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風太
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2007年06月22日(金)
まだ夢の中



真夜中。
なんだか寝苦しくて目がさめた。


雨音のせいかな…?





ニュースで梅雨入り宣言を聞いた途端。
何もそんな律儀に降り出さなくてもいいものを。
フロントガラスを叩く雨を見ながら、倒したシートの上に横たわったまま、ふうと小さく溜息。



こりゃあ、今日は一日雨降りかなあ。
蛮ちゃん、ビラ撒きするって言ってたけど、どうすんだろ。
雨の日はさ、普段もあんまし受けとってもらえないけど、殊更"ビラなんてお断り!"率上がっちゃてね。
ムナシくなっちゃうんだよねぇ。



思いながら、ふと、運転席に視線を移す。
蛮ちゃんの寝顔。
きつい雨音にもめげず、よく寝入っている。

規則正しい寝息。
静かな夜にこうしてすぐ傍にいると、心音まで聞こえてきそう。


雨の音に、昔は二人してよく目を覚ましたけど。
今は、そんなこともなくなった。
今夜俺が目がさめたのも、たまたまだし。


そういえば。
悪夢を見て魘されることもなくなったよね、お互いに。
ごくたまに、ハッと目が覚めることは今でもあるけれど。
そんな時はこんな風に、静かに相手の気配に浸って、呼吸や脈を寄り添わせるようにすれば。
心はすぐに満たされて、瞬く間に、またおだやかな眠りに落ちていける。




さてと。
俺も、寝ようっと。



蛮ちゃんの方に、シートの上で少しだけ頭を傾けて、目を閉じる。
…と。
ふいに。
俺の頭の上あたりで、低い蛮ちゃんの呟きが聞こえた。



「……銀次」



「ん? 何、蛮ちゃん。起こしちゃった?」
答えて、頭をのそりと持ち上げる。
けれど、蛮ちゃんはどう見ても眠ったまま。
んん?


ってことは。
あれ?
めずらしい。
寝言…かな?


蛮ちゃん、あんまないんだけどなー。
俺は時々言ってるらしいけどね。
寝言。


"………うに。とろ、いくら………ハンバーグ……エビフライ……スパゲッティは……ナポリタン……"
とか。


うわわ、食べ物ばっかじゃんかー! 
しかも、いかにもひもじそう…。

いや、それはさておき。




「ん……ぎん、じ……」




「…v」
でも。
寝言で、名前呼んでもらえるなんて。
…なんか、嬉しい。
でへへvv
照れちゃうなー。


思ったら、なんだか余計に目が冴えちゃって、シートの上で上体を起こして、蛮ちゃんの顔をうきうきと覗き込む。



俺の夢見てんのかな。
どんな夢見てくれてんのかな。
蛮ちゃんの夢の中の俺は、どんな?
カッコいい?

ねえ、蛮ちゃん?



と、心で訊ねたとほぼ同時に。
蛮ちゃんの眉間が、次第にぐぐぐっと寄せられていき。
突如、ぐいっ!といきなり腕を強く引かれた。



「銀次……ぎ…んじ……!」



「ぇ、あの…!」
「銀次、待て…。銀次……っ!」
「ええっと…?」
「バカ、やめろ、行くんじゃねえ! そっちは……」
「はい…?」
「……沼だ」
「え?」





「ゴラァァアアア――――!!! 銀次ィィイイイ――――!!!」





びくっ!

ひえええええっ!?
ななななにごとっ!?




「アホか、テメエはっ! だーかーら、ぼけっとしてんじゃねぇって言っただろうが!!!」
「は、はいっ!?」
「どこ見てやがんだ、気ぃつけろ! あぁぁあもう、泥だらけじゃねえか!」
「え、え?」
「だから言っただろうがっ! あぁあ、もう、何やってんだかよ! こんなだから、テメエ一人じゃ危なっかしいってんだよ! このボケ、カス、とんま!どアホゥが!!!」
「え、えと…」


何やら一人でまくしたて始めた蛮ちゃんに、俺は頭の上に???マークをいっぱい出して、さてどうしようかと考える。
あ、でも。
あんま、寝言に返事しちゃいけないって。
前に何かで聞いたことがあったような。





――というか、俺。

もしかして。
沼に落っこちたんでしょうか…?(涙)






「おら、こっち来い! 手ぇ貸せ! 何だってテメエはそうも警戒心ってモンがねぇんだ! ったく、おめでてぇな!」 

うわん。ひどいっ。

「あぁ、ったく! おら、掴まれって! 俺が汚れるのなんぞ、気にしねぇでいい! ばーか、俺様をテメエみてえな間抜けヤロウと一緒にすんな!」

え、あの。

「まったく! これだからテメエは、目が離せねぇってんだよ!」


え。蛮ちゃん…?





なんだか、一方的に怒られて。
なんだか、よくはわからないけれど。
さんざん、そんな風に俺を怒鳴りつけておきながら。


突然。
ぎゅ…!と、蛮ちゃんは俺を腕の中に抱きしめた。






……え、えと。
蛮、ちゃん?






「テメエはな、俺のそばにいりゃ、いーんだよ!!!」




「どこにも行きやがんじゃねえ!!」




わかったか!と念を押され。
蛮ちゃんの胸の上で、思わず、こくこくと何度も強く頷く。
それを感じたのか、蛮ちゃんはやや口元を綻ばすと、フ…と笑んで。



「危ねえからよ」



最後に付け足しみたいにそう言うと。
蛮ちゃんは、俺を胸の上にぎゅっと抱きしめたまま。
まるで、安心したみたいに。
すーすーと、また寝息をたて始めた。






――あ、あの。

取り残されて、ぼーぜんとしたまま。




ところで。
俺はどうしたらいいんでしょうか…?



っていうか。
今の、あれ。

まるで、愛のコクハクっぽかったんですが…。
き、気のせい、かな…?




気持ちよさそうに眠る蛮ちゃんとは、裏腹に。
俺、どきどきして、とても眠れそうにないんですがっ!
どうしてくれんのっ…?






でも。
まーいいかな。
こういう風に眠れないんだったら。
しあわせだし、いいかな。



なーんて思う俺の耳には。
もう雨の音なんか、まったく聞こえてはこなかった。








代わりに届くのは。
耳のそばで聞こえる、ひどくあたたかな心音だけ。








今日がもし一日雨なら。
それを理由に、ずっとこうして一日中。
蛮ちゃんにくっついてるのもいいなー。





けど。
目が覚めたらきっと。
照れ屋の蛮ちゃんのことだから。
「こら、何ひっついてやがんだ、テメエ!!」とか言って。
また怒り出すんだろうケド(笑)。











END



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相談屋さゆきさんへの相談料SS(笑)
ログが流れちゃうので、ブログから移動。