風のひとり言
kaze



 

秋の長雨の時期に入ったのか、最近雨が多くなってきた。
降りしきる雨が、窓の外を伝っている。

そういえば、雨に濡れなくなったのはいつからだったろう?
昔は雨の中を、傘をささずに歩くのが好きだった。
それも中途半端でなく、それこそ集中豪雨的な雨の中を歩いて帰り、
びしょびしょになりながらも、気分は爽快だった。
と言いつつ・・・今朝の突然の雨で、駅からの道のりびしょびしょになってしまったが・・・(泣)

かつて「台風クラブ」という映画があった。
丁度1年前、53歳で惜しくもこの世を去った相米慎二監督作品である。
台風が近づき、帰宅できなかった数人の生徒が学校内で一夜を過ごす話であるが、
この映画の中で、素っ裸で校庭を走り回る笑顔の生徒たちの姿が映されている。
丁度そんな感じなのかもしれない。(さすがに裸にはならないが・・・)

それにしても子供はどうして濡れるのが好きなんだろう。
雨に濡れるのが好きなのは、どうも自分だけではないようだ。
水溜りを見つけると、親の制止を振り切ってでも飛び込んでみたり・・・
「ダメ」と言われることをやってみるのが楽しいものなのかもしれない。

雨に濡れれば、心の中まで洗い流してくれる・・・
そんなドラマのような感覚がないわけでもない。
普段の入浴や水泳時においては濡れたからといっても、とてもそんな気にもならない。
外であるというシチュエーション、天空から降り注ぐ恵みだからこそ、
そう思うものなのかもしれないし、
空が泣いていると考えた時、それが自分の心と同化するものかもしれない。

ところで恵みと言えば、都会人は身勝手なもので、
晴天の日が続くと雨を欲しがり、逆に雨が続けば、晴天を望む。
単に自分のスケジュールに合わせ、明日は何があるから晴れればいいなとか、
明日の予定がつぶれて欲しいから、雨が降ればいいなとか・・・
それこそ、ご都合主義である。
しかし、第一次産業を生業にしている人にとってみれば、天候は死活問題である。
晴天が続いても雨天が続いてもいけない。
丁度いいバランスの取れた天候こそが、実り多き年になるだろう。
都会に住む自分らは、そんな苦労を知りもせず、
晴天に「暑い」と文句を言い、雨天に「早くやめ」と文句を言ってしまう。
天候に一喜一憂することは同じであったとしても、その内容には雲泥の差があるものだ。

もともと人間とはそういうものなのかもしれない。
まずは自分中心に物事を考え、自分の都合に合わせて判断をしていく。
他人を思いやり、相手の気持ちを考える心を持ち合わせている人も多くいるだろうが、
自己中心的な人の数には到底及ばない。
それが哀しい現実でもある。


2002年09月09日(月)
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