やさぐれ日記・跡地
アルティーナ



 おまけ3「迷わない選択」

「・・・思ったより早かったわね」
「お待たせして申し訳ありません」

いえいえ、と私。
面白そうに首を傾げながら扉を大きく開けて迎え入れたのだが、ゼニス君は少ない荷物を恐縮そうに玄関に置くやいなや、では早速とばかりに踵を返した。

「ちょ?待っ・・・」
「城の周りをぐるっと歩いてから、城門に立ちます」

何をそんなに急ぐのかと言いたいところ、ついでに関係あるのか無いのか、心なしかゼニス君の髪の先が湿っている気もする。

「・・・?」
いろいろ疑問符を浮かべる間にも彼はずんずん城壁づたいに庭の方に向かって歩き出していて、どうやら森の中の建物ゆえにどの辺りを重点的に警戒すべきか検分でもしているようだった。

「ちょ、待った、戻りなさい!」
「・・・?あ、すみません、荷物はそこに置かせて下さい」

ぺこりと敬礼する彼。

「違うッ」
「休む時は軒下をお借りしますから」

「違う違うッ!」
「・・・あ、この辺りって土地空いてますよね」

隣にでもテントを買おうかと呟くゼニス君に、私は
『馬鹿ーーーーー!』と言いたい勢いで頭を抱えながら「落ち着けーーーーー」と叫んだ。
私の大声に姿勢を正したゼニス君だったが、至って冷静なのが彼であることも、落ち着くべきは思い切り自分であることも勿論わかっていた。
しかし言わずにいられるか。

「荷物、持って。護ってくれるなら隣に住もうなんて考えないで頂戴。城門に立つなとは言わないけど今はいいの。
ほら、早く。貴方の部屋はこっち」

私は切れ切れの言葉で一気に喋ってから、廊下の向こう側を指差した。
それでも躊躇うゼニス君に、
「嫌って言うなら寝る時は私の部屋のベッドで寝ろって言うわよ、じゃないと24時間なんて到底護りきれないでしょって屁理屈こねるからね」と殺人的な文句(!)を並べて、ようやく2度3度の敬礼の後に廊下を進ませた。

このやりとり、後で思い出すと、何と言うとんでもないほどの強引さかと自分に呆れるのだが。


彼のためにと用意した部屋で、本人は最初多少の居心地の悪さを感じていたようだったが。
空気の入れ替えにとゼニス君には背を向けて窓を開けながら、正直ね、と私は口を開いた。
窓の外からはエリア名にもあるように『風の森』らしく、太陽は雲に隠れているが心地良い風が入ってくる。

「正直ね、・・・来ないかと思ったわ。ちょっぴり」

私は背を向けて外を眺めたまま。
ゼニス君が荷を解く手を止めたのがわかる。

「私としては行かない理由がありませぬ」

自信満々に答える彼に、私は振り返って半ば苦笑いを返した。

「騎士として生きることと、1人の男として生きることと。
価値観はそれぞれだけど」

凡庸なシアワセにこそ価値がある。
これまでの経験で私が得た1つの答えだが、生憎今まで私はその価値に恵まれていなかったから尚更。
誰かに想われて、その誰かのためにシアワセを紡ぐのは、到底私には出来ない芸当であった気もするので、尚更に尚更。

「もし貴方が迷ったなら、私は後者を選びなさいと言ったわ」
「後者は二の次、三の次です。第一の願い、主に仕える事が再び叶うのです」

そうして彼はこう言った。

これ以上の幸せはありません、と。

私は心に生まれた素直な感情を精一杯抑えながら、小さく首を傾げつつ口元だけ笑って返した。
そしてもう1度だけ突つく。

「時々帰りたくなったら、あちらに戻っても良いのよ」

しかしやはりゼニス君は何の間もおかずに「主を置いては帰りませぬ」と答えた。
・・・そこでようやく私も、こういう吹っかけ方は無意味だと悟って素直になる。

「・・・来てくれて嬉しいわ。とても。
あちらには帰らない、だから貴方はここに居て」

そうして、片づけが済んだらお茶にしましょうと言って彼の部屋を後にする。

もちろんお茶はゼニス君が淹れるの。ね?

そう、茶化すように片眉を上げながら私は笑った。
お任せ下さい、と彼も笑っていた。

2006年03月30日(木)



 おまけ2「永忠の黒騎士」

「お久しぶりです」

随分長いこと会っていなかったが、ゼニス君は相変わらず軍人らしく騎士らしく、きっちりと敬礼をしてきた。
私も「当時」のように小さく笑い、頷いて返す。


・・・オールド大陸、シーユ山脈某所。

あまり常識的ではない時間帯に、私はその地に居た。
本来であれば上陸は許されないところだが、僅かな時間だけ禁を犯す。
ゼニス君と連絡が取れたので、直接会って話をするためだった。

「もう戻られないのですか・・・」
「叶った願いも叶わなかった願いもあるけれど、あとはあちらの大陸でゆっくりしたいの。
もう、・・・もう、走り続けることは・・・出来ない」

ただひたすらに国に尽くし民に尽くす、疲弊しても己を叱咤して結果に関わらず常に休みなく走り続けること。
もう良いのだと受け入れるまで、長い長い時間を要したが。

「・・・実はお待ちしていたのですが」
「私も待っていたわよ」

「?」
「私に何か伝えることがあるのではと思って。アスラちゃんがそう言っていたのだけど」

「え、あ、いえ・・・その」
「と言うか国に残っていたのは、もしかして待っていたから?」

「ええ」

彼は姿勢を正して私に向き直る。

「私の主は2年半前より貴女だけです」
「・・・・・・」

私はすでに国を背負う立場ではなく、そうなって久しい。
もともと戻らないつもりで退いたのだが、1年近くも経つ今でも彼は待っていたのだ。

「ごめんなさいね、期待に応えられなかったわ」
「いえ、決して。・・・貴女の退位時に不在だったことを今でも後悔しています」

それは全く気に病む必要はない、と私は笑った。
ゼニス君のことは気がかりだったが、満足に事情を伝えることも出来ないままだったのだから。

「私はもう戻らないわ」
「では私も消えましょうか」

そう、彼は事も無げに言った。
笑いながら。

貴方がこの地から去るのなら自分も、と。

「・・・ちょっと待った」
予想外の答えに、思わず手を横に振った。

戻らないと伝えれば、彼もこのまま仕官国に留まる事もないだろう、とは予想がついた。
だから望むのであれば連れて行きたいところがあった。
もう無力感や虚無感を感じずに済むような場所に。
「楽園」と呼ばれる場所に。

幸いアスラもいるから。
私はその国の詳しいことは知らないが、彼女が楽しそうに手紙をよこしてくる。
であればきっと国の名の通り、楽園なのだろう。
そこへ行けばゼニス君も穏やかに生活出来るのではないかと考えた。

けれど彼は望んではいなかったのだ。
とうの昔からしていたらしい深い覚悟を、私は真実理解しきれてはいなかったと言うことだ。

それなら。

「・・・最近引っ越したのよ」
「・・・?」

「思い出深い場所にね。でも、広ーいお城に1人なのよねー」

私はためつすがめつしながら、片眉をあげてゼニス君を見上げた。

「・・・・・・来る?」


行きます、と彼は即答した。

望むなら傍に居てくれればいい。
もう責任も権力も背負わない私だけれど、それでも護り続けたいと思うなら。

「まぁ。・・・まぁ、国に尽くす必要はなくなっちゃったけど。
私の手を取って、傍においでよ。・・・永忠の黒騎士さん」

「・・・どこまでもお供致します」

そう言って彼は再び敬礼した。
私もやはり同じように、笑って小さく頷いた。


「と、こ、ろ、で」

早速準備を、と意気込んで今にも準備に奔走しそうなゼニス君には悪いのだが。

「さっきの話だけど。何か伝えたいこと、あったのではなくて?」
「え、え、」

「メッセージボード(プロフ)に書いていたそうじゃない。生きるために封印してきた言葉があるのですって?
『ソレ』を伝えてくれるのはいつかしら。
それとももう伝えてくれたのかしら?」

「・・・は、はて?」

彼は思いっ切り大粒の汗をにじませ、目も合わせようとしない。
私はわざと覗き込むようにして身を乗り出した。

「気のせいかしら。あぁでも宛名は書いていなかったから、私が勘違いしてるだけかも?」
「どど、どうかお気になさらず!
き、騎士は口では行動致しませぬ。これからの義で・・・!」

「待っていればそのうち口でも言ってくれるのかな」
「ああ!もうこんな時間ですよアルティーナ様!!」

必死の叫びにさすがにこれ以上は可哀想か、と思って懐中時計を確認した。
確かにまずい時間だったので、少々残念だけれど戻らなければ。

「じゃあ、ゆっくり準備しておいで。待っているわ」
「りょ、了解致しましたっ」



帰りの途。
必ず来てくれるものを待つと言うのも楽しいものだと考えながら。

そして昔、彼の軍務称号名を決める時。
彼自ら名乗り出た『永忠の黒騎士』と言う二つ名の意味を
今更ながら深く深く理解した私は、二つと得られぬモノを確かに得ていた、そして失っていなかったのだと。

・・・これからも失わずにいられますように。
星の散らばる空に向かって、私は小さな祈りをかける。


2006年03月27日(月)



 おまけ

※ネトゲのSSと言うやつなので、ご存知ない方は読んでもわかりません。



――――――もうこの場所は冷たすぎる。
蒼帝の城に居る意味など、もう随分と昔から消え去っていたけれど、これも惰性。

扉の厚さは変わらないのに、この隔たり。
お互いすでに興味の対象ではなくなったからだろう。
『あの頃』が嘘のように。
『あの頃』などあっただろうかと思うくらいに。
そして未練もない。

・・・ふぅ、と1つ、息。

オールド大陸から戻ったのは、もういつの話だっただろうか。
長くこちらに居たせいで、もうあちらの大陸に渡ることは許されなかった。
大農場だけが残り、置いてきた荷物も残り、もしかしたら届いているかも知れない誰かからの手紙・・・けれど行くことは叶わない。

荷物も家も執着はない、何処かからの宣伝チラシも要らない、ただ気を揉むのは手紙の件だけ。
届いていないかも知れない、私が見ることはないと知って誰1人投函しに来る者など居ないかも知れない、むしろそう願っているが。
万が一を考えると、歯がゆくもどかしかった。

出来ることなら連絡を取りたいと思う人はいるのに、このままでは。
いっそ家を引き払ってしまったほうが可能性も消えて気持ちも楽になる。

しかしそれもまた、保管所を保有しているがために許可が下りなかった。
利用者がいるのだ。1人だけ。

「・・・ゼニス君・・・・・・」

あれこれ考え込みながら、親指の爪を噛む。

彼は私が(一方的に)今も大切に思う人の、1人。
あちらでまだ元気にしているのなら、追い出す真似などしたくはないけれど。
別の保管所に案内する旨を伝えれば良いとわかりつつ、ただその用事だけで終わらせたいわけでもない。

二の足を踏み続けているのは、惰性に浸かってしまって腰が重いことと、用事以外の部分で気持ちに踏ん切りがつかない所為。
もとい彼がまだ私に親しい感情を抱いているかどうか、その点も不安で。
ひとまず「彼女」に珍しく接触し、その返事を待った。

返事の中身は暗号のようなものだった。
ただ私には理解できた。不安も払拭できた。

「4代目の築きあげたもの・・・」

私は微かな記憶を手繰り寄せて、指折り数えてみる。
いち、に、さん、・・・よん。記憶違いでなければ、4代目は私だ。

・・・ゼニス君は未だに拘っているのだろうか。
再び取り戻したいと願うほど。あの国で。
私は複雑な気持ちで、半ば苦笑いを浮かべながら返事の手紙を折りたたんだ。

ウレシイ、とは言うまい。
それを言うにはまだ、私も伝えきれていないことがある。
そしてまだ出来ることがあるのなら、彼がそれで良いと言うのなら、連れて行かなければならない場所がある。

いい加減重い腰をあげなければ。
オールド大陸の住人に私が最後に出来ることといったら、そんなことしかないのだろうから。
そして家を引き払い、あちらの大陸での居住権は破棄し、こちらの大陸で思い出と共に静かに暮らそうかと思い始めていた。

やはり「過去」に生きる女だと、ルシあたりに言われそうな気もしたが。
せめて、待ち人はもう二度と現れないのだと、これもいい加減諦めがつくくらいまでは。

それが不幸だとは思わないから良いのだ。

「・・・さ、とりあえず引越しよ、翔架」

蒼いケルベロスの猛獣に声をかける。
行く先は決めている。
迷いなく選んだかと問われれば詰まるけれど、大事な人がかつて住んでいたのが私にとっては悪趣味な場所だったので、もう1ヶ所の思い浮かんだ場所に決めた。

1番幸せな思い出が作られた場所、風の精霊のあの人が住んでいた場所。
そこは風が優しく吹くところ。

引越しに時間はかからなかった。
蒼帝の城を出るのに躊躇はなく、荷物も少なく、ただ時間をとられたことと言えば、あると思っていたものが見つからなかったため。

「・・・私、どこへやったのかしら」

大切な。
大切な大切な、あの。
ずっとあると思っていたのに、気がつけば何処にもない。
記憶からも抜け落ちて、ないとなればどうしたのかも思い出すことが出来ない。

赤黒い錆のついた、百合の香りはすでにないピアス。
ずっと、あるものだと思っていた。
けれどもう随分前から失くしていまっていたのだろうと言うことだけはわかった。

・・・勝手にあるものだと思い込んでいただけだった。

新しい家は何でも良かったが、いつの間にか増えていた資金は自分でもビックリするくらいの額で、広すぎるとわかっていながら城を選んだ。

そういえば生まれて初めて自分で城を買った。
そんなことに気付いて、何だかおかしくて笑ってしまう。
この場所で、穏やかな気持ちで、もう良いのだと思えるまで居よう。

「あとは・・・そうね、手紙ね」

貰うのは好きだが書くのは面倒だった。
そうも言ってられないので、まずは気に入る紙とペンでも探そうかと余計面倒な方向から考える。

手紙は2通。2人に送る。
近いうちに書き上げたら、無事届くことを願う。


私はここに居る。
あちらの大陸で、大切な人たちが幸せを感じながら生きていることを願い、私はここで生きる。
たくさんの幸せな思い出と少しの未練と、わずかな希望を抱きながら。



2006年03月26日(日)
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