 |
 |
■■■
■■
■ (日記) 土曜日の事&送り盆。
お盆の間中、感覚的にだけなのだが、所々に昌子(亡き母)の気配を感じていた。 昌子が亡くなる日の朝、病院から「今日が限界でしょう」と言う電話を貰い、息子を連れて病院に駆けつけた所、彼女は自分の死をちゃんと解っており、「私さぁ、今日辺りダメみたいよ〜」等と他人事のように平然と言ってのけた人だっだ。 アタシ等母子は、変なごまかしや慰めは通じない間柄なので・・・、『そんな事が解るの? 死ぬのってどんな気持ち? 怖い?』などと死に付いて少時間を掛けて語り合ったのだ。 母は「全〜〜然怖くない。ただ、痛がってるようなら薬を足してもらってよね」等と言っていたのだ。
その後医者の言う通り、午後になって意識が白濁し始め、昏睡と覚醒を繰り返すようになってきた。 しかしながらアタシや孫やアタシの店の従業員や夕刻になり駆けつけてくれた親類達それぞれにきちんとお別れをし、思い残す事も無くアチラの世界に旅立った訳なのだが、その午前中の語らいの際、「アンタたちの事は常に側に居て見守っていくからね。お化けになって出てもアンタ怖がらないでよね・・・」などとジョーク交じりに言うので、『アタシは怖がりなんだから余り陰気な顔で出て来たり、ぞっとするような出方はしないでよね・・・。でも、何かの気配は感じさせてよ・・・。何かこう・・・合図みたいなものとかさぁ・・・』 「ハテ・・・、どんな合図を出そうかなぁ・・・・・・」 母は楽しみごとを考えるように、そんな事を呟いていた。 そしてその日の夕刻、母は安らかに息を引き取った。
その合図と言うのがアタシが思うに、左側の背中を撫ぜられているみたいなジリジリとくすぐったいような微妙な感覚で、母の死後、数年間は何かに付け、そのむず痒さと温かさを感じられていたのだが、ここ十年ほど滅多に感じる事は無くなっていた。 しかしお盆中はその感覚が蘇っていたのだ。だから(アッ! 昌子がちゃんと来てくれている)と確信できたのだ。 多分アタシと一緒に嬉しげに店にも出勤していた事だろう。 店でも時々そのジリジリ感を感じていた。
お盆の入りに一切の願い事や注文事をしなかったアタシに気を良くしてくれたのか、母は土曜日に、もの凄いサプライズをくれた。 木曜日に来てくれたヨロズ君が同級会の3次会に来てくれることは解っていた。しかし、「3次会なので人数は解らないけど、多分最低でも5〜6人は引っ張って行くからね」とは言われていたのだが、とんでもない事になったのだ。
その前にドラマのワンシーンみたいな面白い事があったのだが・・・・・・。 常連のカナから突如電話が入り、「ママ、おひさ〜♪ ねねママ、心して聞いてね・・・。凄いよ!!ミラクルだよ!! これからからくり箱に十数人のお客がなだれ込んで行くよ! たまたまアタシの前を通り掛った人達が、エポックに行くぞ〜〜!!とゾロゾロ歩いてて今順番にタクシーに乗り込んでるよ。ママ、一気に店忙しくなるから覚悟しといてね。」とわざわざ電話で実況報告してくれたのだ。(笑)
着いてみれば何と、16人も居るではないか・・・・・・!!! 先に来ていた(T)ママが、目を白黒させながら一生懸命手伝ってくれて助かった。
ヨロズ君たちは元々昌子の客だ。 昌子が初代エポックを経営してた頃、まだ高校生ながらも店に入ってきた彼等を(他の場所で不良させるくらいならウチの店に入れて、ストレスを発散させてあげよう)と快く迎え入れ、紅茶やコーラに「チョットだけよ」と、数的のウイスキーを垂らしてあげ、「誰かに聞かれたら信大生だと言っておきなさい」と遊ばせてあげていたそうだ。 そんな若者の良き(悪きかな?ww)理解者である昌子を慕ってくれ、それから彼等の仲間が集まるようになったと言う。 その中のガキ大将的存在がヨロズだった。 アタシの代になってからも彼等は来続けてくれ、今に至っていると言う訳だ。
よほど昌子も皆に会いたかったのだろう・・・・・・。 昌子もヨロズの客寄せに手を貸したとしか思えない。 多分16人のメンバーはアタシよりも昌子と馴染み深い人の方が多いと思われる。
お陰さまで全財産3千円になってしまった乾ききったアタシの財布も潤い、物凄く楽しく心温かなお盆になった。
しかし、あのメンバーは高校時代から変わってないなぁ・・・・・・。 裸で騒ぐわ、水はぶっ掛け合うわ、もう大騒ぎ・・・・・・。 今日までに椅子が乾いている事を切に願うよ・・・。
ヨロズ君達、本当にありがとう。 お陰さまでアタシも昌子もとても懐かしく嬉しく、最高のお盆を迎えることが出来たよ。
昨日再びカンバを炊いて、ご先祖様たちを見送った。 送り火を見詰めていて、何か嬉涙がたくさん出た・・・・・・。
きっとご先祖様たちは「ヤレヤレ・・・、今回もなにかと働かされたけど、まぁ、いいんでねぇかい?」と囁きながら黄泉の国へ帰って行った事だろう・・・・・・。
又来年もご先祖様をお迎えできるように、日々を頑張りたいと心から感じたお盆だった。
2009年08月17日(月)
|
|
 |