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■ (日記) 餓死した女性と子供について思うこと・・・
あの二人がとても不憫だ・・・・・・。 怖かっただろうなぁ・・・、辛かっただろうなぁ・・・、寒かっただろうなぁ・・・、寂しかっただろうなぁ・・・、悲しかっただろうなぁ・・・・・・、無念だったろうなぁ・・・・・・。
あの二人に限らず、近年、年老いた夫婦の餓死や、病気の親と子が餓死していたという胸の痛む事件を良く耳や目にする。 餓死しないまでも、自殺に追いやられたりする人は年々増えつづけている。 でも、それらの人たちは、本当に可哀想で不幸なだけなのだろうか・・・・・・。 もしかしたら生き残っている人間がそう感じているだけのことかもしれない。
その時点で死ねたと言うことは、私は神様に天界に来ることを許され、慈愛の腕に抱かれる事が出来た、修行を終えられた人間なのかも知れない・・・、と思い込むようにしている・・・・・・。
人間として生を受けている間が最も幸せな時期なんだと思えば、とても悲しく辛いが、神様に許されて、人間界と言う荒波の修行場からようやく救い上げられた卒業生なのだと思えば少しは救われるのではないだろうか・・・・・・。 人間として生きていると言う時間が最も辛い修行の場なのだ・・・。そう視点を置き換えなければ、あまりにも虚しく辛すぎる事件だ・・・・・・。
神が抱かない限りは、どんなに人生が苦しく辛かろうが、もがきながら生き続けなければならないものだと思う・・・・・・。 自殺にしても病死にしても殺人にしても事故にしても、死と言うものは神がその人間の修行の終わりのスイッチを押すまでは嫌がおうでも続くものだと思っている。
殺人を犯す人、犯罪を犯す人、それらを平気だと思って生まれてくる魂の持ち主など一人も居ない筈なのに、そんな生き方をさせられてしまうのも、神が与える最も苦しい修行の一つなのかも知れない・・・・・・。 神に死ぬ事をも許されず(抱かれず)魂までももぎ取られ、後ろめたいと言う自責の念に一生苦しめられながら神がスイッチを押してくれるまで生き続けなければならない・・・・・・。 人間の心を捨て去り、生き物に化し、食うか食われるかの心を宿す・・・・・・。 人間が人間ならではの魂を抜かれ、野生動物にさせられてしまう・・・・・・。 最近多発している多くの金銭がらみの事件や凶悪事件を見ると、人間とは何処から、いつから、こんな思考に変えられてしまうのだろう・・・・と思う。 そしてそんな罪を一代でぬぐい切れぬ者の来世は、もっと凶悪犯と言う役柄に変えられ、辛い修行をするのだろうか・・・・・・。 私は宗教のことも輪廻のことも何も知らない。 でも、神様がいて、神様が配置し、色々な役柄の人間として私達がこの世に送り出され、根本の魂が完全に浄化されるまで何度も生まれ変わらせ修行をさせられているのではないかと思う。 なので人生に不幸な出来事が多い人間は、まだまだ何度か生まれ変わらせられて、完全に魂が透明になるまで天界には行けないのだ・・・・・・。 【これはあくまでも私の想像】
話は変わるが、細木先生が先日の番組で「15〜6年先には日本国民全員が餓死しますよ」等と言う恐ろしい事を言っていた。 それを救うためには・・・と言う余韻を残し、番組は次回に持ち越されるようだが、アタシももう、完全に日本は氷河期に入ってしまったのかなぁ・・・と思う。 いや、地球規模の氷河期なのかもしれない。 その氷河期となったこの世で生き残るためには、かなりの財産を残した人か、成功者でなければ無理になって行くのではないだろうか・・・・・・。 そしてその為に、今に増してどんどん人を蹴落とす人間や犯罪が増えつづけるのだろうか・・・・・・。 どちらにしても、弱者やお人好しが真っ先に生きられぬ世の中になるだろう。 ある意味、魂の透明度によって、早く天界に行けるのかも知れない・・・・・・。
人間界で生き抜く為には、心を捨てて動物になり切るか、そんな戦いを放棄し、人間としての魂を保ちつづけ神に抱かれる日をひたすら待つか、直ぐ側の数十年後にはそのどちらかしかもう無くなって来るのでは・・・などと思う今日この頃だ。
2005年02月03日(木)
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