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HELEN&HEAVEN
Helen
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2005年08月02日(火)
花嫁人形




1 きんらんどんすの 帯しめながら
  花嫁御寮は なぜ泣くのだろ

2 文金島田に 髪結いながら
  花嫁御寮は なぜ泣くのだろ

3 あねさんごっこの 花嫁人形は
  赤い鹿(か)の子の 振袖着てる

4 泣けば鹿の子の たもとがきれる
  涙で鹿の子の 赤い紅(べに)にじむ

5 泣くに泣かれぬ 花嫁人形は
  赤い鹿の子の 千代紙衣装



ほんと花嫁はなぜ、泣くんだろう?

私の邪推では、「自分自身だけであったのが相手の人生をも担う重責」「単独から共同体への不自由さ」に押しつぶされそうになるんではあるまいか。

もちろん嬉し泣き…や、マタニティブルーなどの要因も考えられるだろうが。

一部したしい友には「急に子供を産まねば!という意識が芽生えた」と告白したが、私と同居人のスタンスは一生同じままで続くと思っていたので、正直、この心境の変化には自分がたまげた。

同居人とも「子供は要らない派」だったからだ。

ケッコンに対しては「してもしなくてもよい。強いて言えば、墓場メイトと同居しているという感じ。将来、50歳60歳代で棺桶タイムに思いを馳せる時、入籍しても遅くはないのでは…。」というコンセプトが同居生活の間固まって来つつあった。

それが、急になぜ「子供」?

ここ近年、親しい友人や、親戚関係が相次いで亡くなったのが起因すると思う。

輪廻転生思想は、ともするとこの現世に厭世感をもたらす危険を孕んでいるので、盲信するわけにはいかないが…
笑われるかも知れないが、亡くなった彼らを「もう一度産み治さねば!」と、なぜか、ふと思ってしまった。

仏教では亡くなった魂は、中庸の時期を過ぎ45日目にはもう新たに母体に宿っているというから亡くなって数ヶ月から数年経っている人を産み治すには、タイムリミットはとうに過ぎている。

なおかつ、同じ日本のこの京都に産まれてくるとも考えにくい。
どれくらいの確率か…。
そして故人が生まれ変わりを望んでいないとしたら…。
望んでいてもいなくても、無理矢理、新たな母胎に押し込められるとしたら…。

凡夫の狭い了見では推し量りがたい。

きっかけは「産み治し」という問題提起であったが、だんだん最初の主旨はおぼろげになり、単に「新たな生命を作らねば・産まねば!」という意識に変わって来た。

ちゃらんぽらんのようでいて、真面目な部分も併せ持つ私は(笑)、
「子供を作る前に、まず、婚姻やな。」と順番を遵守したのである。

もっとも、その「婚姻」においてまず「意志を親に明確にする」という順番は守らずに、入籍を済ませた(婚姻の事実の)後、報告したモノだから、双方(主に同居人の両親)は、相当、驚かれたようだ。

のち、義母のママさんバレー仲間が(義母が)そうとう、うろたえていた…事実をあきらかにした。マァァァ!(Ф_ゝФ)マァァァ!

うろたえてたってお義母様(笑)

同じ駅を挟んで対面に位置する、ごく近所の同じ地域に住んでいて人間のメスと猫のメスが10年も同居している事実に気づかないでいたという事実の方が驚愕ですよ。

まぁ、事の善悪は論じたくないが、この場合悪いのは同居人であった。

10年間、私は向こうの実家を一度も訪れたことはない。

くれぐれも私が避けていたのではございませんことよ。

何度か「挨拶に伺いたいのですけれど。」と同居人に交渉してみたのだが、その返事は曖昧か、「うん」と同意してはみても、結局、二の足を踏み親に言えないのであった。

「私の事が恥ずかしいのですか?」と疑問をぶつけたこともある。


そうではなくて…
彼はエディプスコンプレックスが強く、そして、誰に対しても(親に対しても)秘密主義のところがあるのが最たる要因であるように思われる。

さて…
入籍のあとは、報告だ。

こればっかりは、同居人も避けられまいて…
しかし、自分で報告する勇気がなかなか湧かないようだ。

知恵を絞れ、私!

あの手でいかなんだら…

この手がある。

すでに絡めては使った。(笑)


つづく…