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■ 【短編小説仕立て】 薮原祭り(3)
暫く押し黙ったままのドライブが続き、途中、実家が近づくにつれ、さすがにこのままではまずいと思ったのか「そろそろ泣き止んだかな?」だの「寒くない?」などとフゥーリィーがお伺いを立てて来た。 私の心は固く閉ざされたまま返事をする気も無い。 一言「ごめんね・・・」と言う言葉が聞きたかった。 そうすれば無理にでも機嫌を直せたかもしれない・・・・・。 でももう、此処まで心を破綻させられてしまった以上、実家に行くのはどうしても嫌だった。 こんな気持ちのままで、一体、どんな顔をしてフゥーリィーの家族達に会えというのだ・・・・・・。 どう押し殺したとしても、とても笑顔なんて作れそうにない。 再び二人は黙りこくったまま、薮原の駐車広場に着いた。
「ホレ! 降りろ。着いたぞ♪」何事もなかったような明るい言い方に、尚更私の心は冷える。 私は駐車場に着くなりバックを持ち「このまま電車で帰るね」 そう言って車を降りようとした。 「いい加減にしろよ!!」そのバックをフゥーリィーがひったくる。 「お願いだから返して!!」私は泣き叫んだ。 「本当いい加減にしろよ!! サッサと降りろ!」 フゥーリィーの声も凍りつく。 「嫌よ!! お願いだから帰らしてよっ!!」 「いいから、行くぞ」 そんな二人の狂乱振りを、何処かの中年男が驚いたような好奇の入り混じったような、そんな目付きで見入っていた。
車から降りると、外はうだるような暑さだった。 空を見上げると雲ひとつ無い。 フゥーリィーは料理類が入った荷物等を両手一杯に持ち、実家の方向に向かう。 私は仕方なしに、手ぶらのまま、まっすぐ駅に向かった。こうなれば仕方が無いので駅員にでも理由を話しお金を借りる以外はない。しかし、駅に着くと、どう事態を説明したら良いのか心が萎える。実際はたとえ駅員だとしても、見ず知らずの人にお金を借りるだなんて、そんな勇気など有りはしないのだ・・・・・・。しかも家の鍵もバックの中にあることに気付き、私は途方に暮れた。 例えお金を借りられて松本に着けたとしても、これでは家に入る事もできないではないか。 窓を壊して入ったとしても、その窓の修理代さえ払えない。 私は駅の構外に置かれた小さなベンチに座り、どうすれば良いのだろうと頭を抱えた。 「何でいつもこうなってしまうのだろう・・・・・・。なんで此処までになってしまうのだろう・・・・・・」
私はなす術もなく、無気力のまま30分ほど炎天下のベンチに座っていた。と、小さな薮原の駅には、久々に帰郷してくる家族や親類を出迎える車がポツリポツリと集まり出す。 電車が到着するアナウンスが流れ、幾人もの人々が降りてくる。誰もかれもが皆、嬉しそうに再会を喜んでいる。 今日の祭りは薮原に関りを持つ人々にとって、盆や正月よりも大切なイベントなのだ。「皆、あんなに楽しそうなのに・・・・・・」私は又涙があふれてきた。
あの電車に乗らなければ、多分一時間ほど電車は来ないだろう・・・・・・。そんな事を思っている内にも電車は走り出して行く。 私はヒッチハイクででも何でもいいから、友達の家の近くまで乗り継いで行こうか・・・等と考えていた。 すると、向こうの方からフゥーリィーが苦笑いしながら歩いてくるのが見えた。 タバコを一本私に差し出すとフゥーリィーが照れくさそうに言う。 「皆に訳を話したよ・・・。俺がいじめちゃって泣いてるからって・・・。皆心配して待ってるから早く来い! 気にしなくて良いからおいで」 フゥーリィーの声はいつもの柔らかい声に戻っていた。 でも、一度閉ざされた心はそう簡単には開けない。 【もう遅いよ・・・・・・何もかもが、もう遅いのよ・・・・・・】
あの時、ほんのちょっと戻ってくれさえしていれば、初めからこんな辛く悲しい思いをせずに済んだのだ。何事もなく、にこやかな顔でフゥーリィーの実家に上がり込み、お父さんやお母さんたちと、さっきの出迎えの人々のように、良い形での再会が出来たのだ。 あんな些細な事で、楽しい筈だったスタートの、出鼻を挫かれた事、いえ、挫く事になってしまった事への後悔に、無性に腹が立つのだ。 私達の十年ぶりの祭りへの参加をとても楽しみに、心待ちにしていてくれたご両親。そんな大切な日なのに、結果的には私が水を注してしまった事になる・・・。原因がどうであれ、少しでも私がその雰囲気を壊してしまった張本人となり、皆の記憶に残されるという事が、一番辛くて悔しかった・・・・・・。 何故この人は、そんな気持ちを汲んでくれないのだろう。家族に私が来ている事を告げず、そっとバックだけを持ってきてくれるようなデリカシーが、何故この人には無いのだろうか・・・・・。 そこまで私を実家に連れて行きたいなら、何故あんな意地悪をするのだろうか・・・。
「もうだめだよ・・・・・・。 何を言われても、もうネジが切れちゃったのよ。お願いよぅ・・・、お願いだから早くバックだけ持ってきて・・・!」私は泣きながら、哀願した。 「勝手にしろ!! もう本当に知らネェからな!!」 フゥーリィーはタバコと捨て台詞を同時に投げ捨てると、重い足取りで来た道を帰って行った。
私はフゥーリィーが思い直し、もう一度バックを持ってきてくれる事を心から願った。しかし、いくら待っても来る様子は無い。
お腹がギュルギュルと鳴り、喉もカラカラだ・・・・・・。 そう言えば、今日は朝からまだ何も口にしていない。お昼を実家で用意してくれると言うので何も食べずに来たのだ。 もう1時を回った頃だろうか・・・・・・。 暑さと空腹のせいで、めまいがする。 途中でぶっ倒れても良い。もうどうなっても良い。意地でも歩いて帰ってやる・・・。
そう思い、立ちあがろうとした時、フゥーリィーのお母さんとフゥーリィーの妹である(E)ちゃんの姿が近付いて来るのが見えて来た。 二人とも私を見付け、「あっ! 居た居た」と安心したように笑い合っている。 私はその姿を見た瞬間、【結局はこうなってしまうんだ・・・・・・。人の手を煩わせてしまったと言う汚点を又一つ、私は作ってしまったんだ・・・・・・】 そんな情け無く申し訳ないという思いと共に、苛めっ子に苛められた子供が、母親に取りすがって甘え泣くように、私はオイオイ大声を上げ、二人の前で思い切り泣きじゃくった。
(次回へ続く)
2004年07月15日(木)
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