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■ 毒吐き
溜め込んでいても体に悪いので、毒吐かせてもらいます。
うちの母のこと。
チマチマしたイジワルはよくされてました。 本人は覚えてなかっただろうけど、私は受け流そうにも、その積み重ねで腹の中はいつも煮えくり返ってました。
小学5年か6年の頃。 学校から旅行(林間か修学旅行)に行って、母に喜んでもらおうと、少ないお小遣いでお土産を買いました。 可愛いファッションリング、それを入れる小物入れも買って、それに入れて母に渡しました。 どんな顔をして受け取ってくれるだろうとウキウキしながら。
母は私に向かって言いました。 『こんなオモチャみたいなの、大人のママがつけれるわけないやろ! いらんわ、アンタがしとき!』 そうやって突き返されました。
確かに、子どもが持っていけるお小遣いの額は知れてる。 大した物は買えない。 母から見れば、ちゃっちいオモチャに見えたでしょう。 でも私は、子どもなりに一生懸命、母のことを思い、きっと喜んでくれるに違いないと悩みぬいて買ったお土産です。 それをありがとうも言ってもらえず、こんな返され方をして…
『なんで〜?ママにあげるぅ〜してよ〜せっかく買ってきたのにィ〜』 そう言っても受け取ってもらえず、私はしばらくそれを自分で持っていました。 でも、それを見る度に、悲しさや悔しさが込み上げてきて、ある日、ゴミ箱に投げ入れてしまいました。 その物は、もう私の手元にもないけど、鮮明に今でも思い出せて、嫌な気分が抜けません。
その出来事をチャラにできるほどの愛情も、母からはもらえず、ずっと心の深いところに溜め込まれていきました。
中学1年生の時、お昼は弁当か、学校の購買部でパンを買うかどちらかだったんだけど、ある日、母が弁当を作れなかったと言って、家にある菓子パンを渡されました。 うちの学校は校則がものすごく厳しくて、学校の先生も体罰は当たり前という厳しさでした。
私は中1で、当時の担任は生活指導の男性教師。
『こんなん持って行ったら、先生に怒られる。 アカンねん、規則で売店でパンは買わなあかんって言われてるねん。 絶対怒られる、パン買うお金ちょうだい』
『なに言うてるの!これ持って行き! 家にパンはあるねんから、わざわざ買うことないやろ! お金が勿体ない!』
何度説明しても母は頑として聞き入れてくれず、私は仕方なくパンを持って行きました。 担任はお昼は教室に来て、生徒らと一緒に食べることが多く、私はどうかどうか先生が教室に来ないように、先生が来るまでに急いで食べてしまわなくちゃとか考えながら、とうとうお昼の時間が来て…
先生にはすぐ見つかってしまいました。 食べる前に…
『○○、これはなんや!』
『あのぉ…これはお母さんが持って…』
『親のせいにするな!』
そう言って、私はゲンコツをくらいました。 そして、売店に行ってパンを買ってこいと言われ、お金がないと言うと先生が貸してくれて、それで家から持ってきたパンは没収され…
家に帰ってから母に…
『やっぱり先生に怒られたやんか! 私のせいじゃないのに、ゲンコツされてんで、私! 売店でパンを買ってこい言われて、先生にお金借りたから返さなあかんねん!』
母は、『あっそ!』と言うだけでした。
『謝ってよ〜私に謝ってよ〜ママのせいやねんで、私怒られたの!』
『なんで、私がアンタに謝らなあかんの! そんなややこしい学校が悪いねんやろ!』
S学園に行かなかったことの腹いせなのかどうなのか、一事が万事、こんな調子…
中学2年の時、私は一念発起して、勉強を頑張った時期がありました。 好きなTVもマンガの本も見ず、ひたすら勉強。 そして、成績がグンとUPして、いつもは中の少し上ぐらいの成績だったのが、クラスで2番の成績になりました。 先生もクラスの子も、そんな私の変わりようにビックリするぐらいでした。
私も嬉しくて、母に報告すると…
『ふん、2番やってんやろ? 1番ちゃうやん! そんなんでいい気になってたらアカンで!』
担任の先生からも 『○○、今回は相当頑張ったんやろ?塾でも行き始めたんか?』 と聞かれるぐらいやったのに、母のこの反応には本当に力が抜けてしまい…
それでも、これにめげずに頑張ろうと、自分を奮い立たせたりしたものの、落ち込みがだんだん酷くなり、鬱状態になってしまいました。 そしてまた、成績が落ち始めました。 だけど、母への怒りというよりは、自分が本当に情けなかった。 負けてしまった…そう思って…
高校生の時、私は自分のお小遣いはアルバイトで稼ぐようになり、おしゃれにも目覚めてきた時期で、私はそのお金でスカートを買いました。 1度はいて、結構奮発したいい服だったんで嬉しくて♪
そして洗濯に出す時、ドライクリーニングのマークがついていたんだけど、そんなお金は勿体ないので、私は自分でお湯で手洗いをするつもりでした。 母には、『これ手洗いしなあかんやつやから、置いといてな、自分で洗うし、絶対やで』
そう念押しをしていたのに… 母はそのスカートを洗濯機で他の汚れ物と一緒に洗ってしまいました。 見事に縮んでしまったスカートは、1度はいたきりで着れなくなってしまい…
『なんで?あれだけ頼んでたのに!』
『知らんわ、そんなん! アンタが、こんな洗濯機で洗えないような物買ってくるから悪いねん!』
『私の働いたお金で買ってんで! 弁償してよ、弁償してよ!』
『なんで、私が弁償しなあかんねん!』 母はそう言って、私を睨みつけるだけでした。
悔しくて、悲しくて… でもまだ、この頃は母の愛情を信じていた時期でした。 父からの暴力に、私が体を張って守っていました。 母には幸福になってほしいと、本気で思っていました。
母の日、誕生日、やっぱり迷いながらも傷つきながらも、形に表していました。 でも、私のそんなささやかな気持ちが報われる日は来なくて、母に背中を裁ちバサミで刺された時、かろうじて繋がっていた私の中の糸がプツリと切れてしまいました。
2008年10月11日(土)
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