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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(4)
「あの子が『マキちゃんを泣かしちゃって、俺が行っても怒ってて全然ダメなんだ・・・』って言うもんだで、腰が痛いババが迎えに来てやったぞぉ♪ ああ、ああ、よしよし、折角来てくれたのにねぇ・・・・・・、可哀想に、可哀想に・・・、本当にしょうがない子だよ、あいつは・・・」 お母さんが背中を叩いて、まるで赤子をあやすかのように慰めてくれる。 「まったくしょうがないよね、兄貴ったら・・・・・・。キレると本当に言葉の暴力が酷いんだからぁ・・・。私だって昔、兄貴と喧嘩して、散々経験有るから、マキちゃんの気持ちが良く解るよ・・・」 (E)ちゃんもここぞとばかり私に加勢してくれる。 「本当に良く来てくれた・・・・・・。さ、さ、早く行こう? ジジもマキちゃんはどうしたって心配して待ってるからさ。早く顔見せてやってくれ。な〜んにも気にしなくて良いから、さ、さ、行こう行こう」
【本当に良く来てくれた・・・・・・】 じっと見詰めながらお母さんに言われたこの言葉が、どれほど私の心に嬉しく、又、ありがたく染み入った事だろう・・・・・・。
二人の優しさに、私はとても救われた。 「ごめんなさい・・・折角のお祭りの日なのに、こんな心配掛けちゃって・・・」 赤ん坊のようにしゃくりあげる私にお母さん達が苦笑する。 「いいからいいから、ジジが待ってるから早く行こう。暑かっただろうにねぇ。可哀想に・・・」 私はお母さんと手を繋ぎ、(E)チャンの差し出す日傘に守られるように歩き出した。 歩きながら私は二人に、思い切りフゥーリィーの悪態を言いつけてやった。
家に着くとホッ! と安心したように、お父さんがにこやかに笑い掛けてくれた。 そんなお父さんの顔を見た途端、ようやく泣き止んだ私が、又、堰を切ったように大泣きしてしまった。 お父さんまでもが、今にも泣き出しそうに顔を歪めている・・・・・・。
若い頃はとても怖くて頑固者で、威厳の有ったお父さんらしいのだが、最近はとても穏やかで柔らかくなり、おまけに泣き上戸になってしまったらしい。 お父さんは以前、軽い脳梗塞で2度ほど倒れたが、ちゃんと歩行する事も出来、少しだけ言葉をしゃべり辛そうな点はあるが、元気そうで顔色も良い。幼い頃に父と別れた私は、薮原の、このお父さんが大好きでたまらない。お茶目でなんともいえない味がある。そしてフゥーリィーは、このお父さんと全く同じ顔をしている。 お父さんは若い頃、とてもヤキモチ焼きで、やんちゃだったそうだ。そんなところまでもが、フゥーリィーはお父さんにそっくりなのだ。
奥の部屋では、フゥーリィーのお姉さんの子供達が、いきなり泣き出した私を、ビックリしたような困ったような、なんとも言えない顔つきで見ていた。私は照れ、泣き笑いしながら「お久しぶりです」と、会釈した。 二人とも、うちの息子と年が近い。 驚くほど大人になってしまい、あの頃はジュースだったのに、ビールを舐めている。 そんな光景にも年月の流れの速さを感じる。以前会った時は、彼らも息子も、まだまだあんなに雅幼さが残っていたのに・・・。
私は、木曾のお父さんとお母さんの、この家が大好きなのだ。来る度に心が和む。 暖かい温もりを持ったこの家の存在が、両親の居ない私にとっては、唯一甘えられ、安心できる場所なのだ。 この人たちは、私の両親とは明らかに違う、素朴な日向の優しさと温かみを持っている。そんな人柄と土地柄が、いかにも【故郷】と言う言葉にふさわしい、郷愁を感じさせてくれる。 私にはもう、故郷も親も無い。木曾のこの家を、是非私の第二の故郷だと思いたい・・・・・・。
だからこそ・・・、それだからこそ、二人に会う時はいつもいつも、何の曇りも翳りも無い、目一杯の明るさと、安心感を与えさせながら、会いたかったのだ・・・・・・。
サテサテ、肝心なフゥーリィーはと言うと、照れ隠しなのか何なのか、もう既に缶ビールを数本煽っていると言う。家に着いてから飲みっぱなしだそうだ。 【人にあんな思いをさせておいて、いい気なもんだ・・・・・・】 私は呆れ顔でフゥーリィーを睨みつけてやった。 「さぁさぁ、ゆっくりお休み。お腹空いたずら・・・。早く座って食べてくれ」 お母さんに促され、私はテーブルに着く。 キッチンテーブルには、所狭しとご馳走が並んでいる。 それらを見ると、又私のお腹がギュルルと鳴った。 「マキュキュも飲め!」フゥーリィーが缶ビールを持ち上げながらそう言ったが、「まだ結構ですぅ!」とわざとツンとし、私は麦茶を貰い、早速、お母さんが作った赤飯やら、いなり寿司やら、巻き寿司などを頬張った。 その食べっぷりを見て、ヤレヤレと安心したようにフゥーリィーが吹き出す。 私は「ば〜かぁ・・・」と低い声で悪たれを付くと、私もつい、つられて吹き出した。 長い長い喧嘩の、あっけない終焉である。 いつだって私達の喧嘩は、いくら危険な色を帯びたとしても、どんなに激しく遣り合ったとしても、こうしてピークさえ過ぎてしまえば、あっさりと幕を閉じてしまうのだ・・・・・・。 一度仲直りをしてしまえば、元の仲良しに直ぐに戻れる。
ひとしきり空腹を満たし、雑談を済ませると、フゥーリィーが「チョット腹ごなしに散歩でもしに行くか?」と私を誘った。 「じゃぁ、鰻巻きのタレも、家に忘れて来ちゃったから散歩ついでに買ってこよう」 「なんだ! なんだ! ソレも忘れてきちゃったのか・・・・・・!」フゥーリィーがわざと驚いたように言う。 私は苦笑し、ペロリと舌を出した。
ところが、久々に対面したハンドバックをまさぐって見ると、何と、財布までもが無いではないか・・・・・・! どうやら、今朝、鰻巻を作るための卵を買いに行った際、財布と卵をキッチンに置き、そのまま慌てて料理に取り掛かったため、財布までそのまま我が家の台所に置き忘れてきてしまったみたいだ。 「オイオイ・・・! ホレ見ろ! ばかだなぁ、やっぱオマエは忘れっぽいわ・・・。どっち道、バックがあっても、今日のマキュキュは松本には帰れない運命なのよ」 フゥーリィーがうんうんと頷きながら、勝ち誇ったように言う。 「ついでにアンタの事も、私の記憶から消したいくらいだわ!」 フゥーリィーが参ったわ・・・と言う呆れ顔で笑っている。 「出掛けに急かすクセを辞めてくれれば、私の健忘症も少しは治ると思うけど?」 そんなやり取りを家族が笑いながら見ている。 仕方がないので(E)ちゃんから、少しだけ、お金を借りる事にした。 本当に世話の焼ける私たちなのだ。
(次回に続く)
薮原祭りの模様
2004年07月16日(金)
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