初日 最新 目次 HOME


短編小説のページ
風太
HOME

2003年09月20日(土)
パパは奪還屋G-2(2)


一瞬の気まずい雰囲気を察したのかどうかはわかんないけど、オレがとがめるような表情をしたせいで、ちょっとヘブンさんは”マズイ”と思ったらしかった。
でも、だからって、なんでこういう展開になんのかは、オレ、わかんないんですけど!
ヘブンさあん。

汗をバッグから取り出したハンカチで拭いつつ、微笑みを取り繕いながらヘブンさんが言ったコトは、はっきり言ってもっととんでもなかったのです。

「あ、あ、そうそう!!! えーと、この口の悪いませたガキ、いえお子さんは、実はそのー、コッチにいる天野くんの連れ子でして―!」

・・・へっ?

真っ白になっていた頭の中が、なんか今度は再び一瞬で混乱の斑斑模様になっちゃった・・んですけど。

ええええ!?
どどどどうして、どうして!?
なんで、そーなんの、ヘブンさん!!!


「えええ! つつつ連れ子ぉ!?」
「え、え、えーと、そうなんですよ、ほほほ・・。年上の奥さんに子供を置いて逃げられて」
「に、逃げ・・・」
「まあ、それは気の毒に」
「い、いえ、あの! オレは、ですね!!」

めちゃくちゃ焦って、そうじゃないんです!と、慌ててまくって、テーブルに身を乗り出し弁解しかけて。
いや、弁解じゃなくて、本当に違うんだけど! 
だって、オレまだ18歳だよ?!
女の子のコイビトだっていないんだよ!?
でも。
でも・・・!
”そうじゃない”って言うことは、即ち・・・・どういう、こと・・・?
オレも、ヘブンさんと同じコト言おうとしてるってことにならない?


答えに詰まった――。


「あ・・・。えとあの、そ、そうなんです、実は!」
「あ?」
蛮ちゃんが、オレを驚いたように見上げたのがわかったけど、とにかく、いいや!
「オレ、あの、蛮ちゃんをとにかくちゃんと育てなくちゃいけなくて。でも、今お金ないからご飯もしっかり食べさせてあげられないんです! だ、だから、あの! オレ、頑張りますから! かならず依頼のものは奪還してみせますから、どうか、オレたちにまかせてください! よろしくお願いします!!」
ばっと立ち上がって、身体の横で手を指先までぴんと伸ばして、きちんとしっかり頭を下げる。
なんだか奪還依頼をしてきた人に、こんな風に頭を下げるのは初めてのような気がするなあ。
なんとか奪還して欲しいと、逆に頭を下げられることはあったけれど。
だから・・。
きっと蛮ちゃんはこういうの嫌うだろうけど・・。
でも、仕方ない。

しばらく、じーっと頭を下げたままにしていると、”いいわ”とおばさんの声がして、オレはほっとして顔を上げた。
でもおばさんは、やっぱり怖い顔のままで、こう言ったんです。

「ご事情はよーくわかったわ。依頼の件は、おまかせしましょう。だけどねえ」
「はい?」
「アナタ、いくら若いお父さんで苦労してるからって、これは駄目だわねえ」
「え・・?」
おばさんは、大袈裟に片手で頭を抱えるようにして、もう片方の手をひらひらさせた。
嫌悪で眉間に大皺ができてる。
そんな顔、しなくってもいいのに・・。
「まだ子供がコーヒーなんか飲んで、挙げ句に煙草ってねえ。おぞましい! ちょっと常識なさすぎなんじゃないかしら。どういうつもりなのかしらねえ」
「あ、は、はい・・」
「しかも口のききかたも知らないようだし。ちゃんとした教育受けてるの、この子。柄が悪くて、本当に聞いちゃいられないわ」
おばさんは、汚いものを見るような目で蛮ちゃんを見た後、明らかに蔑んだ目でオレを見た。
立ち竦んだまま、オレは何を言ったらいいかわからず、でも、黙っているわけにはいかなくて。
「あ、いえ・・。でも、あの、蛮ちゃんはすっごく頭良くて、オレなんかと違って何でも知ってるし、何でも出来るし・・!」
「だからってねえ、子供にはちゃんとした教育と生活のできる家庭環境ってものが必要なのよ! だいたいアナタ、こんな裏稼業の仕事してないで、コドモ育てるんだったら、まともな仕事探してちゃんと育てなきゃ! 父親がそんな破落戸みたいなことやってるから、子供までこんな風に柄が悪くなっちゃうのよ! アナタみたいにロクでもない大人になられちゃ困るんだったら、しっかり教育し直さないとね。ちゃんと育てられないっていうんなら、然るべき施設にでも預けて・・」
「え? あ、預けるだなんて、そんな・・!!」
「だって、しょうがないじゃないの、こんな状態では。だいたい、児童福祉法ではねえ」
「そ、そんなことないです、しょうがなくなんかないです!! オレ、ちゃんと育てられます! お、オレの子・・・だし!! オレが責任もって!」
なんだか自分が何を言ってるか、わかんなくなってきたけれど。
この時は、とにかくオレ、必死だったから。
このおばさんが、どこか役所のヒトのところにでも連絡して、それで蛮ちゃんをオレから引き離そうとするんじゃないかとそう思って、とにかく泣きたいくらい必死だった。
「だから、責任持つって言ったってね、アナタみたいに、子供が子供を育ててるようなものじゃあ」


「うるせえ、ババア!」

「バ・・・」
「黙って聞いてりゃよお、いい加減にそのうるせえ口閉じやがれっての!!」
「ば、蛮ちゃん!」
「オレがどーだろーとコイツにゃ関係ねえ! コイツに文句垂れるぐれえなら、オレに直接言やあいいだろうがよ!」
「ば、蛮ちゃん! 蛮ちゃん、駄目だよ!!」
「うるせえ!! テメエも、んなヤツらにまでヘーコラしてまで仕事欲しいのかよ!」
「ちょ、ちょっと蛮クン!」
今までのやりとりで、雲行きが更にヤバイ方向に行き始めてることに気がついて、ヘブンさんも真剣になって蛮ちゃんを止めてくれました。
だのに。
「どーせ、ロクでもねえ依頼なんだろうぜ!」
「蛮ちゃん!! やめてよ!」
「今度コイツの事を悪く言いやがったら、そのぶ厚い地層みてぇに塗ったくってやがる化粧ひん剥いて、化けの皮剥がしてやっからな! クソババア! テメーらの仕事なんざ、こっちから願い下げだ。んなもん受けられるかってぇ・・・」

「やめてよ、蛮ちゃん――!!!!!」

「・・・・銀ちゃん?」
・・・たぶん、オレがこんな風に蛮ちゃんの話を遮ったのも、怒鳴ったりしたのも、きっと初めてだったんじゃないかって思う。
ヘブンさんが、すごく慌ててる。
でも、だって、しょうがないじゃないか・・。
俯いたまま、蛮ちゃんの方を見ないで、できるだけ静かに言った。
「まだ、お話も聞いてないし、そんなのわかんないじゃん・・。そんな言い方しちゃいけないよ」
「――!」
蛮ちゃんが、凄い目でオレを睨んだのがわかった。
・・・・怒らせちゃった・・。
オレのために、言ってくれたのに。
でも・・。
「あ、スミマセン。オレ、いけないトコあったら、ちゃんと気をつけますから。でもあの、そういうの蛮ちゃんのせいじゃないし、やっぱり、オレがきちんとしてないせいだって、そう思うんです。だから、あの。蛮ちゃんの代わりに謝ります。ごめんなさい」
「銀ちゃん・・」
テーブルに額がくっつくぐらい身体を折り曲げて、絞り出すような声で言う。
「ごめんなさい・・」
なんで謝ってるのか、よくわかんなくなってたけど。

でも、オレは、蛮ちゃんと離されるのイヤだよ。
そんなこと、絶対イヤだ。
この時は、それしか頭になかった。
このおばさんたちに、そこまでする気なんか全然なかったってことは後から知ったけれど。
まだまだ外の世界の社会のシステムをよく理解できてなかったオレは、ちゃんと子供を育てられないお父さんやお母さんのところには誰かから通報を受けたお役所の人が来て、問答無用に親から子供を引き離して連れていってしまうんだって。
そんな風に思っていたから。

「・・・ああ、いや。そんなに丁寧に頭を下げていただくようなことでも・・。なぁ?」
困ったようにおじさんが言った。
おばさんも、ちょっと困ってる風で。
「え? ええ。まあ」

よかった。
とりあえず、わかってもらえたみたいで。
じゃあ、これでやっとお仕事の話ができるやーとほっとして席に着きかけた瞬間。
オレは凍った。
蛮ちゃんがオレを見もせず、そのままカタッと席を立って、さっさと店を出ていってしまったから。

「ば、蛮ちゃん?!」

うそ・・。
そんな。どうしよう。

「蛮ちゃん! あ、オレ、ちょっとごめんなさい!!」

言って、慌ててヘブンさんを押し退けるようにして蛮ちゃんを追っかける。
扉を乱暴に開いて、とにかく店を飛び出した。


――人混みの中に消えていく、小さな後ろ姿が見え隠れする。


「蛮ちゃん! 蛮ちゃん!!」

いつもなら、こんな風に蛮ちゃんを追っかけてくオレを、ちょっと歩く速度をゆっくりにしたりして、ちゃんと待っててくれるのに。
向けられた背中は、もうオレを拒絶しているかのようで。


「蛮ちゃん・・?」

それにショックを受けて思わず立ち止まっているうちに、蛮ちゃんの姿はどんどん見えなくなっていっちゃって。
はっと気がついた時には、遅かった。
大人の中に、小さな姿は一度見失うと、もう探すのは困難で。


「どこ? どこ行っちゃったの!? ねえ、蛮ちゃん!! 蛮ちゃん!!」


行き交う人の波を掻き分けるようにして、オレは走り回った。
走って、呼んで、走って、叫んで。

声の限り叫ぶけど、返事はない。
どうして――。
どうして、どこに行っちゃったの?


「蛮ちゃあああん!!!」


オレのせいだ・・。
オレがあんなこと言ったから・・。
本気で怒らせちゃったんだ・・。
もう、愛想つかせちゃったのかもしれない・・・。

でも、オレ、どうしてもお仕事欲しかったんだもん・・。
どうしても。

蛮ちゃんに美味しいごはん食べさせて上げたかったし、ズボンだって買ってあげたかったし。
オレの力だけで、なんとか頑張ってみたかったんだ。
いつも、蛮ちゃんの世話にばっかなってるから。
だから――。

だから・・・・。




街が夕暮れに赤く染まり出しても、オレは、夢中で蛮ちゃんを探し続けた。
もう会えなくなるんじゃないかって、そんなイヤな予感に押し潰されそうになりながら。