マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 【エッセイ】 バアバの本葬


翌日、従姉妹の【N】と斎場に向かい、本葬に出席する。
昨日の通夜とは又少し違った顔ぶれもあり、縁遠かった私にも声を掛けてくれる人などが何人か居、その都度、遠い記憶がよみがえり、不思議な懐かしさと哀しさが胸を打つ。
「アナタ、バアバの事が大好きだったものねぇ・・・」などと涙ぐみながら言われると、その都度引っ込みかけた涙が、又溢れてくる。

今日は杉田さんの奥様と、奥様のお母様も来ていて【海を渡るバイオリン】で子役として出演していた杉田さんの二人の子供達とも、初めて対面した。
あのドラマのワンシーンが感動的に蘇る。
ドラマを見ていた段階では、杉田さんの実子だとは気付かず、バアバとの電話でその事を知ったのだが・・・・・・。そんな気分で見直してみれば、あの画面の子供達と同じ顔の子がすぐ側に居るのが不思議な気分だ。
もの凄い名演技を演じた二人の乳児に、改めて拍手を送った。

それにしても、バアバの存在感は誰に取って見ても、立派で、尊く、かくもありがたき存在だったのだなぁ、と思うと、今更ながらバアバの生き方、及び、死に方の素晴らしさを痛感させられる。
これほど多くの人々が単なる義理だけではなく、バアバを愛し、バアバの死を悲しみ、バアバとの別れを心の底から嘆いている・・・・・・。
そんな人って、この世に僅かではないかと思う・・・・・・。
そんなバアバと出遭い、身内として多くの時間の関わりを持てた事は、私にとって本当に誇るべき事なんだと、つくづく感謝したい。

私や従兄妹達を含め、複雑な家庭に産まれ育ち、家庭愛に何らかの飢えを感じていた者達にとって、バアバはそれを埋めてくれる唯一の癒しの存在だった。
誰もが自分の両親よりも、むしろバアバを愛しみ尊敬していたのではないかと思う。
四谷の伯父の家に出入りする全ての人々にとって、バアバはやはり、偉大な心の母だったのだろう・・・・・・。
そんな思いを抱きながら、私は本葬と初七日の法要の席に座っていた。

やがて、葬儀も初七日の儀式も終わり、出棺となった。
棺の中のバアバに皆でお別れをする。
【N】の「ありがとうバアバ!!」と言う嗚咽と共に、皆の「ありがとう」が続く。

本来ならば、【聖母バアバ】と言うエッセイをバアバ自身に読んで欲しく、バアバの棺に入れるために今回の葬儀に出席したはずなのに、昨日杉田さんに渡してしまった事を思い出し、バアバの棺に入れる肝心な分が無い事にアチャ・・・と狼狽する。
もう一部、なぜプリントしてこなかったのだろう・・・・・・。
酷く自己嫌悪を感じた。
これじゃ、本来の目的が本末転倒ではないか・・・・・・。
ついうっかりではあるのだが、大間抜けもいいところだ。

こんな所が私の大バカな所であり、ダメな部分であり、ドジな所でもあり、バアバが最期まで私の事を心配していたと言う所以なのに・・・・・・。

ごめんねバアバ・・・・・・。でも、きっとバアバの事だから私の隣にもちゃんと来てくれ、もうバアバの心の目でとっくに読んでくれているよね・・・。【と、自分で自分に言い訳をしている私である】


やがて遺骨となったバアバの骨が皆の前に現れた。
この骨はどこそこの骨で・・・と説明を受ける。
皆は先ず、その骨の多さに驚いた。
火葬場の担当者から「これほどの丈夫な骨を持っていないと、92歳までは中々生きられないでしょうね」と聞かされ、皆で納得した。
のど仏は少しだけ形が崩れてはいたが、他の骨はしっかりとしていた。
私は【N】の妹である【R】とバアバの骨を拾った。

そう言えば、バアバの家の仏壇に、亡き祖父の、のど仏が小さな骨壷に入って置かれてある。
祖父ののど仏は本当に立派な物で、正に、仏様が座禅を組んだ形をしているのを、小さい頃から、バアバに良く見せてもらっていた。
きっと、バアバののど仏と、お祖父さんののど仏は、これから仲良く仏壇の中で並ぶ事になるのだろうか・・・・・・。

皆で控え室に戻り、食事をし、酒を飲み、皆が和やかな明るい空気で、思い思いの会話に花を咲かせている。
そんな風景を見ながら、今度皆に会えるのはどんな時なのだろう・・・などと言う思いが巡る。
やがて喪主の【G】と、杉田さんの挨拶があった。

【G】の挨拶では、バアバの様態が急変し、病院に駆けつけた時には、既にバアバの息は無かったとのこと。
【人に看取られるのは嫌だ】と言う、バアバの願い通り、本当に人の手を最期まで煩わせる事無く、ひっそりと去って行ったのだという。

そして杉田さんの挨拶が始まる。
「私も今まで多くの葬儀に出席をしてきましたが、これほど感動的な葬儀は今までに無かったと思います。【N】が最期にありがとうバアバ! と声を掛けて居た通り、玉子さんの人生は、人に愛を与えるだけの人生で・・・・・・中略・・・・・・家の中もしっかり片付けてあり、正に立つ鳥跡を濁さずと言う言葉通りの、人生の終え方でした・・・・・・後略」
しんみりと、又、穏やかに、温かい気持ちで皆が聴き入っていた。

そして知人達と別れを交わし、連絡先を交わし、杉田【G】の家に親族だけで移動する事になった。時計を見るとまだバスの時間まで数時間もあるので、私もお邪魔した。
前に来た時にバアバが座っていた席に、バアバの姿は無い。
杉田さんの家では、皆で冷蔵庫の整理をしたりしながら、時間を惜しむように、私は従姉妹達との雑談に耽っていた。
私はバアバが使っていたご飯茶碗をバアバの形見として貰ってきた。
丁度お茶碗を割ってしまったので、バアバのお茶碗で明日からご飯を食べよう。
亡くなった人のお茶碗は縁起を担ぎ、割ってしまう物だと言う人も居たが、良いさ良いさ。バアバの事をいつも偲びながらご飯が食べられるなんて、最高だ。
もしも、何かが障り、天に召されるならもっと本望だ。

やがてバスの時間が来、バアバの遺骨が安置された祭壇に本当のお別れを告げ、従姉妹の【R】に【N】と一緒に新宿まで送ってもらい、【N】に見送られ、私は高速バスで松本に帰って来た。

本当に良いお葬式だった。
バアバを大好きな人だけが集まった、本当の意味での告別式だ。
私も、たとえ数人で良いから、本当に私の事を大好きだっ人だけに見送られたい・・・。


杉田さんにお願い事がある。
出来れば是非、何れ、バアバをモデルとした素晴らしいドラマを作って欲しい。
バアバの人生を、私達だけの想い出だけにしておくのは惜しいような気がしてならないのだ。

今回の葬儀は本当にドラマのワンシーンの中に自分自身が立っているような気がして不思議だった。
バアバを知ってからの49年間と言う、長い長い人間ドラマの歴史が、とうとう幕を閉じてしまったと言う大きな喪失感がある。
そんなバアバのドラマをもう一度画像で見たい。


バアバ、さようなら・・・・・・。
今まで本当に、ありがとう。
そしてお疲れ様でした。

いつかきっと、こんな私でも、バアバに心配を掛けないような人生を歩んで行けるよう、絶対に身を立て直すつもりで居ます。
だから、見守っててね。

本当は、もう、天国でじっくりゆっくり休んでもらいたいので、お願い事や弱音は絶対に吐きたくないけれど・・・、もしも、もしも、本当に崩れそうになったら、私の側に来て、昔のように背中を叩いてね・・・・・・。
バアバのあの笑顔で、温かい手で、背中を叩いてくれるだけで良いの・・・・・・。
それだけできっと私はバアバを感じ、又元気に頑張れるから・・・。

「松本にも私の可愛い孫が一人いるんだって事、いつも忘れてないからね」
バアバのあの言葉、何よりも嬉しかったんだよ。
その言葉を、バアバの私への宝物の遺言だと思い、頑張って行くからね。

どうか天国で、先に旅立った皆と共に、安らかに穏やかにお眠りください。

合掌


2005年01月07日(金)

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