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2008年01月07日(月) |
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ドクターショッピング |
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首都高C1。 レインボーブリッジを右手に浜崎橋を渋谷方面に車線変更。 昔、ここで転倒して10キロの渋滞を作ったことを思い出す。 ヘルメットの下で苦笑いが浮かぶ。
渋谷で高速を降り、恵比寿駅に近い駒沢通りの歩道にバイクを停めた。 さすがに夜中の二時に、駐車違反の取り締まりはそうそうない。
待ち合わせの店は代官山側に一本入った路地の雑居ビルの一階にあった。 看板の電気は消えている。 ドアを引いて入るとカウンターだけの狭い店だった。 ジミ・ヘンドリックスをリミックスしたハウス。 薄っすらと店中に満ちた紫煙には嗅ぎ覚えのある匂いが混じる。 カウンターの内側にはニットキャップを被った男が一人、座面の丸いスツールに座り膝に広げた岩波文庫に視線を落としている。
「遅いし。」 たった一人。一番奥の席でカウンターに肘を突いていた女が唇を尖らせて言った。 昆虫の眼のようなグッチのサングラスと黒いウィッグがかえって目立つ。
「時間通りだ。」 僕は女から椅子一つ離れて座る。 女が突き出すタバコを断り、革ジャンの内ポケットから薬の包みを取り出しカウンターに放り出す。 「もう当分は無理だ。」 女は薬の袋から錠剤を取り出し一つずつ包装を剥がし自分のピルケースに移す。
女の前に置かれたグラスの中身をアイスペールに捨て、ボトルの水を注ぐ。 微かにバーボンの香の残る水を一気に飲み干す。
「ありがと。お金足りた?」 女が小声で言う。
「うん。」 僕は立ち上がりながら答えた。
「彼女は元気?」 女は僕を見上げる。視線があったかどうかはお互いサングラスなので判らない。
僕は答えずドアのノブに手をかけた。
「ごめんなさい。とか、言えればいいのにな。」 女の声はドアを閉める音で途切れた。
バイクのエンジンはたった数十分で冷え切っていた。 チョークを引いて数回セルを回しやっと始動する。
駒沢通りを中目黒方面に走り第三京浜を目指す。 この時間なら道路はどこもかしこもガラガラだ。
大したことじゃない。 売れないアイドルがプロデューサーとでき、おかげで大々的なプロモーションを受けそこそこ売れる歌手になった。 よくある話だ。 たまたま、そのプロデューサーは同じ事務所の同期だった女と結婚してたってだけだ。
そして、それをきっかけに離婚した女が自暴自棄になって撮ったヌードのカメラマンが僕だったのもたまたまなら、その売れないアイドルだった女のアー写やジャケ写を撮っていたのが僕だったのもたまたまだ。
環八から第三京浜へ。 思った通り空いている。 冬の星座が街の灯かり越しにくっきりと浮かぶ。 まるで空に向かってバイクを走らせているようだ。
ごめんなさい、なんて言わなくていいよ。 君の薬は例の彼女が医者で処方して貰った薬なんだ。 彼女は君と違って週刊誌の記者に見張られてないから、ドクターショッピングなんてわけないんだよ。
君らはとっくに手を握りあってる。
お互い知らないだけだよ。
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