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■ 【恐怖ショート小説】 気配
この所、私が勤めるホテルも、シーズンオフとあって客も少なく暇な日が多い。 湯上り所にいても、客のスリッパの数の少ないこと少ないこと・・・・・・。 客の夕食時が大体6時〜8時半頃までなので、その時間帯になるとほとんど入浴する客が居なくなる。 だだっ広い夜の湯上り所に一人でポツリと居ると、幽霊なんぞは出なくとも、空恐ろしい気分になる時がある。 そんな時は、仕事を切り上げサッサと休憩しに家に帰るのだが、先日は暇つぶしに読んでいた本に没頭し、気づいたら客のスリッパは一つも無く、シーンと静まり返った湯上り所でしばし思いを廻らせていた。 その時、こんなストーリーが思い浮かんだのだ。 これから書くショートストーリーは、私の勤めるホテルとはまったく無関係な、架空の物語である。 私が想像し作った全くのフィクションなので、私の仕事場のイメージとは絶対にダブらせないでほしい。ww 文芸部門に所属しているので、たまにはショート小説でも・・・、と思い、書いてみたのだ。
【ショート小説】気配
雨がそぼ降る寒い夜だった。 「嫌な雨ね・・・・・・。今日はホテルめちゃくちゃ暇なのよ・・・、でも、そろそろ時間だわね・・・。仕方ない、嫌だけど仕事に戻るか・・・・・・」 康子は一つため息を吐くと、TVに夢中になっている夫の智也に目配せをし、重い腰を上げた。
康子が健康医療器具の展示販売の仕事に就いてから、かれこれ1年近くになる。 大きな温泉ホテルの湯上り所に設置されたマッサージ器具を宿泊客などに試してもらい販売すると言う、いわば営業ウーマンなのだ。 主に地元近辺のホテル4箇所を担当しているのだが、その中のグランドホテルは康子の家からほんの2分ほどの場所にある地元一の大きなホテルだった。 冬場は運転に自信が無いため、冬の間だけ康子はグランドホテルだけを仕事場とさせてもらっている。
客達のチェックインの時刻に合わせ仕事場に入り、前半の3時間ほど仕事をした後、客の切れ間である夕食時間に康子も夫と食事を取る為いったん家に帰る。そして、宿泊客達が宴会や夕食を終え、再び温泉に浸かりに来る時間帯に再びホテルに戻るのだ。 康子はこの所体調を崩し、半月ほど仕事を休んでいたので、体も心もなまってしまい、少し仕事に出るのが億劫になっていた。しかも、こんな天気では成果は望めまい。ましてや今日は平日だ。前半も客がまばらであった。 だからと言って身体が良くなった以上、いつまでもサボってるわけには行かない。 康子は自分を奮い立たせ、車のハンドルを握った。
ホテルに着くと案の定、湯上り所には誰の姿もなく、客のスリッパは僅かに10足ほど有るだけだ。 畳敷きの湯上り所はとても広く、ちょっとした宴会場のように一枚板の立派なテーブルが並び、湯上りの客達が待ち合わせをしたり、ゆっくりくつろげるようなスペースになっている。 ばらばらに脱ぎ捨てられたスリッパをきちっと並べ、康子は一番端のマッサージチェアーに腰をかけ、スイッチを押し読みかけの本を開いた。 客の切れ間の暇な時間帯を利用し、康子はチェアーに座り本を読むのが唯一の楽しみであった。
ふと真横のチェアーに人の座る気配を感じたが、誰も居なかった。 「気のせいか・・・」 湯上り所の時計を見ると、9時を回っていた。 何時もならこのくらいの時間から入浴しに来る客がぞろぞろと増え始める頃なのだ。しかし、この日は客達の足音さえ聞こえない。 康子は再び本に没頭した。
暫くすると入浴を終えた客達が、ポツリポツリと集まり、湯上り所で冷茶を飲み始めた。 康子は本を閉じるとバッグにしまい、客達に声を掛けた。 「よろしかったら無料マッサージは如何ですか? どうぞお休み前に体をほぐしてくださいな、お楽になりますよ」 「ああ・・・、それはありがたい。それじゃちょっと掛からせてもらうかね・・・・・・」 4人のグループがチェアーに座り、康子はブーツ型のエアーマッサージ器具を客達の足に取り付けると、順番にスイッチを入れ、商品説明を始めた。 その間、数人の客達が温泉に入りに来たが、やはり今日はやたらに客が少ない。 (今夜は早めに切り上げよう・・・・・・)康子は心の中でそうつぶやいた。
一通りの波が過ぎると、湯上り所は再びシーンと静まり返ってしまった。時計を見ると10時半だ。 何時も康子は11時を目安にし、その時点で入浴客が少なければブーツ式のマッサージ器具をかたずけ、仕事を終えるのだった。 「後30分だけ頑張るか・・・・・・」そう呟くと、康子は再び本を開いた。 暫く本に没頭していると再び隣の椅子に人の座る気配を感じ康子は慌てて本を閉じた。しかし、先ほど同様、誰も居ない。 康子はゾクッ! と身震いし、何か背筋に冷やりとした痺れを感じた。
(誰か来ないかなぁ・・・一人で居るとちょっと怖いかも・・・・・・)そう思った途端、足音か遠くから聞こえ出した。康子は少しドキドキした。 足音の主は幽霊でも客でもなく、フロントの山崎だった。 山崎は夜間だけこのホテルのフロントを担当している。 康子はホッ!とため息をつき、「おはようございます。何か今夜は静か過ぎて怖いくらい・・・。今日は飛び切りお客さんが少ないんですね・・・」 と声を掛けた。 山崎は唯一康子が気軽に声を掛けられる人間で、腰も低く、愛想もよく、山崎の方からも気軽に声を掛けてくれ、冗談を言い合ったり、励ましてもくれたりする仲良しなのだ。 一度、客が居ない時、マッサージを試させてあげたこともある。 山崎はたいそうマッサージチェアーを気に入っており、「いつか必ず買ってあげるからね」と言っていた。 「そうだね・・・、今夜は天気も悪いし、平日だしね・・・・・・このホテルでは珍しいほど客足がサッパリだね・・・」 そう言いながら山崎は冷茶や湯上り所の点検を済ませると、フロントに戻ろうとした。 康子は一人になるのが怖く、慌てて山崎に話しかけた。 「ねぇねぇ・・・山崎さん。一人でこんなにだだっぴろい所に居ると少し怖くなる時があるんですよ。私、すごい怖がりで・・・・・・、でね? さっきから何か異様な気配を感じるんだけど、まさかこのホテル、出ないですよねぇ」 康子は両手を前に出し、幽霊のように手招きして見せた。 康子はほんの冗談のつもりで言ったのだが、山崎からは意表を付いた、絶対に聞きたくは無い返事が返ってきたのだ。 「こんな事、客達には絶対に言わないでくださいよ。変な評判が立つといけないから・・・・・・。」 康子はごくりと唾を飲み込んだ。 「実は僕、結構霊感が強いほうなんだけど、このホテルには確実に霊が居るね」 「えっ? マジですか? や、やめてくださいよ・・・・・・」 「いや、本当だよ。点検しに深夜もあちこちを回るでしょう? そうするとピタッ! と誰かが付いて来る気配がするんだよ。振り向くと誰も居ないんだけれど、何時も決まった場所に差し掛かると必ずその気配がするんだよ・・・・・・」 「キャァー! やめてよ〜」 康子は耳をふさぎながらも、怖いもの見たさで聞いてみたい気分でも有った。 「此処はどうです? 湯上り所は・・・・・・」 「いや、こっちには居ないと思うよ。五階と十階客室の西側の踊り場と、機械室には確実に居る。後は玄関の自動ドアが誰も居ないのに開いたり閉じたりする」 「いやだ! もう、やめてぇ〜っ!! 私、明日から来れなくなる〜」 康子が小声でそう叫んだ時、数人の入浴客達がやって来た。 康子と山崎は舌を出し、苦笑し合った。 山崎は指を口に当てると「さっきの話は絶対に誰にも秘密だよ」と言い、ウインクをした。 「じゃぁ、客も来た事だし、せいぜい頑張って売ってくださいね」 「ええ、でも、あの客達がお風呂から出てくるのは少なくとも40分後でしょう? 12時になっちゃう・・・・・・。今夜は売り上げも望めそうも無いのでそろそろ帰ります。それに山崎さんがあんな話を聞かせるもんだから怖くなっちゃったし・・・・・・」 康子は苦笑しながら少し恨めしそうな目つきで山崎をにらめ付けてやった。 山崎は「出るぞぉ〜」と笑いながらフロントに戻って行った。
時計を見ると既に11時を回っていた。 康子は先ほどの山崎の話を思い起こし、ゾワゾワあわ立つ思いでマッサージ器具をかたずけ、一刻も早く家に帰りたい気分だった。 2人ほどの客が湯から上がって来たが、康子は声を掛けることも無く、帰り支度を整えた。 マッサージ器具を倉庫にしまう時も、康子は怖さを紛らすためにわざと鼻歌を歌って自分をなだめた。
身支度を整えると康子は何時ものように、出勤表にサインをしてもらうためにフロントに立ち寄った。 何時もこの時間帯は山崎がサインしてくれるので、山崎に会ったらさっきの続きで「私も幽霊を見たわよ」と、からかってやるつもりだったのだ。 深夜なのでフロントには誰の姿も無い。何時ものことなのだが、奥のコンピュータールームでフロントマンは何らかの作業をしているのだろう。 声を掛けると出てきてくれるのだ。 山崎が出てくるものだと思い、何時ものように声を掛ける。 「すみません〜、吉田チェァーですが、チェックお願いしますぅ」 しかし、奥から出て来たのは山崎ではなかった。 若くてツンと取り澄ました小山だった。 康子は小山のことがあまり好きではない。小山の人を見下したような目付きがどうも苦手なのだ。 「お願いします」 康子は少しがっかりして出勤表を差し出した。 「はい」 相変わらずむっつり顔で黙ってサインすると小山は「お疲れ様でした」と、心のこもらない声で呟いた。 「あれ・・・? 山崎さん今日はもう上がったんですか?」と何気なく康子が聞くと、小山は相変わらず無表情な顔で声を潜めた。 「実は・・・、山崎は5日ほど前に心筋梗塞で倒れ、そのまま病院で亡くなってしまわれたんですよ・・・・・・。突然なことでみんなも驚いているんですよ。なのでもう・・・・・・」 康子の全身に戦慄が走った。 「ま・・、まさかそ、そ、そんな、馬鹿な・・・・・・!! だ、だって・・・、だって、ついさっき・・・・・・!!」 康子は持っていた出勤表を手から落とした。
(終わり)
如何でした? 少しは皆様を怖がらせる事が出来たでしょうか? 自分でこんなストーリィーを想像して書いておきながら、自分で怖がっている私です。ww 今夜の仕事どうしましょう・・・・・・www。
再三ご忠告しておきますが、あくまでも、この物語は私の空想上の物語であって、決して事実ではありません。 登場人物並びにホテルも全て架空のものでございます。 私が通うホテルは幽霊なんか出やしませんとも・・・・・・。ええ、決して・・・・・・。 それはそれは、素晴らしく美しい優雅なホテルでございますよ。 オホホホホ・・・・・。 なので皆様ご安心してお泊りに来てくださいましな。
2004年03月14日(日)
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