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HELEN&HEAVEN
Helen
MAIL

2003年11月06日(木)
終焉と始まり



おととい永久の国へ旅立たれた人のことをHP上の日記に書こうか書くまいか、悩んだ。私はこのサイト上にしか日記を持たないからだ。

後から思えば、総て符合するような気もする。
ナルシシズムと嗤われてもいいか…あえて彼の事を忘れないために、彼の思い出をしたためておくことにする。
もしか幸運が起これば、行間から彼の言葉が聞こえてくるかも知れない。

わたしが彼を最後に見舞ったのはつい先日…10月の24日の金曜日だった。

腹水が溜まって少々お疲れの様子だったがお互いに『回復』を信じてお別れしたのです。

「危篤」の知らせを聞いたのは10日後11月4日の火曜日、おととい夕方…

あわてて駆けつけると4人部屋だった彼はいつの間にか個室に…
酸素吸入をつけて「すーハー」の状態だった。
病室の見知った野郎ども総てが泣き顔で、事の重大さを思い知ったわけだが、私はまだ望みを捨てたくはなかった。

「Kさん、がんばって!負けたらアカン!!」今年の春に、とあるボランティアで知り合って以来、初めて握った彼の手だった。混濁した意識の中、そっと力を込め握りかえしてきた。黄色く染まった瞼を開けよう・開けようと必死の姿に、言葉を続けてかけようとしても嗚咽に変わる。
涙がどうしようもなく溢れてきた。
人は悲しすぎると泣けない!と、ある人は言ったけれど、私の涙腺は壊れてしまったようだ。止まらない。

離れがたい思いの私を、同行者がつついた。
どうしても頼まれていた約束の用事をこなさいといけないタイムリミットがせまっていた。そのまま病室をあとにしたわけだが、その前に、彼の最後のお見舞いで聞いた言葉を伝えておかないと…

付き添っていた親族らしきおじさんに伝えた。

「卵を、だし巻き卵とゆで卵を食べたいと仰ってました。売っているだし巻きじゃなくて、ごく普通に家で焼いたやつ。食べさせてあげてください。」涙と涙の間の伝言に、同じく涙を吹きこぼしながら、うなずいたおじさんだった。

余談になるが…
Kさんの勤め先には面白い事務員のおばさんがいて、お弁当のおかずは1年中同じ内容だった。上の段はウィンナーソーセージ、下の段はだし巻き卵、しかも砂糖でしっかり味付けした甘いだし巻き卵。ごはんは別のタッパに少しだけ。野菜らしきものは、みじんもなかった。彼女の1日の摂取卵は合計5個。連日5個ですよ!きっと「全身コレステロールでみちみち。」だろうと思われる。

ちょっと暑い季節になると「暑いなぁ?暑いな!な?」と、窓をそそくさと閉め冷房をがんがんにかけるおばさん。
「しんどい。あ〜しんど!」と口癖のおばさんに「そんだけ、しんどいのやったら少しお休みもらわはったら?」と勧めると、「そんなん言うて、私の席を盗るつもりやろ?Kさん!」と怒ったらしい。(笑)

腹水が胃を圧迫してご飯が食べられないから点滴で栄養を摂っていた彼が「今も食べようと思ったら食べられるんやで。腹水でちょっと胃が張って食べにくいけどな。病院食も好きなのが出た時は食べてるよ、昨日はラーメン食べたしな。満腹になって苦しい〃のに隣の病室の友達が“メロン切ろうか〜?”て尋ねてくれるねん。勘弁してもらったけどな〜。(笑)今、食べたいのはナ〜ご馳走と違うねん。だし巻きとゆで卵や。売っている上等なだし巻きと違って、家で作る簡単なやつ。」とぽつりと言った。

私が「Kさんの会社の事務員さんのお弁当みたいな、甘いやっちゃでしょ?(笑)」と、ちゃちゃを入れると、笑いながら「普通の出汁で作ったやつやって!」返してきた。

「作って欲しい。」と、ねだらない彼と「作りましょうか?」と、言わない私の出汁巻きの会話はそこで終わった。

作る意志はあったのに作らなかったのは、少し意地をはっていたからだ。

人気者の彼に対する私の位置づけは、太陽をまわる惑星の一部でしか過ぎない。
出汁巻きを作る→持って行く→彼天狗になる という図式もしゃらくさかった。
おろかだった私。なんでもっと早く作っていかなかったんだろう。。。
1週間もすれば、腹水も抜けると信じていた。
気丈な彼の生命力を信じていた。

彼の最後のお見舞いの時、点滴のカートを押しながら歩く彼に、「Kさん、そうしていると病人みたいよ。」とわざとブラックジョークを言ってみた。
いつものように「病人やって!」言葉遊びを楽しめる彼だった。

エレベーターを待つ間、本音をポツリ彼は言った。

「それでもなぁ、自分で【アカン】とか【シンドイ】って少しでも思うと、ずどーん!と行ってしまうねん。急転直下してしまうんやで。」

前後して誰かの体験を読んだところだった。

私:「そうそ!痛い!と思った途端、肉体が認識してしまうらしいよ。だから、意地でも思わないって何かで読んだ。」

知恵者の彼は意識するしないに関わらずポイントで、思わぬ印象深い言葉を相手に植え付ける。

少し思い出話がながくなりました。↑

さて危篤と言われていたけれど、握りかえしてくれたその手に希望の息吹を勝手にみいだした私だった。

姑息ながら…
早晩訪れるであろう彼の喪失のショックを和らげようと、これからどのような手段を講じたらいいのか、どのように彼と向き合って行けばいいのか…
その夜、その道で一番尊敬している方に電話をして、レクチャアを授けてもらった。
お話しさせていただいている間にうろたえていた気持ちもだいぶ落ち着いてきて、彼の「最後まで戦う!」意志を手助けする気持ち…活力が沸いてきた。
一緒にがんばろう! 

奇妙なことに電話の間じゅう…正確には帰宅してからずっと…彼の気配を感じていた。
今までに無かった感覚だった。ふと思うことはあれど、気配を感じるまでのことはなかったので、想いが強すぎて錯覚を起こしているのかと思いなおしていた。

翌朝、出汁巻きとゆで卵を作った。ゆで卵はプラスティックケースに入れ、リュックにいれる。出汁巻きは青い皿にのせ、ラップをし大判のハンケチでくるんで、そのまま電車に乗った。皿を片手にかかげ、つり革をもう片方の手で持っていた。
駅を降りて駐輪場から自転車に乗り換える。
自転車のかごにいれた出汁巻きの皿をひっくりかえさないように慎重にでも急いで病院へ向かった。(病院は私の会社の近くにある。)

夕べの病室に行ったけれど空だった。
そうね、集中治療室にいれられちゃったのかもしれないわ。
看護婦さんに聞いてみよう。

通りがかった看護婦さんに尋ねると「夕べ零時前に亡くなられました。」とのこと。

ご遺体はそのままご家族がお家に連れ帰られたようだ。
空の病室を前にしばし呆然。

そうか!まさかと思っていたけれど、夕べやっぱり来てくれてたんだ。

仕事前あまり時間もないのでそのまま会社に行って、誰もいない部屋にて半泣きで出汁巻きを1本全部食べきったら、気分が悪くなってきた。

5つあったうで卵は、コピーを取りに来た従業員連に、分けた。

先にも書いたが彼とは今春のとあるボランティアで知り合った。
私はおもにお茶くみとワープロ入力、彼はとある会社がらみの関係で手伝いにかり出されていた。
映画の井筒監督に似た風貌の丸顔で中肉中背の彼は、健康体に見えたが実はその時すでに、人工肛門をつけておられた。

帰り道が一緒だったので手伝いのあと、よく駅まで車で送ってもらった。

彼はすでに性欲を失っていたのと、20歳前後の飲み屋のお姉ちゃんたちが大好きだったので、あやしい間違いも起こらず(笑)、仲良くして頂いた。

目端の利く彼には勤務先が近かったせいもあって、2度ほど大通りを必死で自転車を漕ぐところを目撃されていた。
そのうちの一度は携帯に「今、○大路通りを走ってなかったか?」とメールが入っていた。あとで「あんた!自転車漕ぐの、めちゃくちゃ早いなぁ!!」と言われ、赤面しきりだった。
(私は、自転車を漕ぎ始めると加速がどんどんついて、嬉しくなってがむしゃらに漕いでしまうクセがあるのです。いそいでいる時もあるけどね。)

とにかく間口が広く、博識な人だった。
引き出しがいっぱいついていて、開けても開けても話題は尽きぬ。
面白がってじゃんじゃん開けていたら、他の要らぬ秘密も知ってしまった。(笑)

プライベートでは長く有名な劇団に所属されていたらしい。自分でも脚本を書いてらした。恐ろしく頭が切れたので名参謀だったと思う。

とりわけ…短気なくせに柔和で人の好き嫌いをされないのが尊敬に値した。

「坊主にくけりゃ袈裟まで…というのが一般的なのに、なぜ、そうならないのですか?」と質問した時に、

「どんな人間でも必ず、ひとつ取り柄はあるんやで。」特に人の長所を見抜く眼が優れていたように思われる。

人生で幾多の試練を乗り越えてきたからか、もとからそのような資質があったのか「何事に対してもファジーでいること。」を持論にし実際に遂行されていた。

彼がしみじみと自慢でない自慢をしていたのは、
「俺な、ある時から、自分が女の子に安心感を与える存在やって気づいてん。もっと若い時に、気づいていたらなぁ!(笑)つくづく後悔してんねん。」笑い話に変えていく。
そういった意味では、とてもモテていた彼だけど「自分もいつか。」病に倒れる予見はあったと思う。
プライベートが楽しいのと、肉親を次々とガン等で失って行ってタイミングを失ったのと…諸々の事情により彼はとうとう伴侶を持たなかった。わざと女性との深い交流を避けていたようにも思われる。

最後の方の彼の口癖は、「俺が健康体やったら、にっぽん一の詐欺師になれるのに!有栖川なんか目じゃないで!(笑)」

実際に、彼は、心憎い演出で若いお姉ちゃんのハートをゲットしてきた。(方法は秘密です。ただし文中にヒントあり)

私はもう、ひねた年齢だから(笑)ハートを狙われもしなかったけれど、最後の最後に冥土のみやげに持って行かれちゃったよ。

ガン再発時の彼には「心的に一番近しい。」と自負される彼女らしき人が居て、病室でブッキングしないよう気をつかった。週の前半に抗ガン剤投与が始まるから体調がすぐれず会えず、週末には彼女が来るから気を遣って会えず、またある時は、外出していて会えず、なかなかタイミングを合わすのは難しかった。

その他にも昔同じ劇団員で妹のように可愛がっていたけれど結婚していった女の子から初めて告白のメールをもらったと、切々とつづったメールをもらったと辛そうな顔をして話されていたけれど、わたし自身、どう答えてよいのかわからない。「お気持ちだけ、受け取るしかないのではないですか?」と答えると憮然とした顔をしてらした。なんて応えたら良かったんだろう。未だにわからない。

さて話しは前後するが、4月以降、ボランティアの後かたづけも終わり、職場復帰した彼は…すぐに、
ガンが再発したのがわかって再入院されたのが、6月末だったか、7月2日にお見舞いに行ったことは表日記の7月3日に書いてあるから確かだ。
一般には通常ガン切除後、5年経っても再発が認められなければ安心らしい。

医者の彼に対する説明はリンパに転移していることと、肝臓に陰「らしき」ものが見えるとのことだった。医者にだまされていたのかも知れぬ。「らしき」ではなかったのか…。
初めて試みるタイプの抗ガン治療は、想像以上に体力を消耗し、肝臓がくたびれてしまったようで、

それでも時々外出したり、一人暮らしのマンションに戻ったり…そんなおりの10月のある日マンションでうたた寝をしていて、風邪をひいてしまったと言っていた。

肝臓が腫れてきたのもあいまって、しばらく治療を休んでいた最中に一気にガンが繁殖した感じ。

危篤の病院にかけつける車中、共通の知人が「彼は、今年いっぱいだと思ってた。」とのたまうので、何をふきんしんなことをこきやがる、このやらう!と憤慨したものだが、実際そうなってしまった。若いと(48歳)やはり、細胞も成長が早いのだろうか。


お釈迦様がお亡くなりになる時、「姿あるものはすべて滅びる。私が死んでも嘆き悲しまずに、真理を求めて行きなさい。」と弟子達に諭されたそうだが、理屈ではわかっていても哀惜の念が湧いてやまないのは凡夫だからか。

人間には「情(じょう)」という温かいけれども、やっかいな感情があって、未練を断ち切りがたくする。

寿命を知ってか知らずか、知り合う人の殆どに深い深い印象を残して行ってしまった彼。寂しがり屋の彼。太く短かったと言えば、陳腐になるが、その他に形容の言葉が今みつからない。
次々と肉親を失った穴埋めをするかのように、多くの人の愛情を独り占めした。術師の彼の手管に見事に嵌って嘆き悲しんでいる人間は私を初め、多数に登ると思う。
それがもしかしたら、一番の手向けかも知れない。

彼の父親が(たしか肝臓ガンだったように記憶する。)亡くなる時、「○月○日までに、お前行けよ。」と疲れ果てていた家族の手前、引導を渡したことに罪の意識を感じているようだった。

白血病で膨大な治療費がかかると想定された彼の弟の時、彼は心の奥底でちらと弱音をはいたそうだ。「弟は何も言わなかったけれど、忙しさにかまけて逃げていた自分をどう思っていたんだろう。未だに弟の日記を読めていない。」と言っていた。今は、どう兄弟の会話をしているんだろう。

今回の入院時に、初めて「前世」や「死後の世界」に興味を持たれたようで、数冊ピックアップして持って行った。

全部読み切れていない様子だったので「どうなりました?」と尋ねると、「ちょっと今、難しい活字はしんどいねん。」少し気楽で、彼の好きな歴史小説が枕元にあった。

もし彼が手渡したあの本を読んでいたら…
「死」に対する心構えというか、真理にちょっとは理解を深められていたかも知れない。

…というのは、やはり私の未熟な頭でっかちの推理で、そんなものは超越した別の次元でものを考えねばならぬと思いながら、今のわたしには限界いっぱいなのだ。
「煩悩」とか「欲」とか捨てきれないでいるので、まだ、目がはっきり見えていない。

彼にはきっと見えているはず。
総てを瞬時に理解したはず。
今どこで、どうしてるんだろう?
聞きたい〃。いつものように質問攻めにしてみたい。
彼はきっと、いつもの如くわかりやすく易しく説明してくれるだろうに、それができないもどかしさが余計と喪失感を増幅する。


肩を落としながらも今から先は、彼が未練なく旅立てるように…
わたしの手前勝手な甘えで、こちらに引き留めないように…気持ちに整理をつけていかなければならないと思っている。

ただ、魂が残ると言われている49日の間、心の中で会話をすることを許してもらいたい。
はたして49日で済むかどうかもわからない。
今は、ことあるごとに彼の尺度を借りてしまっている。

いつか彼から卒業しなければ…

次に出会うまでの、ほんの少しのお別れなのだから。