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りょうちんのひとりごと
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2011年06月30日(木)
Vol.779 おばあちゃんの昔話

おはようございます。りょうちんです。

伊豆でのんびり暮らしている相方のおばあちゃんは、今月誕生日を迎えて満96歳になった。相方がおばあちゃんに会いに行くのに時々俺も一緒にくっついてお供するのだが、96歳とは思えないご健全ぶりには毎回驚かされる。少し耳が遠くて大きな声でゆっくり話す配慮は必要だが、あらゆる分野に精通していて博学なのだ。俺らが読めない難しい漢字もすらすら読んでびっくりさせる。部屋には小説が山積みされているし、その横にはすでに大半が完成したクロスワードパズルやら数独の本がたくさん置かれている。おばあちゃんにとっては、ボケなんて一生無縁なのだ。
それだけじゃない。足腰もまったく丈夫であちこち出かけるし、見るからに健康そのものである。好奇心旺盛なのが若さと元気の秘訣だと俺は思っているが、一昨年の夏に相方と皆既日食を見に上海まで旅行したのには度肝を抜かれた。先日お伺いした時も、動物園に遊びに行ったり買い物に連れ出したりしたのにまったく疲れを知らないようで、夜は中華でおなかを満たしたあと誕生日祝いのケーキは別腹だと言ってぺろりとたいらげた。相方が自慢のおばあちゃんだと胸を張るのも当然だ。
でもよく考えてみると。大正生まれのおばあちゃんは、昭和前期の激動の時代を生き抜いてきた。俺らの知らない大変な苦労もたくさんされてきたに違いない。昔の辛く貧しく暗い時代をあまり語りたがらない人は多いが、それでもおばあちゃんは俺や孫である相方に昔の話を惜しげもなくしてくれる。関東大震災の話も、戦争で疎開した話も、昔を懐かしむように楽しそうに。
俺の祖父母はすでに他界してしまったので、大正から昭和初期の頃の話を直接知りたくてもなかなか難しい。だからおばあちゃんの話はとても貴重で、リアルに体験してきただけ説得力がある。教科書では学べなかった歴史を身をもって語ってくれる。本人は気づいてないと思うが、おばあちゃんの昔話はかけがえのない財産なのだ。おばあちゃんにはなかなか会いに行けないけれど、ありがたい話がまた聞けるのを俺は楽しみにしている。