信喪失になったり自己嫌悪に陥ったり・・・・・・。

人って大概が、最初ばかり良い所を見て、相手の悪い部分が見え隠れしてくると今度は線を引いたように、悪い部分ばかりを見るようになるもので・・・。
なぜ、良い部分と悪い部分を分けて見なくなるのだろう・・・・・・。
一時が万事のように取り扱う人間が多い。

お客の方も最初はそういう店だからこそ好きだと気に入ってくれていた筈なのに、あまりにアタシのうだつが上がらないままでいると、今度はその良かった部分が仇だなどと言われてしまったりする・・・・・・。
ウチの店は個性の強い客が多く、やはりどこか異端な人も多いので、良い時は良いのだが、徐々にお客同士でも得て不得手が出てくるようで・・・・・・、ソレをじょうずに取りまとめる事にもどんどん自信を無くしてきた・・・・・・。
そうなると、やはりただただ美味しい物を作るような努力をし、極力人間同士の触れ合いを避けるべく、常に笑顔で、カレーでも餃子でも売っていた方が良いのかもしれないなぁ・・・と感じたりしたのだ。
しかしそれも場所が悪いし、体力や資金も無いので止めようと言う結論になった。

元々アタシには何も無いので、失うものも無い。
身軽って素晴らしい。
後は命だけ失わないよう、何とか生きる工夫をしながら、大好きな人達だけと時に付かず離れずの交流を持ちながら、この先も何かの生き甲斐を見つけながら生きて行くわ。


2010年05月26日(水)

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