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■ 【エッセイ】 バアバの通夜
幡ヶ谷の世々幡斎場で行われたバアバの葬儀は、私の中ではとてもドラマチックで感動的な葬儀だった。 あの日に遡って、記憶の限りに今回のエッセイを書こうと思う。
高速バスが首都高の渋滞で30分ほど遅れ新宿に着き、電車に乗り換え、私が2年ほど住んでいた幡ヶ谷に着いてからも、町並みを散歩する余裕もなく、会場に滑り込みのセーフとなった。
控え室に入ると、懐かしい顔ぶれが一同に揃っている。 しかし、一人一人と挨拶を交わしている時間は無い。 取り敢えず、たった一人だけ健在でいる叔母に祖母【水町庸子】のビデオを貸す。 その息子である従兄弟達や数人の親類、知人達とせわしく言葉を交わし、式場へ。
バアバは23日の明け方に亡くなり、遺体は翌日から斎場に安置され、今回の予定では、本日が通夜。明日は本葬・初七日の法要までを2日掛かりで一気にやってしまうらしい。
バアバの優しく微笑んだ遺影の前に立つと、バラバラと涙が溢れた。 本当にマザーテレサのような穏やかで優しく美しい顔をしている。 「ごめんね、バアバ・・・。やっぱ、来ちゃったよ・・・」 心の中でそう呟き、両手を合わせて黙祷。 従姉妹の【N】に呼ばれ、二人で受付の手伝いをする事になり、しばし香典の整理と名簿の整理を手伝う。 【誰だ誰だ! 私にそんな役目をさせたら危ないと、今、呟いた人は!(笑)】
ふと見るとDrコトーの吉岡さんと目が会う。 彼も式場には座らず、ずっと受付前に立ち、バアバの通夜に立ち会っている。 私の真正面だ。口髭と顎鬚を少し伸ばし、とても凛々しい顔をしている。あの【北の国から】の純君の頃の幼さはもう何処にも無い。 吉岡さんの生の顔を見るのは、従姉妹の【A】の葬儀以来だ。 【かっこいいなぁ・・・。私、貴方のフアンなのよ・・・】と、ドギマギする。 卑しいのだけれど、たまにチラチラと、ついつい、見詰めてしまう。 携帯カメラで写真が撮りたかったが、さすがに止める。(苦笑) そこで吉岡さんの花輪だけ写して来た。【マキュキュギャラリーに掲載中】
伯父のお弟子さんに受付を代わってもらい、お坊様の経を聞き、焼香を済ませ、通夜の式が終わり、皆で棺に横たわるバアバの顔を触る。 【冷凍バアバになっちゃってる・・・・・・】 冷たく硬いその顔に触れた時、私は、【これは魂の抜け切った着ぐるみなんだ・・・】と思い込むようにした。 明日はバアバが骨になっちゃうんだなぁ・・・・・・。そう思うと又、新たに涙が溢れる・・・・・・。
控え室に戻り、飲んだり食べたりしながら、改めて皆とゆっくり会話する。 その席には吉岡さんの姿はもう無かった。【ちょっと残念!】 親類だけでも100人近い。その他、バアバに世話になった伯父のお弟子さんや役者さん達も来ている。 バアバの系列や、その他を含むと、もう、誰が誰だかも、誰が誰の子供たちなのかも解らない。 私の従兄妹達に遅がけの子供達が生まれ、その子供達がじゃれあい、騒いでいる。 私達の40年前の姿そのものだ・・・・・・。
従姉の【A】を筆頭に、7〜8人の従兄妹達が集まり、法事や何かがあると、皆で不謹慎にハシャギ、笑いの会場になってしまうので、バアバや母達に皆で良く叱られた物だ。 その叱られていた私達世代の元子供達が、親になり、叱る役をやっているから可笑しい・・・・・・。時代の流れがまぶしい・・・・・・。
そして久々に姉にも再会した。 実は、アタシには血のつながった姉が一人居るのだ。 母が、私の父と結婚する前に結婚していた人との間に出来た子供だ。ようは俗な言い方をすれば種違いの姉。 ある事情で母子は引き裂かれ、ずっと消息もわからぬまま離れ離れに暮らしていたのだが、母が癌になり、余命が半年と宣告された頃、【もう一度会っておきたい】と言う母の意志を尊重し、何とか探し当て、再会を果たしたと言う大きなドラマがあったのだ。 初めて姉に会った時は、私よりもずっと母に似ていて、私はとても驚いた。 母の40代の頃と同じ顔をしていた。 それ以来、姉妹としての付き合いも始まり、故、親類との付き合いも私以上に積極的に参加しているようだ。 彼女【Y】は、私よりも5つ上で、板橋に住んでいる。 【Y】も離婚経験者で、哲朗と年の近い二人の子供が居るのだが、子供達どうしも、たまに電話などでの交流はしているようだ。
サテサテ・・・・・・、一同にこうして従兄妹や親類達に会えるのは、もう、誰かの葬儀くらいしかないのが切ない。 なので、久々に会えた従兄妹達と話が弾む。 【N】の兄の【N2】が、しきりに私に東京に帰ってくるようにと誘う。 ゴールデン街に店を出せ出せとうるさいのだ。(笑) 今が店の出し時らしい。ゴールデン街なら格安で店が出せるのだと言う。 私は従兄弟の【N2】とは昔から仲が良い。どちらも不真面目で親類の中では、はみ出し物なので、同病相憐れむの仲なのだ。(笑) 【ちなみに従兄弟の【N2】は今現在、キキキリン達と富士カラーの正月用のCMに出ている。桃屋のCMの声も亡き伯父に変わって担当している】
そうこうしている内に杉田さんが「遠いところから有難うね」と声を掛けに来てくれた。 こんな事にもドギマギする私は、度素人も良い所だ。
「さっき、吉岡君の写真を撮ろうと思ったけど、さすがに辞めました」と言うと、「当たり前じゃないか、コラ」と笑っている。 そこで私は細心の勇気を振り絞り「これを読んでみて下さい」と、杉田さん宛てに書いた手紙と、バアバの事を書いたエッセイ群を渡し、マキュキュのからくり箱の宣伝をしておいた。 こんな事でもドキドキなのだ。 杉田さんは「今度暇が出来たらHPを見てみるよ」と快く応えてくれた。 【やったぁ〜♪】 そして記念に携帯カメラで写真を撮らせてもらった。【それもバアバの遺影と共にマキュキュギャラリーに掲載中】 これだけ言うのが精一杯なほど、実は私は奥ゆかしい人間なのだぞ。(笑) 「海を渡るバイオリン、とても良かったです」と言うと、杉田さんは「そうでしょ?」とニヤケていた。
最期にバアバの顔をもう一度見に行き、「明日又ね」と、もう一度冷たいホッペを触った。 この日は、従姉妹の【N】の家に泊めてもらい、真夜中まで色々なバアバとの思い出話をしながらたくさん飲んだ。 明日は本葬だ。 明日はどんなお葬式になるのだろう・・・・・・。 そんな事を考えながら、もう酔っ払っちゃって知らぬうちに眠っていた。
【明日に続く】
2005年01月06日(木)
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