「よお、帰ったぜ・・・」 ボロボロになりつつも、どうにかこうにか解毒剤を手に入れて、何とか銀次のところに戻った蛮は、心の底からホッとしていた。 そこに銀次が、自分が置いていった時のままに横たわっていたことに。 自分のいない間に拉致られてるか、悪くいけば敵の手にかかって・・ということも有り得ただけに、手出しされずにすんだことはヤツらに感謝すべきだろう。 (何と言っても、無敵を誇る美堂蛮さまの、唯一のアキレスの踵だかんな・・・ このヤローは) もちろんその代わりに、自分自身でも気づかなかったほどの、桁外れのパワーをくれることもあるのだが。 「・・・ば・・・・・んちゃ・・・ん・・・・・・・・ばん・・・ちゃ・・・・・・」 高熱にうなされながら、それでも苦しい息の下で、自分の名だけをただひたすら呼び続ける銀次が、言葉で言い尽くせないくらいに愛おしい。 その傍らに腰を下ろして、片膝をたてて、そこに銀次の身体を抱き起こす。 「ば・・んちゃ・・・・」 はぁはぁと苦しそうに息をつぎながらも、銀次は朦朧とした意識のまま手をのばし、ぎゅっと蛮のシャツの胸にしがみついた。 一人残されて、ここで一人で死ぬのかとちょっと心細かったけど、でもちゃんと信じてたよ、オレ、蛮ちゃんのコト・・。 そう言いたげに歪む銀次の顔を見つめ、蛮は口でカリ・・と解毒剤の瓶の蓋を開けた。 注意深く、瓶に鼻を近づけてみるが、特に害のあるような臭いはない。 だが・・・。 それでも、これが本当に解毒剤という保証はないのだ。 あの男は、信じてもらうしかないと言ったが、間違いない、保証するとは一言も言っていない。 もし、こっちのがさらに猛毒だったら・・・? 飲んだ瞬間に、血を吐いて、悶え苦しんで、あっという間にあの世行き。 瓶を日にかざして睨みつけ、蛮が思う。 いや。迷っている時間はない、ブラッドがいつ追いついてくるかわからない。 急がなくては。 えーい、ままよ。 いちかばちか。 銀次と一緒にジゴクに落ちる。 ま、それもいいやな・・。 フッと笑みを浮かべて、蛮がくい!と瓶に口をつけ、一気にそれを口に含む。 別に舌の痺れるような感覚もない。 イケるか? (今、ラクにしてやっかんな・・・) 思いつつ、銀次の頭の後ろを支えながら、ゆっくりと唇を近づける。 まさか、こんな形で、ふれる機会がくるとは・・・な。 毒蜂君に、ちっとだけ、感謝状でもくれてやりてえ気分だぜ。 唇が微かに触れ合った瞬間、銀次の瞼が小さく震えた。 熱い、唇。 熱のせいとはいえ、その熱さは、あまりにリアルに自分の唇に銀次の唇の感触を伝えてくる。 眩暈のしそうな。 恋い焦がれた唇。 そっと合わせて舌を差し入れて、少し開かせたそこに薬を流し込む。 これが、もし猛毒なら、まさに無理心中だぜ・・・。 まごうことなき、死の接吻。 それにしては、あまりに甘美な。 神聖な儀式のような。 でもこれは「あの」儀式とはまるで違う。 ありゃあ、何の感情も入らねえ、正真正銘のただの儀式だったんだからよ。 だが、これはちがう。 同じ人助けでも。 どっちかっていやあ、人命救助を隠れ蓑に、単に銀次にキスできる恰好の口実が出来たに過ぎない。 その証拠に・・。 オレはいつまで、コイツの唇をむさぼってる気だってーの! 自分で、夢中で銀次に口づけている自分に気づいて、苦笑しながら唇を離す。 ちくしょう、まだ名残惜しい。 くそ、せめて邪眼のタイムオーバーまでもう少し時間がありゃあ。 ったく、往生際が悪いぜ、美堂蛮。 フッと笑いを漏らして、瓶にまだ少し残っていた薬も全部飲み干す。 「これで、この瓶の中身が毒だったとしても、おあいこだぜ、銀次。死ぬ時ゃあ、一緒だかんな」 呟いて、銀次の身体を支えて立ち上がり、その身体を背中に担ぎ上げる。 「だー、重え・・・。ったく、たいして食ってねえくせに、てめ、この、太りすぎなんだよ・・!」 よっこらしょとおぶさって、スバル目指して歩き出す。 バトルの後で体中が軋むが、背中にかかる銀次の重さは心地良い。 とにもかくにも助けてやれたことに、本気でほっとしている。 そんな自分に、つい自嘲の笑みが漏れてしまう。 こんなに誰かのことで、心配したりほっとしたり、忙しく感情を揺さぶられるなどということは、銀次と出会う前の自分なら考えもできないことだ。 そんな蛮の背中で、まだ荒い息をしている銀次が掠れた声で呼んだ。 「・・・蛮・・・ちゃ・・・あん・・・」 「あ? どした? 苦しいか?」 「ん・・・・。さっきよりはマシ・・・・かも」 「そっか」 「・・・・なぁんか、ユメ見てたよー」 「どうせ、何か食ってるユメだろが?」 「やだなあ、ちがうって・・・。蛮ちゃんと、ねー。へへ」 「んだよ、気持ち悪ぃ」 「いいや・・・。どうせ怒るし」 「怒んねーから、言ってみな」 「怒んない・・・?」 「ああ」 「蛮ちゃんとねー、キスするユメ・・・・・」 ゴキ! 「いたぁいー! ひどいよ蛮ちゃん! 怒んないって言ったじゃないかー、もお。オレ、病人なのにー」 「そんだけ、よけいなことぺらぺらしゃべれりゃー上等だ! 病人だと思ったら、ちったあ大人しくしてろ!」 「はーい・・」 怒鳴られて、銀次が蛮の肩の上に顎をのっけて、目を閉じる。 まだ本当は、話をするどころか息をするのもつらいのだが、蛮の帰りを待つ間は本当に心細くてたまらなかったから、こうしてくっついていられるだけで嬉しくて、まだ意識も朦朧としているのに、ついぺらぺらとしゃべってしまった。 (蛮ちゃんの背中、あったかいや・・・・) 安心して、また意識がどんどん遠ざかっていく。 おぶってもらって話すことなんて、そうそうないだろうに。 ずっとこうしてて欲しいなあ・・。 寝ちゃうなんて、もったいないなあ・・・・。 そう思いながらも、蛮の飲ませた解毒剤が効いてきたのか、銀次は少しだけ呼吸をラクにして、すー・・っとまた眠りの中に落ちていった。
「んあ・・ ここは・・・・?」 「車ん中」 「おわ!? 蛮ちゃん、どーしたの、その傷!!」 「カスリ傷だよ、こんなモン。それよか、体はどーよ?」 「ん・・・・・ なんか息がラクになったみたい」 「そっか・・・」 「毒蜂の野郎、見かけによらず律儀な男みてぇだな。ま、どのみち、保険はかけといたんだが・・」 「そっか・・・ 蛮ちゃん、オレのために戦ってくれたんだね」 「・・・・・・んな大げさなモンじゃねーよ」 「・・・・・・そっか―― オレ― また蛮ちゃんに助けられたんだね――」 「なーに、いっちょ前に落ち込んでんだよ」 「んあ」 ゴン!と殴られてシートに沈んだ銀次は”いったいなー、もう”と言いながら身を起こしかけ、何かを思い出したようにふいにその動きを止めた。 「・・んだよ」 「あ・・・」 「どうかしたか?」 「えと、別に・・」 殴られた頭を手で押さえながら、倒されたままのシートにそのまま身体を預け、蛮を見上げる。 ちょっとためらいがちに、銀次が尋ねた。 「ねー、蛮ちゃん」 「あ?」 「なんかさ、毒蜂さんから薬みたいの、もらってきた?」 「もらってきたつーか、かっぱらってきたっつーか・・・」 「オレ、それ飲んだ?」 「ああ。んで、ラクになってきたんだろ?」 そうなんだ、とひとまず納得して、それからもう一度考え直し、また銀次が口を開く。 「・・・・・・ねー。蛮ちゃん?」 「ああ?!」 「あ、ソレ飲む時さ、蛮ちゃんさー。もしかして、オレにキ・・・・」 「あ〜!! そいから、マリンレッドも無事奪い返したからな! いや、オレさまの邪眼でばっちりよ!! こんでオレらも車生活とおさらばして、ロフト付きマンションに住めるぜ!!」 「ねー、もしかして、キス、とかしなかった?」 「いや、ロフト付きなんてケチなこと言ってねえで、いっそオートロックのマンションにだなあ!」 「ねー。蛮ちゃあん」 「うっせえな! ヒトがいい気分に浸ってんのによ!」 「ねー、してない??」 「してねえよ! バカじゃねーのか、テメエ! ヤロー相手にそんなことすっか!」 「だって、雨流にはさあ」 「あれは儀式だっての! 人命救助っつーんだ、人命救助!」 「でも、オレだって人命救助・・・」 「テメーのは、ただの蜂さされだろーが!」 「そうだけど・・・。ねー、ほんとにほんとにオレにキスしなかった??」 「してねえっつーんだよ、しつけえんだ、テメーはよ!!」 「・・・・・・そうかなあ・・・」 言いながらシートを起こして座り直して、その上で膝を抱える銀次に、蛮はまだ吸い終わっていない煙草を灰皿で揉み消すと、また新しい煙草に火を点けた。 煙草をくわえる蛮の口元をちらっと横目で見ながら、自分の唇にそっと指を置いてみる。 蛮はあんな風に言うけれど、唇に、妙に確かに感触が残っている。 誰かの、唇の。 だいたい蛮が、本当に解毒剤かどうかアヤシイ確証のないものを、他人にほいほいと飲ませるとは思い難い。 とすると、一応自分で毒味でもして、それから、そのまま口移しで・・・・。 想像するなり、かああっと顔が熱くなる。 まさか、そんなこと、やっぱ、ないか。 うん、ないよ。 そんなこと、してくれるはずがない。 ないない、やめやめ! 考えるなオレ! やばい、うわー。 なんか、また熱が出そうだ。 顔が熱い。 「おい」 「んあ?」 「顔、赤けぇぞ」 「あ、そ、そう?」 「車、イカれててスピード出ねえし、当分依頼人とこにゃつかねーから。おまえ、熱あんだから、もーちょい寝てな」 「・・・・うん」 蛮に言われ、銀次は頷くと、大人しく目を閉じた。 身体の熱はもう大分ひいてきたのに、これじゃあ、またぶりかえしだ。 頭ん中と顔が熱い。いざって時に役に立たなくて、また蛮ちゃんの足ひっぱったら嫌だし、今のうちに寝とこー。 うん、そうしよう。 そう思い、 もう一度シートを倒す。 自分でもあきれるくらい、瞬く間に眠りに誘われていきながら、銀次は思っていた。 蛮ちゃんは自分を助けるために、ただそのためだけに戦ってくれたんだ・・。 それだけで、もう充分だよね。 そのおかげで、今ここにいるオレがあんだから。 「・・・・・・・蛮ちゃん・・・・・・あんがと・・・・・・」 夢見心地で、銀次が呟く。 蛮はハンドルを握りながら、その言葉にちらっと隣のシートを見、幸せそうな顔で眠る銀次に、包み込むようなやさしい瞳をして、その口元に笑みを浮かべた。
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マガジン50号の、例の薬はどーやって飲ましたのか!?の話がどうしてもどうしても気になって、つい書いてしまいました。 きっと皆さん書きつくされてるんでは?と思いつつ。(イメージ崩れたらゴメンナサイ) 後半の「んあ・・ここは・・?」から「なーにいっちょまえに落ち込んでんだよ」の後の「んあ」までは、実際にマガジンにあった部分からの抜粋です・・。 なんかこうやって台詞だけ書き出すと、すごいね! 同人SSの中においても、どこが原作かわからないくらいのラブっぷりです・・・! 蛮ちゃんは本当に銀ちゃんに甘い! そして、今後の名誉挽回の銀ちゃんの暴走に、つい期待をかけてしまう私なのでした。
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