マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 (日記) 人生最強のメンターに出遭った。


アタシが最悪のダメ人間としてこの50年間、暗中模索の中、様々な波乱万丈にモミクチャニにされながら、人生の多くを失敗だらけで費やしてきた事は、この日記の愛読者の皆様なら良くご存知だろう・・・。
ぐうたら神にはどれだけいたぶられてきた事か・・・・・・。

ただ、一つだけアタシの良い所を自負するとしたら、へんてこりんでユニークな感性のお陰で、ちょっと良い事が有ると、さっきまで死にたいと思うほど落ち込んでいたのが、もう朗らかになっていると言う部分だ。
人生の仕組みとして、最高に良い状態の時も、最悪に酷い状態の時も、長続きしないのだと言う事はうすうす解っていた。と言うよりも、余りに色々有り過ぎる物だから、私の場合はどちらの状態にもあまり執着心がないと言った方が当たってるのかも・・・。
今度はそう来たか・・・、ハイハイ・・・、もう好き勝ってにしておくれよ・・・と言う具合で開き直ってしまった。
結構波乱を愉しんでる部分さえあるほどだ。

ただ喜怒哀楽は人一倍旺盛なので、感情面には至って正直だ。
だから何時も【今鳴いたカラスがもう笑った】だったり、【今笑ってたカラスがもう鳴いてる】なのだ。
もしかしたら素晴らしく素直で、順応性が有る人間なのかも知れない。
【別名、単細胞・忘れっぽい・性懲りが無いとも言うが】

基本が楽天的なので、アタシの人生の中で、普通の人ならば、その一つの出来事だけでも深く落ち込み、それだけでももう自殺してしまうほど、デリケートな人間も居るところを、私は何十個もの人生最大級のピンチと呼ばれるような事件に定期的に遭遇して来たにも関わらず、まだ鬱になった事も、精神を病んだ事も無いのかも知れない。

そんな人生の締めくくりである大きな出来事が6年前の癌だ。
そしてその数年後に訪れ、今尚引きずっている経済苦。

癌の時は一時的にもお金持ちになれたので、その気分を謳歌し、人生に初めて訪れたリッチな気分に思う存分浸りきった。
しかし、その後がいけなかった・・・・・・。
アタシの誤算で、元気になってしまったからだ・・・・・・。
アタシは人生最後のプレゼントとして、ぐうたら神が持参金付きの、休暇を与えてくれ、愉しみ切った頃に天に召されると思い、今か今かと待っていたのに、ぐうたら神は底意地が悪いので、アタシを元気にしてしまったのだ。
私を殺さず生かした事。これがアタシへの最大級の天罰だったみたいなものだ。
そして去年から今年に掛けて、もう、にっちもさっちも行かぬ状態になり、3度の飯よりも好きだった文章を書くことすら出来ない状態になった。

でも、癌から生還した後、苦しみにあえぎ始めた頃から物が書きたくなり、ずっと書いて来たお陰で、その窮地も救われ、今回、念願だった店を持てた。
そしてそれと共に、アタシは、この気持ちや魂を少しでも清く正しく朗らかに保つため、50を目前にして人生の勉強【自分改造】をし始めたのだ。

何しろ自分の人間性を磨き、感性を磨き、自分の残った余生を、少しでも気高く強く鍛えながら生き直したくなったのだ。

今考えてみると、やはり私は癌が人生の過渡期だったのだろう。
3行の作文しか書けなかったアタシがやたらに物を書きたくなったのは、天の指図かもしれない。
今考えるとそうとしか思えない。
きっと書く事が私の人生を支える最強のアイテムと言う事で、天が与えてくれた苦肉の策なのかもしれない。
「書いた物では未だ食えもしないくせに!」 と思う人も居るかもしれないが、ちゃんとお金になって今、確かに食えているではないか・・・・・・。
それが義捐金と言う形であれ、アタシからの物乞いであれ、お恵みであれ、同情であれ、アタシは自分の書いた物が元で自分の店の資金を手にする事が出来たのだ。
物を書いてなければ店を与えられるチャンスにも恵まれなかっただろう・・・。

そして好きでやり続けてきた事の全てが今、役立っている。
料理も歌も書く事もだ・・・・・・。

最悪の運命と最高の運命とを表裏一体で持ち合わせている自分は、本当につくずく面白い人生で幸せ物だと思う。
なので、ただで死んではいけないような気がするのだ。
どうせ死ぬなら、何かの役に立って、この世に恩返ししてから死ななきゃね・・・。
それこそ地獄に落ちてしまう。

そんなアタシの人生に、所々現れてくれる、良きメンターたちが居る。
本田健の著書に寄ると、人間、そうはメンターには出会えないみたいだ。
本当に究極まで頑張って、落ち込んで、この先が無いと魂が叫ばない限り、そう易々とは現れてはくれないそうだ。
そしてメンターは、絶妙なタイミングで、出会うべくして、出会う時期に、天から送られて来るそうだ。

今回アタシの人生で最強のメンターに出会えた。
秀爺からのプレゼントだ。
それは皆様ご存知の【中村天風】の著書【運命を拓く】だ。
メンターは生身の人間だけではなく、本でも、音楽でも何でも良いのだそうだ。
自分の人生観が変わるほどの、良い影響を与えてくれるものなら、全てがメンターになると言う。

最初この本を手にした時、【難しそうだけどアタシなんかに読めるかなぁ・・・】と少し不安になった。
しかし、読み進めるうち、涙が流れる部分が多くあり、又ゲラゲラ笑える部分もあり、師の講演の力強い音声まで聞こえてくるような気がした。
威厳があるだけではなく、とてもユーモラスでもあり、茶目っ気や人間味のあるお人なのだろう。

師の著書を読んでいて、あぁ、アタシの思って来たことが満更間違いではなかった・・・、アタシもそう思う・・・、と言う部分、アタシにはそんな立派に生きぬく自信が無いと言う部分様々だけれど、師の教えは本当に心の襞に入り込み、とても身に染みる。
凄い! これを少しでも多く実践して、少しでも理想の人間に近づいて行こう! と、素直にドギツク感動させられた。

今は亡き人なれど、師の著書に出会えた事、それすらが、私の人生はもう救われたのだと思う。
きっと出会えない人は生涯出会えない。
出会えたとしても、途中でホッタラカス人も居るだろう。

きっと師ほどの哲人。身体(抜け殻)はもうこの世に存在してなくとも、魂は時空を超え、私達の直ぐ傍に居るのだ。
なので、師の著書に出会えたと言う事は、それを素直にむさぼり読めると言う事は、師がアタシを受け入れ、説教をしに会いに来てくれたのだと思っている。

この本をプレゼントしてくれた秀爺、本当にありがとう。
あれから図書館に行って師の本を6冊も借りてきて、もう既に2冊読み終えた。

師の教えを魂に宿し、少しでもまともな人間になれるよう魂を磨き、アタシもこうして生き伸ばしてもらっている以上、人の為に少しでも役に立ちたいと心から思った。

嗚呼・・・、本当に素晴らしいメンターに出会えた。
こんな感動や衝撃は久々だ。

もしかしたら、ちょっと底意地が悪く、手厳しく、人間味あふれたアタシのぐうたら神は中村天風の化身かも。
【先生! ごめんなさい!!】

今年も七夕は金の棚ボタが落ちてきた♪


2005年07月07日(木)

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