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■ 「怒りの理由」について
私は普段から、滅多に人に対して怒りをぶつけるようなことはしない。 もともと鈍感なのか、周囲に無関心なのか、怒りを感じる場面も少ない。 ただ漠然と不快を感じることはあるけれど、よほどの理由がない限り、 それが「怒り」へと姿を変えることはない。
よほどの理由。 それはたとえば、実質的な被害を被ったり、理屈の通らない言動をなすりつけ られたりする場面。中でも責務放棄して逃げられることに関しては、ひどく怒る。
私の本業というのは、大部分が社会の経済活動の枠組みの外に位置している。 つまり、労働の対価が発生しないことが多い。なので全ては自己管理と責任 の基に営まれる。でもそれでは生活できないので、副業としての労働も兼業 している。私の場合、両者があるからバランス良く生きていられるのだ。
ところで、怒りの理由。 私は本業の仲間とチームを組んで仕事(副業)をしている。 でもその相手が、今週のアタマから突然姿をくらました。 本業の原稿の〆切が過ぎても現れず、仕事の時間帯になっても来ない。 連絡を入れても返答がない。逃げられた、と思った。
今回の原稿に関しては、私たちの懐に原稿料が入ってくるわけではなく、 本になることで業績に追加されるだけのことだ。それは個人の問題に属すので 辞退するのは一向に構わない。早い話、そんなの私の知ったことではない。
問題は(同業者の甘えか何なのか)、連絡もなく今週前半の仕事をすっぽかされた ことだ。私はふたり分の作業を、ひとり分の報酬でやり抜いた。実質的被害。 そんなわけで、週も半ばというのに、私はひどく疲弊している。 労働そのものより、怒ることで消耗してしまったのだ。やれやれ。
せめて、「ごめんなさい」と「ありがとう」の言葉が欲しい。 それさえもできないような人間に、私はもはや言葉すらかけたくない。
2003年12月03日(水)
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