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■ 傷んだ桃のような
夜の便でご家族とハワイ旅行へ行く妹ちゃんが、午後に顔を出した。 「はいっ、これおみやげ。いい匂いがしてたから」 勢いよく手渡されたビニル袋には、熟れた桃がよっつ入っていた。
これから旅に出るのに、おみやげだなんて可笑しいと思いながらも 私はずっしりと重みのある袋を受け取る。妹ちゃんは夏らしいスカートを履いて、 ベージュのやわらかな帽子をかぶり、薄茶のサングラスをかけていた。 「いってらっしゃい」のハグを二回、それに髪にキスをしてあげる。 足取りも軽く、彼女はドアの外へ消えてゆき、部屋には桃のよい匂いが残った。
おやつがわりに、廊下に設置された洗面所で桃を洗い、その場で皮を剥く。 きっと彼女は、袋をぶんぶん振りながらここまできたのだろう。あちこちが 傷み、表面がぐにゅっと茶色く波打っていた。私はかまわず、立ったまま べろりと皮を剥ぎ、白い果実があらわれたさきから、歯を立ててかぶりつく。 甘いしずくが指からこぼれ、手の甲をたどり、肘先へと流れていった。
薄いスカートから突き出た膝小僧が目に入り、私は思わず苦笑する。 傷んだ桃と同じ色をした、私の膝小僧。それにフリスビーのときに付けた青あざも。
「おねぇちゃん、いくつになるんだよ、まったく」 昨日、雨に濡れたタイルの上を駆けて、すっ転び、反射的に着いた右膝には、 予想以上に大きな赤痣が出来ていた。写真展のパネルを手にしたまま、コザル* と、年甲斐もなく追い駆けっこしていたのだ。先を走っていた彼が振り向き、 しょーがないなという顔で手をかしてくれた。私は、「幾つになっても、 走り出したくなるときがあるのよ」と云おうとして、代わりに笑ってみた。
腐る寸前の果実は、ほとんど官能的と云ってよいほど、甘美な匂いを放つ。 私は赤く腫れた膝小僧を見ながら、「まだまだっ」と声に出して言っていた。
--- *【コザル】隣室の後輩くん。私の良き遊び相手。せめてヒトになってくれ。
2003年07月11日(金)
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