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■ Silent Night
夜が闇にとけてゆくのをみるのが好きだ。
研究棟に人の気配はなく(ただし、愛すべき後輩のコザルくんは、パソコンルーム で天下泰平のいびきをかいて眠っている)、誰かがひねり忘れた水道の蛇口から、 水がしたたり落ちる音が、廊下に、小さく、しかしはっきりと響いている。
さっきまでベランダに出ていた。 家々の窓から漏れ出す光や、遠くのビルの光が闇を際立たせている。 たっぷりと湿気を含んだ空気に、音という音がすべて吸い込まれてしまった夜。 そんな、とても静かな夜の中に立って、私は一日を締めくくる儀式のように 煙草に火をつけた。青白い煙が、ゆるい弧を描く。
午後はずっと、教授から頼まれた急ぎの仕事をしていた。 膨大な書籍とネットの網の目から、必要な情報を汲み取る作業。 まるで、ネズミの針の穴に鯨の髭を通すような、ちぐはぐで救いのない作業。
夜、先週結婚したのり(彼女は現在、札幌で妻をしている)から電話があった。 私がまだ仕事中だと云うと、「たいへんなのね」と、しみじみとした口調で ねぎらってくれた。「どうしたの?こっちが恋しくなった?」とふざけて訊く。
「そんなんじゃなくて。さっきね、嫌な夢をみたの。まみことケンカした夢。 なんか気になって電話しちゃった」
私は「だいじょうぶ。怒ってないから」と、彼女を安心させる。 仲の良い彼女とケンカする理由など見つからないけれど、彼女の夢の責任は 私にもあるような気がした。嫌な夢を見させてしまった、何らかの責任が。 「また連絡する」と云うと、ほっとしたように回線を切った。
静かな夜は、必要以上に内省的にさせられる。 けれど、そのぶん、世界にすこし優しくなれる気がする。
2003年07月24日(木)
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